28話 変態会計を認めない

 狂乱の生徒会選挙が終わった翌日。

 めでたく(?)新生徒会長となった俺は、ここ生徒会室で各役員任命式を執り行い、副会長冬司に加え、書記には柚穂さん、会計に変態塩谷を迎え、新生徒会は華々しい生徒会活動2日目を終えようとしていた!


 示し合わせたようにお花をつみにいった冬司と柚穂さんが去り、俺と塩谷だけが取り残された夕暮れの生徒会室で、塩谷がほくそ笑む。


「まずは、就任おめでとう、でいいかな? ?」


「お、おう……って塩谷、その呼び方」


「いや、一条さん、なんて一々呼び分けるのが面倒なんだ。この機会に会長呼びで統一していこうと思ってるんだが、どうだろう?」


 俺や冬司の正体を知る塩谷には今まで器用に呼び分けられていたわけだが、今後生徒会で接点が増え、さらに衆目に晒されるようになってくれば当然ボロが出る機会も増える。肩書呼びはむず痒いが、その方が安全かもしれん。


「あー……確かに。それじゃ今後はその呼び方でたのむ」


「りょーかい会長? それで、僕の役職は会計だったかな? 僕が言うのも何だが、これは情実人事じょうじつじんじってやつじゃないか……?」


 塩谷は顎で曲げた指をぐねぐね擦りながら、名探偵まがいの疑った目を俺に向けた。

 塩谷は昔からこういう所がある。

 警察官僚を父に持ち、幼少から厳格な教えを刷り込まれたらしく、正義感レーダーが人一倍鋭敏だ。

 さらに塩谷は思春期突入後めっきり折り合いがけしからんなった親子関係を引き金に、真っ直ぐだった教えに反発するような蛇行運転の成長経路を辿った結果、ピンと真っ直ぐにはった正義感のアンテナで不正に気付きながら、それを餌に性根の曲がった交渉と根回しを得意とするという、歪な変態へと仕上がったのだ。

 

 さて、その変態は情実人事、つまりは100%俺の私情で身内ばかり集めたこの新生徒会の采配に物申したいらしい。

 塩谷が変な言い方をするから悪い事のように聞こえるのであって、そもそも、条成学園生徒会の役員人事は生徒会長へ一任される。この生徒会はちゃんと校則に則っているのだ。


「……何が言いたい」


「こう、会長は満遍なく集められなかったものかな、と。なんなら僕が今からでも声をかけて……」


「だ、だだ黙りなさい!」


 塩谷の意図がわかった。俺をからかって遊ぶつもりだ。

 側から見れば塩谷以外は同じクラスの女子3人、そして1年だけで組織する事になったからな。偏りがあると言われれば否定出来ない。

 しかしだな? おともだち内閣よろしく、この国では団結力を重んじてきたわけで、今回はそれに倣ったともいえる。

 従ってこれは伝統的組織運営の一方針であり、俺の希薄な人望の帰結などではない!! まして、知らない人怖い……なんて情けない理由でもない!! 

 断じて、俺は友達が少ない訳では無いッ!!!!


「すごい動揺だな」


「……嫌なら辞退すればいいだろ」


「ははっ、任命初日で?」


 机に突っ伏し、ムッとする俺を逆撫さかなでするように塩谷は眉をひそめて笑う。ニヤニヤ揶揄からかう目はどこか俺の弱みを見透しているようで鼻持ちならない。

 ここは変態でありながらお情けで役員となった塩谷と、きっちり上下関係を明確にしておく必要がある。


「……そもそも、もし冬司の口添えがなければ、お前という要注意人物筆頭を生徒会に入れてないからな」


「お、おいおい……そう寂しいことを言うな。会長と僕は猥談に花を咲かせ、春先まで同じ部活で汗を流した仲じゃないか」


 さすがの塩谷も焦って爽やかスマイルを貼り付け、情に訴えてきた。

 無垢な女生徒であれば騙されたかもしれんが、生憎、野郎のスマイルに魅力を感じない俺は、お嬢様的冷笑をお見舞いする。


「なんのことかしら、記憶にございません……」


「……お嬢様モードへの切り替えが早い……」


 貼り付けた鉄面皮をカチンコチンに凍らせ「まぁ確かに、僕だって目の前の金髪美人と中等部時代を過ごした記憶はないんだ……」なんて世迷言を続ける塩谷の様子を見る限り、どうやら俺のお嬢様的絶対零度の冷笑は冬司以外にも効くらしい。


「……塩谷ほんとさっきから何言ってんの?」


「い、いや、気にしなくていい!」


「……?」


「と、とにかく」


 首を傾げる俺を、びっ、と指すように塩谷は人差し指を突き立てた。


「僕は票集めで結構貢献した。あと、会長だってこうして素を晒せる相手は多い方がいいだろう」


 正直、それを言われると弱い。後者に至っては塩谷を誘った理由そのものでもある。こうも核心を突かれると立つ瀬がない。


「それは……ぐぬぬ……」


「それに、僕は独自の情報網を駆使して冬様のとくダネを掴んだ。聞きたくないかな?」


「……なに?」


「……ひとまず、新生徒会発足を祝って、今回はその情報で手打ちというのはどうだろう?」


 流れ変わったな……? 

 『冬様のとくダネ』なんて餌に惹かれ、ゴクリ、と唾を飲んだ時、俺は自分が既に会話の主導権を失っている事に気付く。


「むー……なんか、むかつく……」


「おっと、レディを怒らせるつもりは無かったんだ。これはすまない」


 茶化してなだめる素振りよりも、俺は友人の口から出た、耳を巡ったある違和感に反応せざるを得なかった。


「お、おま、俺にレディとか言うなぁッ」


 椅子をけった勢いのまま塩谷のふざけた口を塞いでやろうと、ずいっ、と寄る。

 そんな俺に「おわっ」と声をあげた塩谷は、触れまいと反発する磁石のように勢いよく仰け反った。


「……う……ん。急に、近寄るな……」


「なに」


「いえ……なんでも」


 じーっと目を細める俺に、ぴんっと仰け反って目を泳がせる塩谷。焦っているのか単に体制がきついのか、顔を赤くして苦しそうにしている。


「そ、そうだ、おまけに会長と冬様のコスプレツーショット写真もつけて送る! それで機嫌直してほしい……」


「ふうん?」


「まあ。ついでに……? 僕の生徒会入りも快く受け容れてくれると助かるね……」


 相変わらず目を泳がせる塩谷の動揺は怪しさ満点だが、なぜか見つめているだけで写真つき特典を引き出せたし? 今日のところは、これ以上の詮索はやめてやらんでもない……(?)


「べ、べつに? もともと俺だって任命するつもりだったしっ……」


「おー……ツンデレ会長、見た目が女の子となると、良い」


「誰がツンデレか」


「はいはい、そんじゃ会長の許しも出たことだし、生徒会会計、ありがたく拝命しようかな?」


「あ……うん。よろしく……塩谷会計?」


 机にあった『生徒会』と書かれた腕章を取り、塩谷へ手渡す。


「よろしく会長。そう心配そうにしなくても……僕は引き受けた以上、仕事はきっちりやるつもりさ!」


「ん。よろしい……あ、あと塩谷、生徒会入ったからって部活辞めなくていいから……こっちで日程調整は頑張るし……」


「あ、ああ。それはまあ、助かる」


 さて、一通りの連絡は済ませた。

 ここから塩谷加入にあたって唯一にして最大の懸念事項……塩谷が冬様(冬司)へ告白して玉砕したあの日に俺が塩谷へ発令した、『接近禁止命令せっきんきんしれい』について向き合わねばならない。


「それから……」


 もともとは塩谷側から冬司の半径1メートル以内への接近を禁止するもので、なんとな〜く塩谷と仲良くする冬司を見ていたくない俺による私怨しえんこもった悪法だ。

 にも関わらず、当の塩谷は今日に至るまで律儀に守り、慎ましいアプローチを試みている。……正直ここまで紳士だとこちらが悪者のように思えてくる。塩谷を変態呼ばわりする俺の立つ瀬がない。耐えかねた俺はついに接近禁止命令の緩和へ踏み切るしかなかった……この時を持ってして……


「生徒会運営に必要な場合のみ、冬司との、冬様との接触を認めるッ!!」

 

 接近禁止命令を緩和したその瞬間、塩谷は喜びのガッツポーズを掲げ、そして──


「──いよっしゃああああ!!!!」

 

 ──雄叫びと共に、ポケットから取り出したサイリウムを折った……アホか。


「男って……現金だよなあ……」


「いや会長、アンタがそれ言う……?」

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