第45話 すれ違う二人

 加速魔法で大通りを走り抜けながら、轟音の聞こえる方へと駆け抜けていく。

 私の考えている通りなら、このまま行くと二人は双方とも不幸になってしまう。

 そんなこと絶対にあってはならない。


 やっと大通りに出た。

 向こうの方で微かに戦闘が見えるも、たった今メイリスさんと思われる人物が倒れ伏したところ。

 残るはサイオンさんのみ。

 得意の弓を投げ捨てて、両手に短剣を携えている。


「ダメっ! サイオンさんっ! その人は――」


 私の声が聞こえる距離にあるわけもなく。

 サイオンさんが突撃を繰り出してしまう。

 自身の死を覚悟したような突貫。

 普段の冷静で明晰な彼とは思えない行動だ。


 やっぱりサイオンさんは彼女のことを――。

 でもその人はダメなんだ。

 だってその人こそがあなたの想い人なのだから。


「【ジェットバースト】!!」

 大通りを駆け抜ける。

 間に合え。

 間に合え!


 化け物は応戦のポーズを取っているが、私にはそれが見せかけのようにしか見えなかった。

 彼女の狙いはそうじゃない。


「だめぇぇぇ!!」

「うああああああ」


 私の魔法はあと一歩届かない距離で。

 どうにもならなかった。


 彼は反撃によりやられてしまうと思っていたのであろう。

 自分の剣が彼女の胸を貫いたことに、最初動揺していた。


「……なっ!? どう、して……」


 ぼたぼたと垂れていた血液は、やがてドバドバと出てくるようになり、心の臓を貫かれた彼女は体の機能を停止していく。

 そんな中、化け物の彼女は小さく微笑んでいるのだった。


「サイオン様。愛しております」


 その言葉を残して、地面へと倒れ伏してしまった。

 自分の死が、愛する彼の目的に貢献できると信じて。


 だが――、


 対するサイオンはその言葉で今なにが起こっているのかを理解したのであろう。

 後退りながら剣を取り落してしまい、なにか、あり得ないものでも見ているかのように膝から崩れ落ちてしまう。


「あ、ああ、あああっ! そん、な……そんなはずない。嘘だ。これは誰かが仕組んだものだ。だって……だってじゃなきゃおかしいんだっ!」

「サイオンさん!」


 彼へと声をかけたところで、初めてサイオンさんは私の存在に気付く。


「……どうして君がいる。君はこの化け物なんだろう? そうじゃなきゃおかしい。だってそうじゃないと、まるで彼女が――」

「まだ救えます! 手を貸してください!」


 すぐさま倒れた化け物の傍へと駆け寄って、治療魔法をかけ始める。

 この一連の事件の最初の被害者は心臓を刺されており、それでも私は治療することができた。

 彼女の体だって治せるはず。


 サイオンさんも私の「救える」という言葉に望みの綱があることを知り、すぐさま思考を切り替える。

 まだ冷静さは残っているようだ。


「何をすればいい? 僕は回復系統の魔法が使えないんだ」

「止血してください。治療は私の方でします。【ディテイルアナリシス】」


 人間とはだいぶ異なる外見をしていることからまずは解析魔法をかけてみる。


「なに……これ……人間と構造が全然違う」


 回復魔法とは自然治癒能力を高める魔法。

 対する治療魔法は体の構造を分かった上で微細な臓器の損傷を修復する魔法だ。

 構造がわかっていなければ治療は難しい。

 では回復魔法で自然治癒に頼ればなんとかなるかと言われると、今回のように心臓を損傷している場合には先に死が訪れてしまう。


 私が戸惑っているのを見て、サイオンの表情が曇っていく。


「治せるんだろう? なあ! 治してくれるんだろう!?」

「待って下さい。今考えています」

「ふざけるなっ! 救えると言ったじゃないか! 治してくれ!」

「ですから考えているんですっ!」

「頼むよ……。治せると、言ってくれよ」


 震える彼の声を聞きながら、千切れるほどに脳を使い倒して治療方法を考える。

 生体構造の掌握からやっていたら間違いなく先に息絶えてしまう。


 たしかタカネさんは、人魔は人間と魔適合物を融合させたものだと言っていた。

 ならば、その魔適合物を分離することはできないであろうか。

 魔適合物というのはおそらく魔に関連する何かであろう。

 私は魔法構造の読み解きであればかなり得意だ。


「【マジックアナリシス】」


 今度は魔法解析で彼女の体を調べていく。

 すると、腹部の辺りに人間では見たこともない構造体があった。

 まずはこれの摘出が先だ。


 ……けど、摘出したとして人間の体に戻るのであろうか?

 そうでなければ、余計に彼女の体を傷つけるだけとなる。

 でもここでこのまま手をこまねいていても現状は改善しない。


「腹部を切開します短剣をお借りします」

「ちょっと待て! なぜ切開なんてするんだ!?」

「ここに人間にはない異常な構造物があります。摘出すれば彼女は人間の姿に戻れるかもしれません」

「戻らない可能性は?」

「あり得ます。でも何もしなければ治療方法はありません!」


 唇を噛みしめるサイオンさんは、黙ってそれを試すことに同意してくれる。

 腹部に剣を刺し、できる限り他の臓器を傷つけないようにしながら中を開いていく。

 解析魔法にあった通り、そこには巨大な第二の心臓のようなものが存在していた。

 周囲に根を張っていて、元々の彼女の体へと融着している。


「どうだ?」

「待って下さい、切除します」


 根の切除を終えて、ゆっくりとそれを取り出すと、それは真っ赤な肉塊のようなものであった。

 とりあえずは適当なところへと置いて、彼女の切断した腹部を魔法で元に戻していく。

 するとその途中から彼女の姿徐々に徐々にと、元のレベルカさんの面影を思わせる姿へと戻っていくのであった。

 髪や皮膚に未だ化け物だったときの名残は残っているものの、構造は人間のものへと変化している。

 これならば治療が可能だ。


 あとは時間との勝負。

 すでに多くの血液を失ってしまっており、死の瀬戸際にあるのは間違いない。

 損傷した臓器を治療魔法で修復して、傷口をすべて塞いでいく。


「助かるのか?!」

「黙って! 気が散る!」


 傷は塞がったが、心肺停止の状態になっていた。

 今度は電気魔法で心臓マッサージを行いながら、人工呼吸を繰り返す。


「レベルカさん! レベルカさん! サイオンさん、あなたも彼女を呼んでください!」

「レベルカ……レベルカ! 僕だ! 帰って来てくれ! レベルカ!」


 戻れ! 戻れ!


 この方法はエルガさんに教えてもらった蘇生方法だ。

 あの人の言っていることに間違いなんて一つもなかった。

 絶対にこれで助けられる!


 だが、二人して彼女を呼び続けているというのに、一向に呼吸が戻らない。


「他にもう、何もいらないんだ。頼む、レベルカ、僕のところに戻ってきてくれ……」


 願い続ける彼の言葉も虚しく、レベルカさんのまぶたは閉じたままだ。


 助けられないの……?

 傷はもう塞いでいるのに、助けられなかったの?


 彼女を呼び続ける。

 願い続ける。

 祈り続ける。


 どうか、お願い。

 彼女と、もう一度――。


 そう願って彼女の名を叫んだ瞬間、


 ようやく激しい咳き込みと共に、レベルカさんが心肺を回復させるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る