とある家族の散文生活

天川

第1話 瓜兄妹

「西の瓜って……カボチャだったっけ?」


 私の何気ない質問に、斜め前に座る兄がこちらを見て聞き返す。

「あん? どしたよ、急に?」


 別に、意味は無いのだが……ちょっと気になったのだ。


 それというのも、小説投稿サイトで見つけた面白い作品の作者の名前が西瓜だったためだ。

 スイカかかぼちゃ……そのどちらかであることは分かっているのだが、どちらだったか確信が持てないのだ。


「いやべつに、……ふと気になって」

 私は、説明が面倒だったため適当にはぐらかした。


「……西は……スイカだな、カボチャは南だ」


「あー、スイカの方かぁ」


 二択なのに……逆だったか。

 思わず連想して、自分の胸を見てしまう。

 かぼちゃならまだいいほうだ。さしずめあたしは目玉焼きだな、と自分の貧相な胸を思った。


「西と南だけなんだっけ……東と北は、無いんだよね確か」


 聞くとは無しに呟くと、律儀な兄は懐からスマホを取り出しながら、

「あ~、そうだな。東も、北も無いな」

 そう言いながら操作を始めた。たぶん、検索して調べているのだろう。

 そこまでせんでも、と少し可笑しく思いつつ、そんな兄を労うために珈琲を淹れに立ち上がる。……ほんとは自分が飲みたかっただけなのだが。


 マグカップを取り出し、インスタントの粉を適当に瓶から振り出し、ポットのお湯を注ぐ……。


「あ、東あるわ! とうがんだって」

「え!? あるの?」


 思いがけない言葉に、思考が中断される。

 残念、あたしの新瓜計画は北だけになってしまったか……。


 実は、東と北が無いと気づいて、無いならこのあたしが新たに作ってやろう、などとくだらない思いつきをしていたところだったのだ。


 嗚呼……それなのに。

 しかも……とうがん、って。


「とうがん、って……冬の瓜じゃなかったっけ?」


 それだと東西南北の枠じゃなく、春夏秋冬の枠になってしまう。

 ……たしか、そっちも春と秋は空席だったはずだが。


「……ん~、なんか…直接とうがんとは読まないみたいだ、当て字っていうのかな、冬瓜を意味する……みたいな」


 スマホの画面を凝視している兄に淹れたばかりの珈琲を渡す。


「……むぅ。残るは北だけか……」


「あ~、北もあるぞ……カボチャだってさ」


 出し抜けにそんなことを言われる。


 は……?

 思わず振り返る。

「なんだそりゃ!?」


 私の芸人ばりのツッコミに、兄は……ぷっ、と吹き出して、

「いや、なんだそりゃ…って、なにが?」

 こちらを見て、可笑しそうに聞いてくる。


「だって……。さっきカボチャは南だって!」

「あー、南もカボチャだけど、北もそうらしいぞ」


「二つも使うなよ……!」

 あたしの新瓜計画が……!


「ん~……なんか、これは由来が難しいな……大陸では同じ意味で使われてた、とかなんとか……」


 んも~……!!


「いいよ、もう……。どうせみんな植えるから」


 あたしの投げやりな答えに、兄がほほえみながら尋ねる。

「あ~、今年もそろそろ畑の準備か……。最初はなんだっけ?」


 まあ、だいたい同じ時期に植えるんだけど……。

「一番楽なやつ……だから、きゅうりだね」


 それを聞いた兄は、スマホをしまいながら聞いてくる。

「きゅうりか。……ちなみに、漢字書けるか?」

「書けない。……木の瓜?」


 それを聞いて軽く笑っている。

「書けてるじゃないか。それでも正解だぞ」


 ……ふーん? どうやら、答えは一つではないらしい。


 この家では、私は家の事全般。兄は、外での仕事全般が役割として定着している。

 以前は、この兄のことは大嫌いというか、ひどく敬遠していたのだが……私も、兄の心持ちが少しずつ分かってくるようになって、今ではこの通り関係性は良好だ。


 良好になってしまったせいで、卒業後に家から出ていくという選択肢は優先度を下げてしまって、なんとなく家に居着いてしまっている。

 他所から見たら、ほんのり異常な兄妹かもしれない。


 だけど、関係性が良好で悪いことなんかないだろう。

 将来とか結婚とか、その辺の問題点はあるのだろうが、正直な所……今の御時世で結婚して家族を持つことが唯一の正解だとは思えないのだ。


 私は、曾祖父母の残してくれた畑で野菜を作りながら、兄の食事を作ることにささやかな幸せを感じている。兄も、それに対しては何も言わずにいてくれる。


 まあ、更に歳を取ったらいろんな問題も出てくるかもしれないが、それでも関係性が良好なら解決方法はあるだろう。


「───今年は、冬瓜いっぱい植えろよ? 去年、全然食い足りなかったんだからな」

 兄は私にそんな事を言っている。

 もちろん、と私は応える。


 雪解け間近───。

 今年の春の目覚めは、もうすぐだろう。

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