追放された私はどうやら魔王だったらしいのだが、せっかくなので前々からなりたかった勇者を目指すことにしました
ihana
第1話 角無しの少女
「おい! さっさと運べ」
私を怒鳴りつける声がアイゼンレイク家の屋敷に響く。
別に怒鳴られること自体はどうとも思っていない。
物心つく前からずっとそうであったため、私にとってはそれが普通であった。
けど、八歳の私にとって、男性の低い声というのはやっぱり恐い。
アイゼンレイク家は魔族の中でも屈指の権力を持つ公爵家だ。
この屋敷一つ取っても、庶民では到底手に入らないような大きさの邸宅となっており、数え切れないほどの下男下女が務めている。
そんな中で、私は屋敷の主人であるベルガ・アイゼンレイクの一番下の娘。
いわゆる貴族令嬢という奴なのである。
この家に生まれたというだけで、本来であれば将来を約束されていたはずなのだが、私には生まれた時からその将来がなくなっていた。
なぜなら――、
「さっさと運ばんか! この角無しがっ! この家に置いてもらっているだけでも貴様は恵まれているんだぞ!」
私には、魔族の外見的な特徴となる角が生えていない。
恐らく、遠い祖先に人族との混血がいたのであろう。
その遺伝因子が稀にこうして角無しとなって表れる。
だが、アイゼンレイク家は魔族の中でも貴族としての歴史が長い。
その家が敵対種族である人族との混血である、なんてことが知れれば、アイゼンレイクの名誉は地に落ちることであろう。
ゆえに、世間的に私は流産したことになっている。
おまけに、ここにいられる時間もそう長くはないのだ。
「あと一か月でやっと貴様ともお別れだ。旦那様も清々すると申しておられた」
下男が本来すべき仕事まで押し付けられているが、文句を言わずにそれをこなしていく。
文句を言えば嫌がらせが酷くなるのは目に見えている。
ならば、黙って言われたことをやり続けた方がいい。
あと一か月。
それは私が九歳の誕生月を迎える月であり、魔法適性の測定月だ。
魔族社会において、角無しは人族と見做されるため奴隷になるのが常だ。
兄弟の中に一人だけ私を庇ってくれる兄さんがいたため、何とか今日という日まではこの家に置いてもらえた。
しかし、「魔法適性さえわかれば独りで生きていけるだろう」という父の暴論により、私はこの家を追い出される。
正直一人で生きていける自信なんてないが、それでも、ここで暴言と暴力の毎日を過ごすよりはマシであろう。
仕事をこなしていると、偶然母親と一つ上の姉が通りかかる。
いや……、これは偶然ではない。
「あら、お母様、下劣な人間もどきがいらっしゃいますよ?」
姉がそう指摘すると、母親がこちらに近寄って来る。
そのままセンスのようなものを振り上げて、問答無用で頬をぶたれた。
「ガルス、視界に入れるなと何度も注意したでしょう?」
「す、すみません、奥様。次からは注意致します」
なんて頭を下げているも、ガルスと呼ばれた下男と、一つ上の姉であるナリス姉さんは下卑た笑みを浮かべていた。
たぶん、示し合わせてわざとここを通ったのであろう。
私をぶたせるために……。
兄の――フィリア兄さんが私を庇うため、下男のガルスやナリス姉さんが私に手を出すと御叱りを受ける。
だが、その兄もさすがの父と母には逆らえないらしく、こうして母が私に手を上げることは黙認されていた。
それがわかっているからこそ、ナリス姉さんとガルスは示し合わせて母にこの廊下を通らせたのであろう。
再びセンスが反対側の頬に。
以前の私ならガードしてしまうところだったが、そうするとさらに酷い目に遭うと学んだため、されるがままにぶたれる。
「まったく、なんで生きているのかしらね。私の中から生まれてきたなんて、おぞましい」
「処分いたしますか?」
さも当然のごときその言葉に一瞬だけ背筋が凍るも、
「……いえ、ダメよ。フィリアが怒るわ。あの子は天才な上に我が家の跡取りだもの。嫌われたくはないわ。あと一か月だから我慢なさい」
私はひたすらだんまりを続けて、その場をやり過ごす。
どうせ何を言っても嫌がらせをやめてくれないので、飽きるのを待つのが一番だ。
あと一か月。
頑張れ、私。
心のどこかにある、家を出たらどうするの? という問いかけを直視しないようにしながら、私はひたすらに日々を耐え続けるのであった。
*
そしてついにその日がやって来た。
「おら、さっさとしろ!」
私は名目上ガルスの養子ということになっている。
今日は彼に連れられて魔法適性を計測するため神殿へとやって来た。
魔法計測は月に一度であるため、私と同じ月に生まれた子どもたちが両親と共に適性を計りに来ている。
これから計測する者は自身の可能性に胸をときめかせ、すでに計測を終えた者は両親と共にそれを喜び合っていた。
さっさと私を捨ててしまいたいガルスと、未来に希望を見出せない私とは大違いだ。
「次の方、どうぞ」
物腰柔らかそうな神父のおじいさんが声をかけてくれる。
こんな風に優しく話しかけられたのは生まれて初めてであったため、そちらに驚いてしまったが、もたもたしているとまたガルスにどやされてしまう。
急ぎ足で台座の前に立って深呼吸をする。
この結果いかんで私の生死が決まる。
ダメな適性を引いてしまったら野垂れ死にが確定だ。
脂汗を額に浮かべながら、震える手を必死に握りしめる。
「こちらの水晶に手をかざしてください。そうすると自動的にあなたの適性を色で教えてくれますよ」
それについては事前に聞いている。
これから私は独りで生きていかなければならないのだ。
適性の第一希望は炎魔法か身体強化魔法。
この年齢で就くことのでき、かつまともな収入が得られる職業は冒険者だ。
魔物は炎が弱点となっているものが多いため、冒険者になるのであれば一番欲しい適性となる。
次点は氷か雷。
対人戦に有効な属性で、兵士としての職が目指せる。
第三希望は治療系統だ。
給料は低めだが、若くとも修道院や兵舎の救護班など選択幅が広い。
土や水の場合、成人すれば農業、建築、研究職としての未来を見据えられるが、成人するまでを生きていく術がなくて少々厳しい。
その他の適性だった場合は、もはや死ぬ以外にないであろう。
「魔族はおおよそすべての系統の魔法が大なり小なり使えます。その中でも特に秀でた才をこの水晶が教えてくれます。それを参考に、将来なりたいものを決めていくとよいですよ。むろん、適性が高くなくとも、なりたいものがあるのであれば、それを目指すのもまたあなたの人生です。それではどうぞ」
緊張とともに手の平を水晶にのせる。
すると、周囲が光り輝いた。
その光が私を包んでいき、体の中を何かが通り抜けていく感覚がある。
ややもするとその光は収まっていくのだった。
だが……
「んん……? これは……? どういうことでしょうか。すみません、もう一度、台座に乗り直して手をかざしてもらえますか?」
しかし結果は同じ。
最悪の結末が頭の中をよぎりながら、それでもと救いを求めるように神父さんを見つめてしまう。
「……。水晶は魔法の中で最も適性の高い魔法を教えてくれます。ですがこれは……いや、可能性はかなり低いですが、優れた適性がない……ということなのかもしれません」
「……ぇ?」
心のどこかで認めたくなかったことを神父さんの口から聞いてしまったものだから、思わず声が漏れた。
わずかに残されていた希望が閉ざされていく。
目の前にある水晶。
その透明の球は何の色も提示していなかった。
魔法が使えなければ、生きていく術はないも同然だ。
貴族の家にいたため最低限の教養と学は身につけているが、それだけではどう考えても不十分であろう。
「ま、まあお気になさらないで下さい。必ずしも魔法だけが人生のすべてではありませんよ。あなたの人生にはいくつもの選択肢があります。どうか、気を落とさないで下さい」
私がよっぽど酷い顔をしていたのであろう。
神父さんからそんな励ましとも取れない言葉をかけられる。
「おら、いくぞ」
私はガルスに連れられて、そのまま外へと出て行くのだった。
途中で、「ママー、なんで人族がいるのー?」とか「適性がないなんてことあるんだー」なんて無邪気な声が聞こえてくる。
そのどれもが私の胸に突き刺さり、泣くに泣けない境遇を呪う事しかできなかった。
外に出ると、それまで何とか堪えていたガルスが大笑いを始める。
「だっはっはっはっは、ま、マジかよ、無適性って。角無しにゃお似合いの結果だな。アッハッハッハ。マジ、死ぬ、笑い死ぬ。マジでやめてくれよ。アッハハハハ」
本当に笑い死にそうなレベルで転げまわり、一通りそれを終えると、ガルスは私に背を向ける。
「あー、最後にいいもん見れた。んじゃ、これでさいならだな。んま、せいぜい元気に生きろよ。ナリスお嬢様から、万が一生き残れそうな適性が出たら腕を斬り落とせって言われてたが――」
そんな風に言いながら懐から短刀を取り出して見せる。
「――こりゃその必要性もなさそうだな。あっはっはっは! じゃあ頑張れよー」
そのままガルスは人ごみの中へと消えて行ってしまった。
たくさんの人が行きかう通りで茫然と立ち尽くしてしまう。
楽しそうに笑い合う親子。
親し気に語り合う友人同士。
スキップでもし始めそうなカップル。
自分とは無縁の人たちが通り過ぎていって、あんまりの仕打ちに神を呪ってしまう。
なんで……なんで、私だけが……。
この後、どうしよう。
どうすればいいんだろう。
食べ物も、寝るところも、何もない。
そのまま私は、夜になるまでそこを動くことができないのであった。
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