第29話 過去の遺物

 目的の山小屋へ到着し、二人して中に突入する。

 が、事前に探査魔法で認識していた通り、中には誰もおらず、完全に廃墟と化していた。


「ちっ、外れか。それかふけたか」

「待って下さい。ここ、変です」


 中を調べていると本棚のある床の日焼け跡がおかしいことに気付く。

 ためしに魔法で本棚を動かしてみると、その裏には隠し扉があるのであった。


「よくわかったな」

「微妙に家具を動かした跡があったので」


 扉を開けてグレドさんが内部を確認していく。


「迷宮だ。徹夜は覚悟しろよ?」

「任せて下さい。それくらいへっちゃらです」


 階段を降りていき、広めの通路を進んでいく。

 中は見たこともないつくりとなっていて、建築技術は自分の知っているどの分類にも当てはまらない。


「ここ、元々はなんの建物なんでしょうか?」


 落ちていた置物を拾って眺める。

 円盤状の板の上に長針と短針が一つずつ。

 何かの測定器だろうか……?


「それは時計だ。古代文字で一から十二までの文字が書いてある」

「……十二進数で時を刻んでいるってことですか?」

「向こうはそうらしい。ちなみに勇者は読めるらしいぞ」

「え? これ異世界語ってことですか? グレドさんはどうして読めるんですか?」

「勉強したかからだ。古代文明は勇者にまつわるもんばかりだ。正直、俺らの技術じゃ読み解けねぇのばっかりだがな」


 じゃあこの施設群もそうというわけか。

 さすがに劣化が酷くて稼働することはないであろうが。


 通路を進んでいくと、いくつもの部屋に分岐していて、調べるのは時間がかかりそうだ。


「探査魔法には何も引っ掛かってないですが、一応見ておきますか?」

「手分けしよう。一人でもいけるよな?」

「もちろんです。何かあったら大きな音を立てて下さい」


 独りで部屋の探索を進めていくと、とある部屋で手のひらサイズの長方形の板を発見した。

 なぜこれが気になったかというと、他の置物が機能を停止してしまっているのに対し、この板はまだ機能を失っていなかったからだ。


 うーん……。

 板に表示されているのはさっき時計に書いてあったのと同じ文字だ。

 ゼロ~九までの数字が記載されていて、その上部に意味深な四つのスペースがある。

 推測だが、四つの正しい数字を入力できればロックが解除できる的な何かではないだろうか。


 と思って何回か入力してみたが、解除することができない。

 四桁ってことは、可能性は全部で一万通り。

 普通に考えれば解除までは相当時間がかかるであろう。


 うーん、さすがに無理か。

 最後と思って適当に数字を入れたら――、


「え?」


 読めない文字がいくつも出て来て画面が切り替わる。


 あれ? ラッキーで解けちゃった?


 なんて思っているのも束の間、操作がおぼつかず、画面のどこかに触れてしまったのだろう。

 勝手に音声が再生される。


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 西暦2135年 新生歴十三年目 十月八日


 この日、我々はついに、元の世界における過去の時間軸より、魔法適性者を召喚することに成功した。

 これまで得られた知見通り、魔導適性は先天的要素が極めて強く出るため、精霊石を触媒とすることで目的の能力を持った人物を召喚することができるとわかった。

 召喚者の名前は春奈莉空はるならいくうという。

 こちらに来て以降、原住民との戦争は過酷を極めており、一刻も早く彼を戦力として擁立しなければならない。


 今後の課題は、安定的な精霊石の確保と全魔船構想の実現である。

 夢幻郷の防衛能力がいつまで通用するか不明瞭であるため、これらの課題も急ぎ解決していかなければならない。


 記録係 東雲愛花しののめあいか

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 うーん……。

 何の話だろう?

 召喚ってワードが出てきているから勇者のことかな?

 この施設が勇者にまつわるものであるのなら、関連していても不思議はない。


 ただ、私が気掛かりだったのは、出てきたワードのいくつかに聞き覚えがあったからだ。

 精霊石、夢幻郷、全魔船。

 これらは、私が奇怪な雲に雷を落とされた挙句、魔王に任命されたとき聞いたワードである。

 あそこで得た知識は、暗黒魔法以外意味の分からないものだらけであったため、頭の片隅に追いやっていた。


 そもそも、魔王と勇者ってどんな存在なんだろう。

 百年ごとに魔王は神に選ばれて、勇者は人族が召喚する、というのが私にとっての常識だ。

 そういうものなんだろうと勝手に思い込んできたけど、もしかしてこれって人為的な何かがあるってこと……?


 あれやこれやと思考を巡らせていると、それを遮るかの如く爆発音が響いてきた。


 ドガァァァァン!


 瞬時に思考を切り替えて、音の鳴った方へと駆けていく。

 おそらくはグレドさんの爆発魔法だ。

 魔法を行使しているということは戦闘中なのであろうか?


 通路を進んでいくと、大広間のようなところに出たところで、二人の人物を発見した。

 一人は負傷して頭部から血を流すグレドさんと、もう一人は見たこともない衣類をまとう長身短髪の女性であった。

 腰には鞘に収まった剣を携えていて、こちらを警戒気味に睨みつけている。


「グレドさん!」

「来る、な。こいつは、強い……っ!」


 そんなことを言われてしまうも、気にせず彼の傍へと駆け寄る。

 すると、立っているのもやっとだった彼はその場に崩れ落ちてしまうのだった。


「大丈夫ですか!? グレドさん!」

「にげ、ろ……」


 そのまま彼は気を失ってしまった。

 回復魔法だけを施して、彼が戦っていたと思われる女性の方を見る。


「あなた……何者ですか」

「てめぇらこそここで何してやがる? どうやって中に入った?」

「……私たちは冒険者です。人に使役されたグラッセルの群れに襲われたので、その犯人を捜していました。山小屋を調べていたところ、そこがこの迷宮につながっていたってだけです」

「山小屋……? 妙な話だな。で? 角無し魔族のてめぇがなんで人族なんかとつるんでやがる?」


 なっ!

 私が魔族だってバレてる!?


「……どうして私が魔族だとわかったんですか?」

「さあな、てめぇで考えな、ただ一つ言えることは――」


 女性が剣の柄に手をかける。

 次の瞬間には――


 ガキィィィン!


 私へと斬りかかっており、常時展開していたシールドが一発で破壊されてしまう。

 剣が頬を掠めながら、体を捻って何とか回避を。


「ぁぅっ!?」

「はんっ、防ぐか!」

「【フォトンセイバー】、【アトミックシールド】!」


 より強固なシールドを張りながら光剣にて応戦する。

 だが、剣の腕前は私を遥かに凌ぐものようで、簡単にいなされてしまった。


「っ! その剣、魔法剣ですねっ!?」


 通常の金属剣であれば、光剣で簡単に溶融切断できるはず。


「フォトンセイバーなんて珍しいの使ってんな。けど、そんなひ弱な太刀筋じゃ宝の持ち腐れだぜ!」


 女性が戦そのものを楽しんでいるかのように笑いながらこちらへと激しく斬りかかって来る。

 こちらも魔法を組み合わせた迎撃を行っているというのに、まるで歯が立たない。

少なくとも言えることは、今まで戦ってきた誰よりも強い!


「くぅ、【サンダーエクスプロージョン】!」

「【火影不知火ほかげしらぬい】」


 詠唱したと思ったら、彼女太刀によって魔法がかき消されてしまった。


「魔法消去!?」


 初めて見た。

 存在は知っていたが、実際にこの目にするのは初めてだ。


「今の技……【スキル】という奴ですね?」

「スキルも知らねぇのかよ。てめぇは魔法威力が段違いなのに、つえぇんだかよえぇんだかよくわかんねぇ野郎だな」

「どうして戦わなければならないかくらい教えてくれませんか? 私としてはグラッセルの群れの原因があなたでないのなら、あなたと事を荒立てたくないです」


 チラとグレドさんの方に視線をやる。

 最低限の回復魔法こそ施したが、出血量から考えて危険な状態にあるのは明白だ。

 本来であれば、戦闘なんてしている場合じゃない。


「この場にお前らがいた。これがあーしと戦う理由だ。入って来れねぇ場所にてめぇが入って来れている段階で殺すに十分な理由がある」

「待って下さい。勝手に入ったことは謝ります。ですが、殺すまでしなくともいいじゃないですか」

「それで殺すに十分なんだよ。夢幻郷に人がいるなんて怪しさ満点だろうが」

「夢幻郷……? あなた夢幻郷のことを知っているんですか、そしたら、全魔船とかも知っているんじゃないんですか?」


 そう述べた瞬間、彼女の目つきが変わった。

 急に口を閉ざして殺人鬼のような目となり、こちらをねっとりとねめつけてくる。

 なにか、おぞましいものを感じる。

 つついてはならないやぶをつついて、蛇どころか竜が出て来てしまったような感覚だ。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は――」


 女性が剣を鞘に納めて抜刀構えを取る。

 問答無用!?


「【マイティシールド】!」

「【百花繚乱】」


 ガラスが割れて飛び散るような甲高い音が響いた。

 魔法片が残光となって飛び散り、展開していたすべての魔法が解除されてしまう。


 なにこのスキル!?

 すべての魔法の強制解除!?

 はやく対s――


 なんて思っているのも束の間、彼女の姿が消えたと思ったらもう背後にいて、首を恐ろしい腕力で絞められていた。

 視界が白くなっていって、意識が遠のく。


「ぁぐぅぅがぁ、あがぁっ!」

「全魔船まで知ってるたぁ、ただじゃおけねぇな」


 締めの訓練もビーザルさんとは幾度もやった。

 なのに、背後にいる彼女へいくらひじや蹴りを入れても相手のひるむ気配がない。


 感覚がなくなる。

 ダメ……。

 死ぬ。


「うおおおおお!!」


 雄叫びと衝撃があって、私の拘束が解かれる。

 激しく咳き込み涙目になりながら状況に目をやると、グレドさんと女性が斬り合っていた。

 たぶん突進で彼女の拘束を解いたのであろう。


 未だ苦しさはあるものの、頭の中で魔法構築を開始する。

 この人は手加減なんてできるレベルの相手じゃない。


 突進をまともに受けたはずなのに一切ダメージがないかのように振る舞う彼女はグレドさんを蹴り飛ばす。

 それだけで彼の体は宙を大きく舞い吹っ飛ばされてしまうのだった。


「がはっ!」

「グレドさんっ!」

「くそっ……。お、い、早く、逃げろ」

「嫌です! 絶対に置いて行ったりしません」

「だが――」

「いいから黙っていてください!」


 空間魔法で杖を取り出して彼の元へ。


「空間魔法?!」


 はじめて女性が驚きの表情を浮かべた。

 空間魔法は珍しいものと見えるらしい。

 その隙に魔力をかき集めて魔法陣を展開。

 この人は黙って待ってくれるほど甘い人ではない。


「死んだらごめんなさい! でもあなたは手加減できないっ!」


 魔力光が舞い散った。

 瞬時に魔力が収束し、魔法が顕現する。


「獄火爆炎魔法【ヘルズ・ノヴァ】」


 猛り狂う気化したマグマが彼女を襲う。

 太陽をも焼き尽くす高温が周辺のすべてを包んでいった。

 グレドさんを耐熱魔法でくるんで肩を貸しながら急いで逃げる。


 この魔法を前に立っていられる生物なんているはずがない。

 なのに頭の片隅では、それでも彼女が平気な顔でこちらへと向かって来る姿を想像していた。

 だからとにかく足を動かして、自分たちが来た方へと逃げて逃げてとにかく逃げる。


 そして、気が付いたときには山小屋にまで逃げ延びているのだった。

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