第1話 霧に誘われた旅立ち

山深く、秘境に近いほどの静けさが支配する一帯。そこは、人々が忘れ去った場所にふさわしい、美しくもどこか不穏な空気を纏っていた。太陽がゆっくりと山の稜線を越え、その日の光が最後の輝きを放つ時、一人の旅人がその地に足を踏み入れた。


旅人は長い旅の途中、偶然にもこの山奥の葡萄園を発見する。農園の入り口には、ぽつりと立つ看板が一つ。「ご自由にお食べください」という、歓迎するかのような言葉が、旅の疲れた心を和ませた。


「こんな場所に、こんなに素晴らしい葡萄園があるなんて…」旅人は驚きながらも、誘われるようにその地を踏みしめる。葡萄園は広大で、どこまでも続いているかのようだった。彼は、心惹かれるその言葉に従い、葡萄園内を散策し始めた。


やがて、彼は一房の葡萄を見つける。その色鮮やかさと、日の光に輝く姿に心を奪われ、思わず手を伸ばし、ひと粒、口に運んだ。その瞬間、彼の味覚を圧倒する甘さと、豊かな風味が広がる。一粒だけでは満足できず、もう一つ、またもう一つと、手が止まらなくなった。


葡萄の美味しさに夢中になっているうちに、日はとっぷりと暮れていき、周囲は夕暮れの色に染まった。旅人はふと我に返り、そろそろ農園を出ようとしたが、出口が見当たらない。彼は、もしかすると葡萄園の奥深くに進みすぎてしまったのかもしれないと思い、焦りを感じ始める。


その時、農園には薄らと霧がかかり始めていた。周りの景色が徐々に見えなくなり、旅人は出口を探しながらも、どんどんと不安が増していった。葡萄の房はまだたくさんあり、彼を誘うようにそこかしこに実っている。


「出口はどこだろう…?」旅人がつぶやくと、周囲の霧はさらに濃くなり、すぐそばの木々さえも見えなくなる。出口を探すべく、彼は霧の中を進んでいったが、どこを見ても葡萄ばかりで、道はどんどんと彼を迷わせるばかりだった。


旅人は知らなかった。この葡萄園がただの葡萄園ではないことを、そして、彼が足を踏み入れた瞬間から、既にその運命が変わり始めていたことを。

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