傘を捨てた

 その少女は運命というものを知っていた。自分がどんな行動をとることで何が起こるか、それが誰にとってどんな効果を得ようか、少女はそれを知る。


 例えばだ。基本的な人間の能力まで下げて説明するのであれば、君がだれかを包丁で刺したとしよう。刺されたものはどうなる?……と考えるまでもないだろう。刺されたものは怪我を負う、最悪死に至るだろう。


 そんな感じだ。少女の運命を知る能力はその延長線である。


 飲食店のカウンターに水をいっぱいに入ったカップを置き、それがのちに倒れて知らないおじさんのパソコンが濡れて壊れたり。学校のトイレットペーパーを抜いておくと、クラスのいじめっ子が紙がなくて出られなくなり、その日だけだがいじめは起きなかったり。


 少女はなんとなく、あれをしたらああなると、運命を知る。


 人助けもしたことがある。横断歩道を渡ろうとしているおじいちゃんにベルトが緩んでいることを教えてあげたのだ。それが結果的にその人の命を救うことになった。なぜそれが、と理由までは分からないが。


 だから今回、少女は好奇心を押さえられずにいた。


 今日の真昼、傘を落とせば誰かが死ぬ。


 どうして? 少女は気になって仕方がなかった。


 水玉模様が入ったお気に入りの傘を持って川沿いを歩く。だって私はかつて人の命を救ったことがある、一度ぐらいは罰が当たらないでしょ? 心の中で誰も聞かない言い訳に免罪符を重ねた。


 そして傘を捨てた。


 後ろを振り返らずに、まるで私は関係ないと言いたいかのように颯爽さっそうにその場を離れる。その間に何人かの人とすれ違い、もしかしたらその人かもしれないと心臓を鳴らした。


 誰が拾うか確かめないの? 心配ご無用だ。


 少女はその場所を知っている。傘を捨てたあの場所から離れて、人混みが多い街の中。ずらりと並んだ建物から人が出ては入りを繰り返す、この場所で傘を拾った誰かが死ぬのだ。


 どのように? 少女は好奇心を押さえられなかった。


 いつ? 少女は心を躍らせて辺りを見渡していた。


 車の音と人のざわめき音、横断歩道の渡れの音。少し天気が悪くなりだした頃、人々の手に折りたたんだ傘が見え始めた頃。


 その少女、運命を知る。

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