第7話 国境越え

 さて、人族と魔族との国境をどう超えるのかが、この旅における一つ目の難所だ。

 私は一応魔族なわけでもあるし、魔法だって人族の平均以上に扱える。


 ただ幸いなことに、私には角がない。

 言い訳の仕方によってはこの難局を乗り切ることができるのである。


 私はこの日のためにいくつものアイデアを思案してきた。

 その中でも一番確度の高いものを実行することにする。



 まずは関所の手前の茂みに隠れて、予め用意しておいたボロボロの服を着る。

 加えて水で薄めた汚物を体にかけて、髪をボサボサにし、できる限り汚い身なりとなった。

 その他の持ち物は収納魔法に押し込めて、あくまで奴隷のような恰好となって関所へと走り込んでいく。


 大丈夫、この演技は何度も何度も練習したため、練習通りにやればできるはず。


 関所を超えるために門前で並ぶ人たちを無視して、兵士に縋り付いていく。


「た、助けて下さしゃいっ!」


 ヤバいっ!

 噛んだ!


「なんだお前は?! 近寄るな!」

「ま、ま、ま――」


 噛んだせいでせっかく練習してきたセリフが飛んでしまった。


 ヤバいヤバいヤバい。

 セリフが出てこない……っ!


 背中を冷や汗が流れていき、もう口から適当に喋ってしまう。


「――ま、魔王にさらわれた人族なんです。捕まったら私、殺されてしまいます!」

「ま、まおうに……?」


 あっ……。

 あーっ!!

 やっちゃったー!!


 魔族にという言うべきところを魔王にと言ってしまった。


 魔王が直々に人族をさらいに来るわけないじゃん……。


 終わったぁ……、と思う私の思考とは裏腹、兵士たちがさらわれたという言葉に目を合わせする。

 そして、彼らは迅速に行動を開始するのであった。


「わかった。とりあえず中に入れ。ここより先へ魔族は許可なく入ることができない。追手が来たとしても簡単には手出しができないはずだ」


 あれ?

 なんだかよくわからないけど、なんか大丈夫そう……。


 心臓を高鳴らせながら、心の中で小さくガッツポーズをつくる。


 国境を超えるための作戦とは、今やった通り、人族の奴隷を装って関所に逃げ込むという作戦だ。

 人族と魔族は互いを敵対視しているため相手国の者を奴隷にしており、必然的に捕まった奴隷が逃げてくるというケースもままあるらしい。

 そのため、そういった者は関所で保護されて領内に入ることができるのだ。


「名前は何という?」

「えっと、ミュリナと言います」


 あ!?

 ここは別の名を言うつもりだったのに、関所に入れた安心感から本当の名前を言ってしまった……。

 まあ大きなミスではないため問題はない……はず。


「ミュリナか。いくつのときから魔族領に?」

「え、えっと、その、わかりません……。たぶん、3つか4つの時だと思います」

「ご両親のことは覚えているかい?」

「パパとママは、えっと、その殺され、ちゃいました」


 なんて言いながら嘘泣きっぽいポーズを始める。

 嘘をついてごめんなさい、兵士さん。


「そうか。よくここまで頑張ってきた。もう大丈夫だ、安心しろ」


 人を騙していることに後ろめたい思いを持ちながらも、こればっかりはどうしても必要なことなので演技を続ける。


 ここまでくれば、第二目標もうまく行きそうだ。

 第二目標とは、人族としての身分証明を得ること。


 幼いころ魔族にさらわれた人族ともなれば、元の身元を追うことは困難であり、関所で新規の身分証が発行されることとなる。

 それさえあれば、人族領で生活していくための最低限の書類が揃うのだ。


「隊長、身体検査はしますか?」

「何も持っていないように見えるが、必要か?」

「最近逃亡奴隷に扮したスパイも増えています」

「ふーむ……、わかった。おい、メイリス様を呼んできてくれ」


 呼ばれたのは私と同い年くらいの女性であろうか。

 すらりとした背格好の彼女は綺麗な金髪をポニーテールにまとめている。

 鷹のように鋭い目つきではあったが、私の事情を説明されるや、目尻を下げて優しく微笑んでくるのだった。


「ここまでよく頑張ったわね。もう大丈夫よ。身体検査のために体を少し触るけど、いい?」

「はい、もちろんです」

「……大丈夫そうね。何も持ってないわ。ただ……、ずいぶん体がしっかりしてるわね。食べ物はちゃんと食べれてたの?」


 ヤバいっ。

 さすがにヒョロガリへと変化する魔法なんてないため、体付きだけは誤魔化すことができない。


「えっと、肉体労働と、それと、その……体を、強要されていました……」


 なんて、適当な嘘をついてみる。


「あっ……、ごめんなさい、嫌なことを聞いたわね。隊長問題ないわ」

「よし、そしたら身分証をすぐに発行する。それまでは……誰か、レングリアまで行って、下女を呼んできてくれ。彼女の身なりを整えてやった方がいい」

「それならば私がやる。わざわざ街にまで呼びにいかなくともよい」

「メ、メイリス様がされるのですか?!」

「隊長、そう私を特別扱いしないでくれ。私は貴殿らと同じ目線に立ちたいと思っている」

「メイリス様……。失礼しました。ではお願いします」

「そしたら、こっちへ来てもらえる?」


 彼女に連れられて、まずは体を綺麗にすることとなった。

 汚水を頭からかぶったので相当匂ったのであろう。


「えっと、そしたら服を脱いでもらえる? 水魔法で私が体を洗ってあげるわ」

「す、すみません、ありがとうございます」


 言われた通りに服を脱いでいき、彼女の魔法に身を委ねる。


「服は……さすがにもう使えないわよね。私の方で新しいのを用意するから、それを着てもらえる?」

「そ、そんなことまで……本当にありがとうございます」

「気にしなくていいわ。困っている人を助けるのなんて当たり前のことよ」


 エルガさんと同じ言葉を述べる彼女を尊敬の眼差しで見つめてしまう。


「あの、そんなに見つめられるとさすがに恥ずかしいかな」

「あっ! ご、ごめんなさいっ! その、綺麗な方だなぁと」

「あら。ありがとう」


 この「綺麗だ」という言葉を何度も言われ慣れているかのような彼女の振舞に、もしかすると彼女は貴族なのかもしれないなぁと思ってしまう。

 そう言えば、隊長と呼ばれていた人も彼女には敬意を払っていた。


「よし、それじゃあ、この服を使って」

「ありがとうございます。本当に何からなにまで」

「構わないわ。困ったときはお互い様よ。……それにしてもあなた、魔王にさらわれたんですって?」


 そんな風に笑われてしまう。


「あっ! い、いや、それは、その――」

「大丈夫よ。焦ってて言葉が回らなかっただけでしょ。わかってるわ」


 はぁ……、よかった。

 勘違いされているみたい。



 その後、私は身分証を無事発行してもらうことができ、人族領内へと入ることができるのだった。


「そしたら、この道をしばらく歩いたところにレングリアという街があるわ。そこのギルドであなたの身分証を提示すれば職を斡旋してくれる。辛いこともあるだろうけど、……頑張ってね」


 頑張って、という声を発しながらも、彼女は辛そうな顔をしている……。

 しばらく考えてみて、どういうことかを納得した。


 元奴隷だった者は学や教養のない者が多く、必然的に斡旋される仕事も低賃金なものとなってしまう。

 せっかく奴隷を抜け出したというのに、また奴隷のように働いて自身の生計を立てなければならないことを憂いているのであろう。


 けど、私に関しては問題ない。

 お金の稼ぎ方はここに来るまでの旅でちゃんと学んできている。


「はい。いろいろと本当にありがとうございました」


 頭を下げて、ようやく第一関門となる国境を超えることができるのであった。

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