第44話 事件の真相

 戦闘開始から一刻が過ぎたであろうか。

 周囲は負傷した兵士たちのうめき声と血の匂いで溢れ返っていた。

 グレドはすでに戦闘不能の状態となっており、残ったメイリス、サイオンの二者も身体を引きずっている。


「まだ生きてる?」

「ああ。僕はまだマシだ。君の方が無事じゃないように見える」

「そうね。私やグレドは奴のヘイトでも買っているのかしら」

「思うんだが、奴はなぜだか君たち二人を執拗に狙っているように見える。僕に対しても反撃する機会はいくらでもあったはずだ」

「あんたが好みのタイプなんじゃないの?」

「ふっ、それは願い下げだな。だが、この情報を何とかして生かせないか?」

「あえて私を狙ってきたところにあんたが盾になるとかはどう? あたしは助かるわ」

「ふーむ、よし、それでいこう」

「え゛!? 冗談だったんだけど、マジなの?」

「もし僕を狙わないことに意図があるのであれば、あえて狙わせるというのはやってみるべき手立てだ。いくぞ」


 自身を盾にすることに一切のためらいがなく、そんなサイオンにメイリスは戸惑いを覚える。


「……あんた本当にサイオンよね?」

「いきなりなんだ?」

「らしくないって思っただけよ。そんなにアレを討伐したいの? 撤退もしないで、討伐にこだわっているように見える」

「……。そうだな。自分で言うのもなんだが、最近の僕はらしくないな」


 何本もの矢をたがえては放っていき、メイリスが攻撃のタイミングを計る。


「そんなにミュリナが嫌い? 私はあれがミュリナだとは思ってないけど」

「そうじゃない。僕にとって、レベルカはそれほど大切な存在だったと今更ながら気付いただけだ。ふっ、僕も所詮は人の子だな」

「へぇ。そんな弱みを私に言っちゃうなんて相当ね。行くわ」


 メイリスが斬り込んでいく。


「……ああ。自分でもそう思う」


 サイオンもまた矢を放ちながら走り込んでいく。

 可能な限りメイリスにくっついていき、彼女への攻撃を盾代わりに受け持っていくという動きだ。

 メイリスが斬り込むのに合わせてサイオンは近接射撃を繰り返す。

 すると、攻撃自体は受けられてしまうも、反撃が鈍くなったのは明白だ。


「よし、このまま――」


 そう言おうとした瞬間、その化け物はまるでその作戦を賞賛するかの如く口元がほくそ笑んだように見えた。

 そしてなんと、奴は捨て身覚悟でメイリスの方へと突っ込み、剣戟を体に受け止めながらメイリスの腹部へと重撃を加えるのだった。


「がはっ、がぁ」


 初めて奴へと攻撃できたものの、その傷は浅く、代わりにメイリスが戦闘不能となってしまう。

 一人残され、おまけにサイオンでは明らかに勝てないような相手。

 いくら思考を回したって、もはや意味はないであろう。


「はぁ、本当に柄にもない。僕は一体何のために頑張っているんだ。目的も、手段も、どれもこれも安直で愚策だ。本来の僕だったら叱責ものだな。でも……」


 自身の愛する彼女のことを想い返す。


「まさかミュリナさんに取られるなんて思ってなかったよ。ずっと手の内にあると信じてきた。たとえ弱みがあろうとも、君がいなくなるなんて可能性は微塵も感じていなかった。こんなにも、僕にとって――」


 ――大切だったとはね。


 気付くことのできなかった想いに思わずほくそ笑んでしまう。


 君がいたから頑張れたんだ。

 君のために貴族位をなくしたかった。

 むろん平民たちの地位を向上したくもあったが、本当は君の幸せな顔さえ見られればそれでよかったんだ。

 ただそのために、恰好をつけていただけ。


「なのに、そんな大事なことに気付けないなんて、本当に盲目的な馬鹿だよ、僕は……」


 それでも、とサイオンは決死の覚悟で目の前の化け物へと目をやる。


「未だにお前がミュリナさんなのかはわからない。けど、僕はお前を倒さないと前に進めない気がする」


 いつかグレドに言われた言葉を思い返す。

 もしミュリナが魔王だったら、お前は立ち向かえるのか、と


 弓矢を捨て去り、二本の短剣を引き抜いていく。


「それでも、それでも僕はっ!」


 サイオンは命懸けの突撃を仕掛けるのだった。


  *


 大量のお香を摂取させられた挙句、魔封じのチョーカーと縄による拘束で身動きの取れなくなった私は、意識を朦朧とさせながら息をするのも億劫な状態となっていた。


 自分は今、苦しいんだろうか、それとも気持ちいいんだろうか。

 衣擦れですら快楽へと変わる現状に脳が疲れてしまい、もう刺激を感じたくないと思ってしまう。

 なのに私の身体ときたら、未だ熱を持ってしまっていた。


 そこへ扉が開かれて一人の女性が部屋へと入って来る。


「ミュリナさん!」


 歪む視界に映ったのはニアさんの姿であった。


「大丈夫ですの!? 今助けますわ」

「あ……、ダメっ、お願い、今、触らないで。いやっ! あぁっ!」


 ニアさんが体に触れただけで高潮してしまい、息も絶え絶えとなる。


「これは……? この甘い匂いはそういうことですの。ミュリナさん、少しだけ我慢して下さいな」


 窓という窓を開けて換気を良くした後に、私の首元にあるチョーカーを外そうとする。

 だが、首元というのが良くなかったのであろう。

 外すまでに私は三度も息が止まるような快楽に身をよじってしまうのだった。


「ミュリナさん、魔法使えますか? あなたの魔法ならばこの体調は治せるのではないですか?」

「はぁ、はぁ、はぁ……【ヘルス……リカバリー】」


 残されたわずかな意識を集中させて、状態異常を回復させる。

 すると身体中を支配していたものが一気に消え失せていくのだった。


 ただ、この魔法は記憶までを消してくれるわけではなく、今まで感じていた快楽の海を忘れたわけではない。

 自分の体を抱きしめて怖気を感じながら、何とか息を整えていく。


「大丈夫ですか?」

「……はい、まだ、かなり違和感はありますが。ニアさん、どうやって、ここを……?」

「人には言えない情報網を使いました。あなたがここに入ったのを見た方がおられましたので」


 人には言えない……。


「私に、言っていいんですか?」

「ふふ、特別ですよ。……ミュリナさん、辛いかとは思いますが、事態は一刻を争います。あなたの知っている情報をお伝え願えますか?」

「わかり、ました」


 未だ精神的苦しさの残る体に鞭を振るって、刑務所から脱走した経緯とレベルカさんの取った行動について説明していく。

 ニアさんはしばらく熟慮を重ねた後、自身の考察を述べていくのだった。


「レベルカさんがすべての黒幕……。にわかには信じ難いですの。彼女はサイオンさんを強く信奉しております。本件はどう考えても彼の得になる行動とは思えません。生徒たちに対する多くの傷害事件を起こし、街の重要施設を放火して、最後には化け物を放って住民に多大な被害と恐怖を与えております」

「化け物? 化け物というのはなんですか?」

「人型の魔物のような者が今ここミストカーナで暴れており、メイリス、グレド、サイオンの三者による討伐が行われているはずです。報告に聞く限りでは恐ろしい戦闘能力を持つそうです」

「人型……。聞いたことがありませんね」

「ええ。知性を持った行動を取っており、未知なる部分が多いです」


 知性を持つ、という言葉が妙に引っ掛かった。

 グレドさんとギルドの依頼をこなしたとき、私たちは知性を持つグラッセルと戦闘を行っている。

 タカネさんはあれを人魔と呼んでいた。

 人為的に人と魔適合物なるものを融合させたものだと。


「――ああ、なるほど、そういうことですか」

「なにかわかりましたか?」

「最近レベルカ・ヒルカンはあなたと行動を共にしていたでしょう? これにより周囲は、彼女がサイオンさんからあなたに鞍替えしたと捉えております。ゆえに、本件で株を落とすことになるのはミュリナさんとなります。それが彼女の狙いだったのかもしれませんわね。ライバルを追い落とすという意味ではサイオンさんに貢献することとなります」


 私を追い落とすのが狙いだった?

 それを想った瞬間、強い違和感を覚えてしまう。


「いえ、待って下さい。でもそれは……」


 彼女は私をこの部屋に連れ込んでから、わざわざお詫びと称してあれやこれやをやってこようとしていた。

 追い落とすのが目的であれば、それをする意味はないのではないだろうか。

 それに、これまで付き合っていた彼女にもそんな気配があったようには思えない。


「ミュリナさん、今すぐあの化け物を討伐に向かうべきです。あなたご自身で討伐を行えば、ミュリナさんの本件への関与は否定できます」

「私自身で……?」

「はい。街に多大な被害を及ぼした化け物の討伐は多大な勲功を得るのと同義です。警備署を脱獄した点などを鑑みても、討伐さえすればあなたはお咎めなしになる可能性が高いかと思われます」

「高い勲功……」


 なんだろう。

 なぜだか嫌な予感がぞわぞわと背筋を駆け上がっていく。

 何となく、レベルカさんの狙いがそこにあるような気がしてならない。


「ちょっと待って下さい。それこそが彼女の狙いなんじゃないんですか?」

「それこそが?? どういうことですの?」

「ミストカーナに危機を作り出して、それを討伐させることで地位の向上を狙わせたということでは?」

「レベルカさんがサイオンさんのためにそれをやったとおっしゃるの? それは……たしかにあり得ますわね。これほどの事件の功労者ともなれば、貴族位の向上も狙えることでしょう。ただ――」


 とニアさんは腑に落ちないと言った態度を取る。


「サイオンさんとレベルカさんは示し合わせた行動を取っているようには思えません。本当にこれは二人による策謀なのでしょうか……?」

「いえ、たぶん、レベルカさん単独で考えたものかと思います」

「彼女単独で? なぜそのようなことを? 示し合わせた方がうまくいくでしょう?」

「……サイオンさんの手を緩めさせないためだと思います」

「緩めさせない?」


 ニアさんがさらによくわからないと顔をしかめてくる。


「私、思うんです。もしこの事件の真犯人がレベルカさんだとわかってしまったら、サイオンさんは彼女を擁護する方向で動いたと思うんです。街で彼女が刺されたとき、サイオンさんは酷く動揺していました。それくらいにレベルカさんのことを大切に想っていると思うんです」

「大切に……」

「はい。それにレベルカさんは迷惑をかけたから私にお詫びをしたいと言っていました。私へ罪をかぶせること自体は本心じゃなかったんだと思います」

「仮にそうだとすると、レベルカさんの狙いはこの事件の首謀者として彼女自身がサイオンさんに逮捕されることになりますわね。サイオンさんの意図に沿わないこととなるでしょうが」


 あれ……。

 ちょっと待って。

 もし今暴れている化け物が魔物ではなく人魔だった場合だとどなるんだろう。

 人魔って人間が魔物化したものなんでしょう。

 じゃあ元の人間って……誰?


 怖気が走る。

 これは明らかにサイオンさんのために用意された舞台だ。

 それを討伐した者には高い勲功が送られることとなる。


 ってことはレベルカさんの真の狙いは……っ!


 それがわかった瞬間、私はニアさんを無視して脱兎のごとく現場へと走っていくのだった。

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