第31話 お買い物

 はぁ……。

 ホントはこの前グレドさんとの依頼であった出来事とかを整理したいのに、なんでこんなことになっちゃってるのかなぁ……。


 ミストカーナの商店街を、私は顔を真っ赤にしながら歩いていた。


「メ、メイリスさん、わ、私、いちおう女なんですけど」

「ん? それが?」

「デ、デートって、その、よくは知らないんですけど、普通は恋愛対象の方とするものなのですよね?」

「うん。……え? 待って、ミュリナって完全に私が対象外だったの?」

「い、いえ、完全にというわけではありませんが。ででで、ですが、わ、私たちは女性同士なわけですし……」

「前もそれ言ってたけど、ミュリナって結構お堅いのね。同性同士なんて、よくある話よ?」


 ちょっと待って。

 じゃあホントにメイリスさんは私のことをそういう目で見てるってこと?


 彼女の未だ見ぬ一面を知ってしまい心臓が高鳴る。

 私は生まれてこの方恋愛経験がなく、心の中では何となく異性とそういった経験をすると思ってきた。

 まさか初回が同性になるとは。


 なんて思っているのも束の間、あろうことかメイリスさんは私の手を恋人つなぎで握って来る。


 えええええ!?

 ちょっと待って!

 手をつなぐなんてまだ早いよ!

 というか私告白すらされてないんだよ!?

 お付き合いしてすらいないのにデートとか手をつなぐとかってありなの!?


 けど、自分はこういった知識に疎いし、エルガさんやビーザルさんも私にそういった知識は教えてくれなかった。

 もしかしたらこれが普通なのか?


「ミュリナ、行きたいところはある?」

「え、えっと、あーっと。うーんっと」


 ダメだ。

 こういうときなんて答えればいいんだろう。


 全くアイデアが思い浮かばなかった私は、ふとあることを思い出して、それをそのまま口にしてしまう。


「そういえば、この前の体力測定で見たメイリスさんのパンツ、すごく可愛かったです。あれを私も買いたいです」


 あっ……。

 あー!!! なに言ってんの私は!

 初回のデートでパンツを買いに行くとか頭おかしいじゃん!


 なんて思っていたのに、メイリスさんときたらノリノリであった。


「クシャールね! そう言えば、今週のラッキーアイテムは女性下着って新聞にも書いてあったし、ちょうどいいわね! 行きましょう!」


 どうしよう……。

 なんかすごく気まずい。

 私はいまいち自覚がないのにメイリスさんだけ盛り上がっちゃってる。

 でもでも、ここで水を注すようなことは言いたくないしなぁ……。


 誰か助けに来てほしいと思ってしまうも、こんなところを都合よく手助けしてくれる人なんていないであろう。

 と思っていたのだが、店の前にまで行くと、そこに偶然見知った顔があるのを見つけるのだった。


「あれ、レベルカさん?」

「あっ、ミュリナ……さん。それとメイリス様、偶然ですね」


 おおお! 救いの女神だ!

 ここは何としても同行してもらうべき!


「お二人もクシャールに? よろしければご一緒させてもらえませんか?」

「あっ、ぜ、ぜひ――」

「私たち、今二人でデートしているの」


 願ってもない申し出だと思ったのに、メイリスさんがわかりやすく入って来るなと主張する。


 ええ!? なんで!? 別にいいじゃん!

 デートって言ったって、まだどちらかというと友達の延長線でしょ?

 ならレベルカさんも入れてあげればいいじゃんよ。


「メ、メイリスさん、よかったらレベルカさんもご一緒させてもらえないですか? 彼女とも仲良くしたいなって思ってて」

「私、ミュリナと二人がいいんだけど」

「お、お願いします。人数は多い方が楽しいかと思っていて」

「むぅぅ。まあいいわ。ミュリナがそう言うなら、一緒に買い物しましょ」

「あ、ありがとうございます、メイリスさん」


 お礼とばかりに私からもメイリスさんの手を握り返すと、彼女はそれを嬉し気にしていた。


 クシャールというのはブランド名らしく、女性下着専門の店らしい。

 入店すると、見たこともないような可愛い下着がいっぱい置いてあり、それだけで私のテンションは上がってしまった。


「どれにする? それか、私が選んだげよっか?」

「えっと、そうですね。私、こういったことには疎くて……」

「ミュリナさん! これなんていかがですか?」


 メイリスが選ぶ間もなく、レベルカさんが上品めセットを持ってくる。

 今店に入ったばかりだというのに、一体どうやって商品を持ってきたのか……。

 サイズもデザインも私好みであったが、値札を見て思わず固まってしまった。


 え゛!? 下着なのにこんなに高いの!?

 私は平民な上に貯金もあまりない身。

 上級民御用達の店はまだ早かったようだ……。


 にもかかわらず、メイリスさんも負けじと違ったデザインのものを持ってきていた。


「ミュリナ! これ試着して! 絶対に似合うから!」

「え? ええええ?」

「ミュリナさんは私の選んだ下着の方が似合うはずです」

「そんなはずないわ。ミュリナはこう見えて自分のことを大人っぽいって思っているのよ! 下着もそういうのを選んであげた方がいいわ!」


 あぅぅ。

 私って子どもっぽいんだ……。

 自分ではだいぶ大人びて来たなって思ってたのに。


 一人でプチ落ち込みしていたのだが、レベルカさんとメイリスさんは言い争いをやめようとしなかったので、その隙に私は店の奥の方へと逃げることにする。

 二人が提案する下着を買おうものなら私はあっという間に破産だ。


 もっとお手頃な物がないかと奥の棚を探っていると、そこにはさらに思いもよらぬ人物が、人生の難題にでもぶち当たっているかのような顔で商品と睨めっこをしていた。


「グ、グレドさん!?」

「んなっ!!? なんで、てめぇが……!?」

「グレドさんこそ、ここで何してるんですか?! ここ女物の店ですよ!?」

「こ、これは、ちがっ、そ、そうじゃなくて……、い、妹! そう、妹のために買おうとしてたんだよ!」

「妹さん……?」


 兄弟のために衣類を、それも下着を買うというのはよくあることなのだろうか。

 私は兄弟からイジメられたことしかないため、そのあたりはよくわからない。


「そ、そうなんですか」

「おうよ。おめえは買い物かよ」


 また『お前』と呼んだことにムスッとした顔を返す。


「わかったわかった、悪かったよ。ミュリナは買い物かよ?」

「はい。元々ここのブランドは気になっていて来たかったんですけど、価格帯が思った以上に上で私には手が出なそうです」

「私も? 他にも来てんのかよ?」

「メイリスさんとレベルカさんも来てますよ」


 入口の方を指さすと、二人はまだ言い合いをしていた。

 クシャールの下着に余程詳しいのであろう。

 店員さんが顔負けしている。


「レベルカ……? ああ、サイオンのとこの平民か」


 平民……。

 グレドさんのその差別的な発言に顔をしかめてしまう。


「グレドさん、身勝手なお願いかもしれないですけど、その平民って呼び方、やめてくださいよ」

「なんでだ? 平民は平民だろうが」

「どうしてそんな差別をされるんですか? 私、最初はグレドさんのことを怖いって思ってましたけど、グレドさんっていい人ですよね?」

「別に俺はそんな人間じゃねぇよ。嫌な奴だと思ってくれて構わない」

「で、でもでも、ギルドの人から聞きました。グレドさん、お金目的じゃなくて、人助け目的で冒険者をやっているって」


 その言葉を聞くと、グレドさんはやれやれとため息をついて来る。


「受付嬢のやろう、勝手に言いやがって。……そうじゃねぇよ。俺は単に貴族に対するプライドを持ってるだけだ」

「貴族に対するプライド……ですか?」

「平民は自分さえ守れりゃいいんだ。自分家族と、自分の家と、自分の財さえ守れればいい。だから俺は平民にそれ以上を求めねぇ。悪に立ち向かわなかったり、正義とわかっている行為を行わなかったりしても、責められる立場にないと思っている」

「……そう、でしょうか?」

「そうさ。平民はそうやって幸せに生きてりゃいい。対する貴族は違う。人々を守る、国を守る、領土を守る。自分のためではなく他者のために戦うんだ。だから俺たち貴族は税を取れるし権力ももつ」


 それについてはエルガさんから習った一般常識と相違ない。

 ……けど、平民だからと言って悪に立ち向かわないというのはどこか違う気がする。


「もちろんそれすらしねぇクソみてぇな貴族だっている。だがな、サイオン・レイミルやニア・サートンバゼル、メイリス・リベルティアだって、日々は策謀に勤しんでいるが、いざとなったらあいつらだって人々のために戦う。その点で俺はあいつらのことを認めている」


 私の見ている範囲では策謀なんて見た覚えはないが、知らないところでそういうことも起きているのであろう。


「あいつらは貴族としての矜持だけは忘れていない。が、平民はそうじゃないから俺は明確に区別するんだ。……まあ、ミュリナみたいに変わった奴もいるがな」


 もう片手に握りしめる商品へと視線をやって、グレドは吹き出してしまう。


「ふっ。女性下着を片手に何を語ってんだろうな、俺は。様になってねぇ」

「そ、そんなことないですよ。グレドさん、すごくカッコいいです。立場なんて関係なくて、誰かのために戦うのって簡単なことじゃないと思います」


 必死にグレドさんを擁護しようとする私に対し、彼はややもこちらを見つめた後またも吹き出した。


「そうかい」


 と。

 そのまま、商品を店員のところへと持っていって、購入したと思ったらそれを私の方へと放ってくる。


「わっ、っとと」

「餞別だ。価格帯が合ってねぇんだろ? とっておけ」

「え? えっと、妹さんのは……?」

「好みがわからない。また買いに来る」


 そう述べて、彼は行ってしまうのだった。

 私が茫然とその後姿を見送っていると、真横からスライムのような視線が送られてくる。


「え? あ、えっと? な、なんでしょうか……?」

「やっぱりグレドのは受け取るんだ。もうそういう関係なんだ」

「ミュリナさん、私たちのはすごく嫌そうな顔だったのに……」


 レベルカさんとメイリスさんが悲劇的な表情で膝を屈していた。


「ええええ! ち、違いますって!」


 単に高くて買えなかっただけだって!

 むしろお手頃だったらどっちも買ってたからっ!


「くっ! せっかく偶然を装ってメイリスの邪魔をしにきたのにっ!」


 レベルカさんがボソボソと何かを言っている。


「え? レベルカさん、何か言いましたか?」

「なんでもない! ミュリナさん! 私に『応援している』と言ったのは勝者の余裕ですか!? そうなんですか!?」

「い、いや、違いますって」


 メイリスさんも怒ってくる。


「そうよそうよ! もうグレドとは下着を交換し合うほどの仲なんでしょう!? うぅ、私の知らない間にミュリナが大人の階段を上っていく!」

「だから違いますって!!」

「でもグレドのことさっきカッコいいって言ってたし」

「それは人柄としてのことを言っていて――」


 その後、二人を宥めて誤解を解くのに大変な時間を弄するのであった。

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