螺旋形倫理観

小狸

短編

 弟という生き物は、私にとって劣等感の対象以外の何物でもない。彼は生まれた時から、親戚間でも愛され、甘やかされて生きてきた。それが羨ましくて妬ましくて堪らない。どうして私は同じように愛されないのか、どうして私は同じように愛でてもらえないのか、そんなことを延々と悶々と考えていた幼稚園時代が、懐かしくもある。小学校三年生となった今、それははっきりした。それはとても簡単で、そして残酷な話である。弟は顔立ちが整っていて、私は整っていなかった。ただそれだけの話である。両親は二人共容貌が整っているのに、私だけが、醜く気持ちが悪い。それは、周囲の人々の接し方によって、小学生の私ですら直感することができた。自分が、周囲の人々と比較して平均的より整っていない容貌をしていると気付かされたのは、それこそ小学三年生の時である。契機はいつだったかは覚えていない。ただ何となく、ふとした拍子に気が付いた。そして全ての欠片が合致していくようだった。そうか、私が愛されないのは、私が醜いせいなのだ。そう思った。そして全てを、私の醜さのせいにした。私が愛されないのは、私が駄目なのは、私が勉強できないのは、私が運動できないのは、私がいじめられるのは、私が不幸なのは、私が醜いせいなのだ、と。それは正しくもあり、同時に間違いでもあったのだろう。どちらでも同じ事である。結局私が醜いという事実は変わらないのだ。途端に、全ての者が敵に見えた。私の醜さをより引き出し、周囲から孤立させようとしているのだ。疑心が疑心を生み、暗鬼が暗鬼を呼び、私は独りになっていった。孤独、孤立ともまた違う、独りである。どこにも居場所などなかった。しかし私はそれを、自分の醜さのせいだと思っていた。自分が醜いから、こんな辛い目に合っているのだ、私自身は、悪くないのだ、と。何よりも醜いのは私の心だということに気付くのは、もっとずっと後の話である。弟が高校に入学し、私が大学受験の年の話である。弟に、交際相手ができたのだそうだ。密に連絡を取っている所を、偶然耳にしてしまった。私は弟を問い詰め真実を聞き出した。それを聞いて、今まで抑圧していた全てが、はち切れた。弟を殺そうと思い至ったのは、その時が初めてのことである。私は、弟が寝ている隙を狙って、計画を実行した。台所にある鮮魚を捌く包丁を持って、弟の顔面を何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も突き刺した。両親が駆け付けた頃には、もう弟の顔は、皮膚と血と骨と肉の境界が分からなくなっていた。即刻警察を呼ばれ、私は現行犯で逮捕されることになった。両親は私に怒号と悲鳴を浴びせ、近隣の住民は様子を見に来て何かを呟いていた。しかし私の心は晴れていた。これで弟は、私よりも醜くなった。きっと私よりも不幸になるに違いない。そう思って、とても嬉しかった。



《Spiral Moral Values》 is the END.

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