第6話 人間の価値

 一行はギルドに戻り採ってきたマリッジフラワーを提出した。


「お疲れ様でした。ではこちらが報酬となります」


 受付嬢は机の上にパチンと一枚の硬貨を置いた。どうやらそれは人の顔が描かれた銀貨らしかった。


「すまないが、これはどのぐらいの価値になるんだ? 遠くの国から来たもので、物価が分からなくてな……」


「そうでしたわね。銀貨一枚でレストランで夕食を食べられる程度ですわよ」


「ちなみに宿は安いところで銀貨三枚からだな。それなりの部屋なら金貨一枚──つまり銀貨十枚だ」


「パンは銅貨一枚……。その銀貨なら十個のパンが買えます……」


「ふむ……」


 ジェイはまるでクイズのように、三人の話からものと貨幣の価値を元の世界のものと擦り合わせる。


 銅貨十枚=銀貨一枚。銀貨十枚=金貨一枚。

 一番安い銅貨を基準に考えると、銅貨一枚一アメリカドル……いや、銅貨一枚日本円で百円の方が近いか。つまり銀貨は一枚千円、金貨は一枚一万円。


 些細な齟齬は後に埋めるとして、ジェイは一応は命を賭けて仕事をした報酬が千円程度であると知り落胆した。

 これでは暮らしていくことはできない。


「初仕事を終えたというのに浮かない顔だな。なに、心配するな。今日は私たちがご馳走し宿も手配しよう。命を救ってくれた恩があるからな」


「助かる」


 過酷な訓練を積んできたジェイは数ヶ月間の野宿ならなんてことはなかった。しかしそれはあくまでも地球での話である。

 危険な生物が住まうこの世界で、どれが食べられるものかも見極められないジェイは、今はギルドから端金を受け取り三人の若い女性から慈悲を与えられなければ生きられない。


「では行こうか」






 レストランで出された食事も、ジェイには何の食材か検討もつかないものばかりだった。


 だが驚いたのはそれだけではない。

 部屋は蝋燭やランプではなくガス灯のようなもので照らされていた。聞いた話によるとこれらは魔道具といって、文字通り魔法を使った道具なのだそうだ。


 初めはこの世界の技術力について相当下に見ていたジェイだったが、改めてこの世界での未知の力である魔法について驚愕し、技術力も別の方向に発展して行ったのだと認識を改めた。


「──それでは、私たちはここで失礼させて頂きますわ。支払いは済ませてあるので、ジェイさんはごゆっくり。ではまたギルドや仕事先でお会いしましょう」


「今日は危ない所を……本当にありがとうございました……。これからも立派な魔法使いとして頑張ってください……」


「ああ。ご馳走になった。こちらこそありがとう」


 ジェイは明日も何となく彼女たちに着いていき情報収集に勤しもうと考えていた。だが彼女たちも国を追われて毎日生活のために奔走する日々を送っているのだ。

 いつまでも厄介になる訳にはいかない。


 ジェイは一晩借りて貰った宿屋の硬いベットの上でこれからどうしようか、ああでもないこうでもないと思案を巡らせていた。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 疲れからかいつの間にか寝てしまっていたようだが、目を覚ましたジェイはとりあえず行動に移すことにした。

 何事も妄想だけでは物事は進まない。行動にして実行することで初めて歯車を動かせるのだと、彼は長い社長生活の中で学んでいた。


「すまない、少し尋ねたいのだが」


「はい、なんでしょう?」


 アイリス騎士団の面々は少しいい宿を取ってくれたようで、ジェイは宿屋でサービスの朝飯──パンとスープだけの質素なものだが──を食べながら、店主に話しかけた。


「奴隷というのは幾らぐらいで買えるものなんだ?」


「そうですねえ……。もちろん、奴隷商に行くのが一番ですが、だいたい金貨十枚からでしょうか」


「つまり十万円か……」


 それは命の値段にしてはあまりに安すぎるもの、しかし今のジェイにとってはとてつもなく高額なものだった。

 既に命に値段を付けるという価値観に慣れてしまっていたジェイだったが、それは元の世界でも裏社会では珍しいことではなかったからかもしれない。


「昨日はお嬢さん方が払ってくれましたけれど、うちの宿は一泊銀貨七枚ですからね」


 金に困っていることを見透かした店主が釘を刺す。


「分かっている」


 居心地が悪くなったジェイはパサついたパンを口に押し込み、申し訳程度の野菜の切れ端が入ったスープでそれらを流し込むとそそくさと宿を後にした。


 結局世の中は金だ。人の生死すら金でどうにかできる。

 それを思い知っているジェイは生きるため、仕事を探しにギルドへと向かった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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次話2024/04/10 07:30頃更新予定!

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