第4話 ヨーグルト爺
「スタンディングパウチっていうらしい」
例によって、兄がスマホで検索して仕入れた知識を話していた。
───うちの家族は、食べ物の好き嫌いに関しては、わりかし少ない方だと思う。
あれがだめ、これが食べられない、ということをあまり気にしなくて済むのは、食事担当としては誠にありがたいことだ。
例外的に、じいちゃんはパイナップルが食べられないのだが、これはアレルギーらしいので仕方がないだろう。本人曰く、実は大好きとの事で、とても不憫である。
だが、味の傾向には割と注文を言うことが多い。
ばあちゃんは、辛いのがだめ。じいちゃんは肉の臭いがあまり得意ではない。兄は酸っぱいものが不得意、といった具合だ。
そのため、味付けや選ぶ食品に関しては、割と安全牌を選ぶことが多くなる。これは、家族共通で食べるものということで仕方がないことではあろう。
だが、選択肢の幅は確実に狭くなってしまう。結局、いつもと同じ献立のローテーションに陥ってしまうということも珍しくないのだ。
たまに珍しいものを作ってみたりもするのだが、食べ慣れないものというのは案外美味しく感じにくいらしく、結局……、
「いつも食ってるもんが、一番
という、じいちゃんの口癖の通りになることが多いのだ。
そのため献立の他でも、納豆はこの銘柄、牛乳はこれ、おやつやデザートはこの中から選ぶ……といった具合で、まあ……あまり面白みのある選択にはならないことが多いのだ。
その中で、あたしが手を付けないことがバレてしまったものが一つある。
それは、ヨーグルト。
昔の人の割に、じいちゃんはヨーグルトが好きだ。昔の人は酸っぱいものを敬遠するものだと思っていたため、これは意外でもあった。ちなみに、兄の苦手な酸っぱいものリストに、ヨーグルトは含まれないらしい。
つまり、うちの家族みんなで食べられる万能デザートがヨーグルトなのである。
しかし……、
「なんでおめ、これ食わねぇんだ? せっかく買ってきたのに……」
食後、じいちゃんが不満そうに、つぶやいた。
そう。
あたしがじいちゃんの買ってきたヨーグルトに手を付けていないことが分かって、とても悲しかったらしい。まぁ……気持ちはわかる。作ったものを食べてくれなかったら、あたしだって悲しいだろうから。
「あんた、ヨーグルト好きでないんだっけ?」
「……そうだっけ? カップのやつは食ってたよな?」
ばあちゃんと兄も、それについて言及してきた。
べつにあたしは、ヨーグルトが嫌いな訳では無い。
それどころか結構好きな部類なのだ。
買い物に行く際には、冷蔵庫の中にヨーグルトが残っているかどうかを必ず確認して、無かったら買い足す。これはあたしの買い物ルーティーンでもあるのだ。
だが、じいちゃんの買ってきたヨーグルトには一切、手を付けていない。
これでは、じいちゃんも納得しないだろう。
……ごめん、じいちゃん。
「いや、ね? きらいじゃないんだよ?」
「んだら、なんで食わねえべよ?」
じいちゃんがさらに追求してきた。
これは……こまったな。
説明して納得してもらえるかどうか……。
知っての通り、この家では家事全般があたしの担当である。
当然、それには買い物も含まれるのだが……。
あたしは購入品目によって、買うお店は概ね決まっている。
当然、食品は食品スーパー、洗剤その他はホームセンターという具合だ。
でも最近は、ホームセンターでも結構な種類の食品を並べていることも多い。ちょっとしたものなら、もうホームセンターだけでも間に合ってしまうほどだ。
だが、あたしは食べ物は食品スーパーで買わないと気が済まない、という凝り固まった概念を持っているようなのだ……。
まぁ…これは、ばあちゃんの刷り込みによるところも大きい気がする。
古い感覚のばあちゃんは、ホームセンターで食品を買うと、「なんか騙されてる気がする」と言って敬遠していたものだ。
その為……あたし自身も、たとえスナック菓子程度であっても、ホームセンターで買うと「これ、美味しくないんじゃないか?」という疑いを持ってしまう。
───で、冒頭の兄の言葉に戻るわけである
じいちゃんが買ってきたヨーグルトというのは、そのスタンディングパウチという容器に入ったヨーグルトであった。もちろん、容器の違いで味が変わったりはしない。
だが、普段から買い物を担当しているあたしにとって……あの容器は、どうしても洗剤の詰め替え用パックにしか見えないのだ。そのせいで、どうにも好きになれなかったのである。
「そんな理由かよ?」
さすがの兄も呆れていた。
……悪かったね、兄ちゃんが買い物行ってくれないのがいけないんだよ、と心のなかで反論しておいた。
「食べてみんさい、
と言って、ばあちゃんがあたしのために器とスプーンを用意してくれた。
「……ん~、まぁ……そこまで言うなら」
あたしは、しぶしぶそのヨーグルトのようなものを器に絞り出す。
だが……。
「ほらぁ……もう、この見た目からしてだめなんだよぅ……これどう見てもシャンプーじゃん!」
器に、にゅるにゅると絞り出されてくる物体を見ただけで、脳が拒絶反応を起こしていた。よりにもよって、このヨーグルトのパウチは、注ぎ口まで付いているのである。どうやったって、シャンプーボトルへの詰め替え作業にしか見えないのだ。
「食ってみれって~、
じいちゃんまでもが追い打ちをかける。
いや、ね……。食べたら美味しいのはわかってるんだけど。
そう思いながら、スプーンで掬って一口……。
「ほんまや」
「「「あはははははは」」」
私の反応を見て、みんなが大笑いしている。
普段私は、砂糖の含まれない(または低糖)銘柄を選ぶ事が多かったため、余計に美味しいと感じる。甘いといっても甘すぎず、更に絞り出されたヨーグルトは、適度な粘りのようなものも感じられ、噂に聞くカスピ海ヨーグルトなるものを想像させた。
はっきり言って、想像の3倍は美味しかった。
カシカシと、スプーンを運ぶあたしを見て、じいちゃんは満足そうに、
「今度から、お
そんな事まで言っている。
すると、ばあちゃんも、
「ああ、それがいい」
と、続け……そして、兄までもがトドメを刺す。
「盛ってやらないと、食べられないとは……ははは」
本日、私には「ヨーグルトは盛って貰わないと食べられない」という、不思議なレッテルが貼られることとなったのである───。
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