第29話 僕が犯した最大の過ち1~クリストファー視点~

「クリストファー、お疲れ様。今日のお茶会には、ヴァレスティナ公爵家のルージュ嬢も参加していたそうね。それで、気に入った子は見つかった?もうあなたも12歳なのだから、そろそろ婚約者を決めないとね」


「そうですね…」


「既にたくさんの令嬢が、婚約者になりたいと言ってくれているのよ。もしかしたら今回のお茶会で、またあなたの婚約者になりたいという子が現れるかもしれないわね。ただ、選ぶのはクリストファー自身ですもの。ゆっくり考えて選ぶといいわ」


そう言うと、母上は部屋から出て行った。でも僕は…


「久しぶりに会ったルージュ、とても可愛かったな。もっともっとルージュと話したかった。でも…」


ソファに腰を下ろし、頭を抱えた。やっとルージュに再会できたのに…どうして?どうしてルージュは、あんな怯えた目で僕を見つめたのだろう。どうしてルージュの隣には、義兄でもあるグレイソンが寄り添っていたのだろう。


一体何が起こっているのだ?1度目の生の時には、2人はほとんど交流を持っていなかったはずなのに…それにグレイソン、随分と雰囲気が変わっていた。根暗だった1度目の生とは打って変わって、表情豊かでルージュに常に寄り添っていた。それに体つきもかなりガッチリしていたし…



実は僕には、1度目の生の時の記憶が残っているのだ。あの時の僕は、本当に愚かだった。誰よりも大切だと思っていたルージュを傷つけ、命を奪ってしまったのだから…あんな女にうつつを抜かしたばかりに…



初めてルージュに会ったのは、12歳のお茶会の時だった。体が弱く、貴族の知り合いと言えば従姉弟のセレーナくらい。でもセレーナは気が強く、事あるごとに文句を言ってくるため、苦手だった。


あの日初めて公の場に姿を見せるとあって、僕はとても緊張していた。きちんと話が出来るかな?大丈夫かな?


不安の中迎えたお茶会。


僕は一気に令嬢たちに囲まれ、パニックになってしまったのだ。そんな中


「殿下、ちょっとよろしいですか?」


銀色の髪にオレンジ色の瞳をした少女が、話しかけてきたのだ。彼女こそ、公爵令嬢のルージュだ。後ろには彼女の友人たちが控えていた。ルージュ自身高貴な身分なのに、後ろにいる令嬢たちは、皆公爵令嬢と侯爵令嬢たち。


一気に令嬢たちが引いて行った。


「殿下、大丈夫ですか?随分と困っている様でしたので、お節介かと思いましたが、声を掛けさせていただきました」


そう笑顔で話しかけてきてくれたのだ。


「もう、ルージュったら。クリストファーなんて放っておけばいいのよ。この人、自分で令嬢も対処できない程の弱虫なのよ」


「もう、セレーナったら。殿下はずっと王宮にいたのでしょう?あんなにたくさんの令嬢に囲まれたら、びっくりするのは当然よ。殿下、もしよろしければ、私たちと一緒にいませんか?令息も何人かおりますし」


そう言って自分たちの輪に入れてくれたルージュ。そんな優しいルージュに僕は、一目ぼれしてしまったのだ。


その後も僕を気遣ってくれるルージュ、彼女の傍にいると、なんだか居心地がいい。もし叶うなら、ルージュと婚約したい。この時僕は、強くそう思った。


ルージュも僕を気に入ってくれた様で、僕たちは晴れて婚約者になった。


その後は本当に幸せだった。ルージュの為に王宮の中庭にキンシバイ畑を作ると、それはそれは喜んでくれた。厳しい王妃教育も必死にこなし、先生からの評価も上々。王宮の使用人たちにも優しいルージュは、あっと言う間に使用人たちと仲良くなってしまった。


母上もすっかりルージュを気に入り、本当の娘の様に可愛がっていたのだ。


貴族学院に入学してからも、彼女は常に人気者だった。困っている人がいると、手を差し伸べる優しい子。ただ、ルージュの人気の高さに、僕は少しずつ劣等感を抱くようになっていった。


僕は王太子なのに、なんでみんな、ルージュにばかり目を向けるのだろう。


さらに


「クリストファー様、少しは慈悲活動に参加した方がいいですわ。私と一緒に、孤児院に行きましょう」


そうルージュが誘ってくるのだ。僕は小汚い服を着た子供たちが苦手だった。それなのにルージュは、何のためらいもなく彼らを抱きしめる。


ルージュの事は大好きだ。ただ、ルージュは少し目立ちすぎている。僕の心の中に芽生えるルージュへの嫉妬心が、少しずつ大きくなってきた。


そんな中出会ったのが、侯爵令嬢のヴァイオレットだ。体が弱く、貴族学院に入学するまでずっと領地で生活していたというヴァイオレットは、人懐っこくて可愛らしい。


さらに甘え上手で、僕が何かをしてあげると、大げさなくらい喜んでくれるのだ。


「クリストファー様がいて下さるお陰で、本当に助かっているのです。いつもありがとうございます」


そう言って僕を頼って来てくれるヴァイオレットに、次第に惹かれていった。そんな中、ヴァイオレットが


「今日はルージュ様に酷い暴言を吐かれました。この前は階段から突き落とされましたし…でも、きっと私がいけなかったのです。私がクリストファー様を、好きになってしまったから…」


そう泣いて訴えるヴァイオレット。冷静に考えれば、ルージュがそんな酷い事をする訳がないのに。この時の僕は、冷静な判断が出来ない程、ヴァイオレットにのめり込んでいたのだった。

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