第2話

 世界五分前仮説をご存じであろうか。神または神に準ずる人間を超越した存在よってあたかも宇宙に46億年の、人類に700万年の、20歳引きこもり加藤の歴史がつい五分前ひょいと作られたとする思考実験の一つだ。この思考実験の好きなところは完全に否定することができない点だと思う。


 社会に否定され続け早20年、辛いことや嫌なことがあるたびにこれを思い出し自分を慰める。最近の好みといえば量子力学の観測理論に興味がある。どうやら、観測者の有無で実験の結果が変わってしまうものらしい。つまり、今までの自分は誰かに観測し続けられたから人間の加藤だったわけで誰にも観測されない自分は猫なんじゃないか?という仮説だ。猫である必要はない。犬でも鳩でもオオサンショウウオでも構わない。強いて言うなら個人的に猫に一番可愛げを感じる。だから誰も見てない部屋の中でにゃ~と鳴いたらそこにいるのは加藤ではなく猫なんじゃにゃいかと割と本気で考えてる。

 今日はその記念すべき実験日、さっき目のあった人以外今日は誰とも会っていない。まあ、よい。一人に観測されたが問題はない。それにアイディアを実現させるのは早い方が良い。五分前に考え付いたこの実験は至って簡単、部屋でみゃおんと鳴くだけ。


軽く息を吸って一言


「みゃお~ん・・・」

案外恥ずかしい。


さあ、急いで鏡の前に行く。吾輩は猫である。そう思いたい。しかし、そこに映るのは猫ではなくやはり自分だった。名前は加藤。どこで生まれたかも何者であるかもはっきりとわかる。じめじめした部屋でにゃーにゃー鳴いていたのも覚えている。


ただ、吾輩はここで初めて神というものを見た。


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生きている 百乃若鶏 @husenobunsy0

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