ミモザは恋をしない

仁矢田美弥

第1話 

 ミモザにとって初めての異業種交流会だった。いや、正確には二回目だが、初回は選択が悪かったのか、まるで出会い系のようでこりごりの思いを味わった。そういう経験のある場にまた行こうと思い立ったのは、ミモザが五年務めた仕事を退職し、フリーランスとして独立することを決意したからだった。

 思いだけは強くあるが、起業するということについて右も左も分からないような状況の中、先輩にあたる人たちの話を機を見つけては訊き出したいと心が逸っていたのだ。

 フリーランス向けの異業種交流会ということ以外に何の予備知識もなくミモザは西新宿のオフィスビルの会議室を貸し切って行われる会場へと足を運んだ。会社員時代に着用していたグレーのパンツスーツに髪を後ろで一つ結びにして、会社を辞めて以来のハイヒールのエナメルの靴に早くも脚の苦痛を覚えながら向かっていた。片腕には、これも会社員時代のA4サイズの入る大きめのビジネスバッグをかけていた。

 四谷で働き、荻窪に住む彼女には、新宿はたまに降りる機会もあったので、土地勘はある。

 平日の今日も昼中にもかかわらず営業や出張で駅に向かうビジネスパーソンたちが、春先のコートやジャケツの下にネイビーやグレーのスーツで武装しつつ闊歩していた。

 もう、この世界からは足を洗ったはずなのに、それでも今日はまた似たようなスタイルで道を歩く。軽い圧迫感に呼吸が細くなる。

 広いが人の少ない大きなビルの一階フロアに入ると、ミモザはエレベーターを探した。左右に目をやると、このビルとはかけ離れた雰囲気のラフなコットンシャツに薄茶色の裾が長いカーディガンを身につけ、黒いデニムのパンツを身につけた背の高い若い男性がいた。年齢は同じか少し上くらいか。髪もオイルさえつけていない感じだが、不潔なわけではなく、むしろナチュラルな空気を身にまとっていた。思えばそれが最初の違和感だったわけだ。

 一階フロアのヴェンダーの前にしつらえられたテーブルで立ったまま紙コップで何かを飲んでいたが、急に何気ないように、離れた場所にいるミモザに目を止め、その目を逸らすでもなく視線を固定した。ミモザは眉を寄せて顔を背けた。もとより、自分が先に彼を見つけて観察しており、その視線に彼が反応したと云う事は明白なのに、不快感がこみ上げてきたのだった。

 そのときにはもう、広いフロアの左手にエレベーターホールを見出したミモザは、靴音をわざと響かせながらそちらの方に向かった。

 エレベーターが降りてくるのを待ち、中に入って一息つこうとすると、急ぎ目に近づいてくる気配がある。

 ミモザは慌てて閉まりかけていたエレベーターのドアをまた開けたが、小走りに乗り込んできた人物を見て、後悔した。

 言うまでもなく、先ほどの男だったのである。

 彼は右手を軽く顎のあたりまで上げて、礼をいうジェスチュアをした。ミモザは無視して会場の11階のボタンを押す。

 少し待ったが言葉がないので、男を見上げると、彼は頷き、それでミモザは彼の行き先が同じ階であることを知った。最初戸惑ったが、11階の中にもいろいろの施設、会議室などもあろうかと思い、「閉」ボタンを押した。

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