孤立子

小狸

短編

 ――お前がいると、場が乱れるのだ。


 ――お前がいると、雰囲気が悪くなるのだ。


 ――お前のせいで、皆が不幸になるのだ。


 ――お前さえ、いなければ。

 

 幼い頃から、積極的に一人でいることを好んでいたのは、そう言われた理由がある。

 

 中学1年生の時の学年主任から言われたことである。


 先生は、私のことが嫌いだったのだろうと思う。


 当時の私は、人のかげに隠れ、集団に所属することに消極的で、読書が好きな、目立たない子だった。


 有無を言わせず学級委員に推薦し、挙句「いるだけで邪魔」というのだから、都合が良いにもほどがある。


 ――お前さえ、いなければ。


 その言葉は、未だ私の心の中にざっくりと刺さって、抜ける気配を見せない。


 私は理解した。


 私がいることが、集団にとって迷惑なのだ。


 私は、いない方が良いのだ。


 そんな底を這うような自己肯定感を中学時代に形作られたのである。それ以降の人生は、地獄のようなものだった。


 いや、いくら地獄といえど、何かはある。


 何もなかった。

 

 積極的に、一人でいるようにしたのである。


 だって私は、皆の迷惑になるから。

 

 人の邪魔になるから。


 私はここにいちゃいけないのだ。

 

 だったら初めから、いない方が良いじゃないか。


 死にたいと初めて思ったのは、この頃である。


 両親に相談することはなかった。

 

 悪い人達ではなかったけれど、過度に世間体を気にする両親だった。


 ちゃんとすること、高校に進学し、大学に合格し、普通でいてほしい、そう願う両親だった。

 

 そんな両親を落胆させたくはなかった。


 死にたい気持ちを押し殺して、大学に進学し、四年間を過ごした。


 就職活動の時期が、一番きつかった。


 私は存在することそのものが迷惑なのである。


 そんな人間を、どこの企業が採用しようなどと思うだろうか。


 思うまい。


 それでも私は、就活浪人など許されなかった。両親はちゃんとして欲しいと、それだけを言っていた。


 だから嘘を吐いた。


 自分が好きで、自己肯定感に満ち溢れていて、御社が第一志望で、御社の良いところを誰よりも知っている人間のフリをした。


 家に帰って、その反動で毎日吐いていた。


 四年で卒論を提出して、私は卒業し、内定をもらった企業に就職した。


 積極的孤立はそのまま、精神的孤立もそのまま、ちゃんとしなければならぬ意識もそのまま、何とか誤魔化し誤魔化ししながら、仕事で上塗りして、何とか普通に生きるフリをしている。


 きっとこんな極限の生き方には、いつか限界が来る。


 いつかどうしようもない反動が来て、ちゃんとできなくなるどころか、何もできなくなる日が来るのだろう。


 私に将来はなく、未来はない。


 中学時代からの過剰な抑圧と強制が、もう私の精神を滅茶苦茶に攪拌している。


 この生活にも、いつか終わりが来る。


 でも、今は。


 生きられている。


 生きることができている。


 世の中の役に立つことができている。


 そんな自分を肯定するために。


 今日も私は、私を曲げる。




(「孤立子」――了)

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