26話 生徒会選挙は余談を許さない
生徒会選挙当日。
〈続いては1年A組、
ナレーターを務める選挙管理委員に名を呼ばれ、その少女は特徴的な銀髪を弾ませながらひょこひょこ壇上へ上がっていく。
〈「はじめまして、一条茉莉の応援演説を務める、冠城冬と申します──」〉
鈴を転がすような心地よい第一声が伝播して、講堂中の視線が銀髪の美少女──愛しの最推し冬様にして俺の悪友、冬司へと集まった。
奴はガワだけならミスユニバース級の美少女アイドル、一目でいたいけな思春期男子の性癖を貫通すること請け合いである。文字通り男心を知り尽くす彼女は、その破壊力抜群のルックスに輪をかけて全方位カマトトの真っ最中。
はてさて、彼女の登壇にいったい何人が一目惚れをしたのだろう?
哀れな有権者生徒のどよめきは舞台袖にいる俺にまで伝わってくる。知らぬが仏。
〈「──ワタシが推薦する一条茉莉さんは、雨にも負けず 風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けない高潔な精神を持ち、欲は無く決して瞋からず、何時も静かに笑っている、そんな女の子で……────」〉
壇上で話す冬司は少し頬に熱を持ったような、うっとりとした目をしている。その婀娜めいた目元に惹き付けられたのは聴衆のみならず、俺までもが魅入ってしまった。
もうすっかり冬様モードになった冬司の口から語られる『
だがしかし、たとえ作り物の外面であっても好みの美少女に褒められるというのは悪い気がしない、というのも本心なのである。従ってついつい俺の口元がニヤけてしまうのもまた、元男子高校生的本心の致すところなのである!
その一方、冬様(冬司)によって所々に事実を織り交ぜ整然と語られる“聖女
嘘と誠の塩梅が絶妙だ……キャラクター原案には詩織姉さんが一枚噛んでいるに違いない。
俺は冬司の耳触りのいい嘘っぱちのスピーチをでっち上げるに至った、共犯と謀略の選挙期間を思い出していた────
────選挙期間、俺と冬司にとって専らの急務は、詩織姉さんや理事長の陰謀により転校生扱いとなったステータスのランクアップだった。
完璧美少女を演じつつグローバルに媚を売り、他の高潔な候補者の粗探しに東奔西走と……俺達は不純に不健全を上塗りした無意義な生活を送る──
姉にも負けず、風の噂にも負けず、
一日に盗聴数回と嘘と少しの根回しを経て、あらゆる事で保身を勘定に入れ、良く見聞きし判り記録し、そして忘れず。
校舎の裏の林の影の、小さな告白スポットで塩谷の玉砕を眺め、
東に恋煩いの生徒あれば、行って煩悶を聞いてやり、西に非モテのギャルあれば、行ってオタクに優しいギャルに変え、南に手強そうな立候補者あれば、行ってその高潔な重箱の隅をどついてやり、北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろと冬様ショットで仲裁して改宗させた。
日傘の影で暗躍の笑みをこぼし、素知らぬ顔で優雅に歩き、皆にお姉様と呼ばれ、誉められもして祭り上げられもして、そんな『お淑やかで優しい学園の聖女』に……俺はなっていた。
浅ましいハリボテを極めた俺に宮沢賢治も泣いているに違いない。
選挙のためとはいえ、売りに売った媚とコスプレ写真は完売御礼のフィナーレを迎えるに至り、俺が掘った墓穴は随分と窮屈な聖女像を
────そんな言い知れぬ恐怖に身震いしているうちにスピーチはすっかり終盤に差し掛かっていたらしく、
〈「──……ワタシや茉莉ちゃんの生徒会ならばよりよい成条を実現出来ます! 生徒の学校生活第一を考える一条茉莉に、清き1票をお願いします!」〉
全男子生徒イチコロの営業スマイルで言い終え、ぺこり、と一礼する冬司には、暖かい拍手と黄色い歓声が降りかかっていた。
冬様の濃縮還元されたぶりっ子スピーチをすっかり聞き流してしまったようだ。……実にもったいない。
冬司が袖にはけると〈──続いては候補者演説です〉とテンポよく進行が入った。
どうやら俺たち立候補者演説の時間らしい。
くじで決まった俺の出番は最後のトリ。多少緊張はするが、思いのほか気は楽だ。
実はこれからの所信表明演説はさほど勝敗を左右しない。
キャスティングボートは俺達が握っていて、きっとこのまま不純で邪な一票の総決算により勝敗は決するだろう。
なぜなら……
〈──続いては2年M組、
〈──……僕が掲げるマニュフェストの元で、男子は坊主、女子は三つ編み、厳格な風紀革命を行う! その後僕の完全な支配のもとでキッチリカッチリ平等で健全な学校生活を……──〉
〈──続いては1年R組、
〈──……校則に従う根拠、その逆像たる法律の範囲を明示せなあきません!皆、そこを不満に思ってはります! このドーナツと同相な容器に液体が入るはずありませんよって!グビ、ごぼっぼぼほぼ!……──〉
〈──続いては2年M組、
〈──……今回、えー。怪しい話ではありません! ちょっとだけ耳を傾けてくれたら嬉しいです! 皆さんの成功したい、頑張りたい、そんな願望を叶える石がッ! このグローバルストーン! これを作ったグローバルTPSとペイズリーシステムで、幸せになりましょう……そんなビジネスのお話を……──〉
……と。他の候補者はご覧の有り様なのだ!
この狂いに狂った所信表明のいったいどこに魅力を感じろと言うのか!
厳密に言うと、まともで確固たる理念を持った有力候補者は確かにいた。演説だけで戦えば浮動票を左右しかねない強力なライバルとなっただろう。
だがその者らは今日を待たず
俺の布陣はさながら、ナイトに敏腕ネゴシエーターで学園屈指のネットワークを誇る変態塩谷、ビショップに中等部生徒会長の頼もしい広報秋菜ちゃん、ルークに俺のファンクラブ会長で邪な組織票を握る柚穂さん、クイーンには似非完璧美少女をきめ込む相棒の冬司……という磐石な腹心が揃っており、ゲームマスターとして暗躍する詩織姉さんのもと終始有利に
各腹心は何故か皆、他の候補者の籠絡活動に積極的であり、各々独自の解釈を暴走させるスタンドプレーっぷりを発揮したのだ。
ある人には探偵を雇って粗探しの末にスクープを突きつけ、またある人には俺や冬司のコスプレ写真をフェチズムを貫く逸品として立候補辞退を持ちかけ、ある人にはそれで惑わし、またある人には錯乱を誘発させたという……無くて七癖、高潔な立候補者にも探られて痛い腹というものが存在するらしい。
この過程で半ば強引に撮られた“素材”こと俺や冬司のコスプレ写真の用途が取引の要と判明したり、必要だからといくつか私物を提供したりと……ハレンチと工作活動を総動員した俺達の陣営は、順調にライバル立候補者を蹴落としていき、残すは意味不明な演説をする泡沫候補の変態のみとなった。
度が過ぎてしまい、マトモだったハズの立候補者には、
『はうあ!ふゆ×まりはまだガンには効かないがそのうち効くようになる!はやく啓蒙に──』とか?
『お姉様、一生ついていきます……』とか……?
なんだかわけのわからないことを言いだす者も生んでしまったものの……
最早盤上は理事長公認の出来レース、猫被りクイーンでチェックをかける悪役令嬢とは俺のことである!
ぱん、と、掌に拳を突き入れ一歩を踏み出す。
〈──続いては1年A組、一条 茉莉さんの演説です〉
もうなにもしなくても勝ってしまいそうな気はするが、一応演説はしなければならない。
壇上へと上り、歩き、中央で止まる。
ゆっくりと、全校生徒を見渡す。
そして──
「〈皆様、ごきげんよう。
皆の注目が、一身に集まる。そこで細部まで麗しく作り上げたカーテシーを披露。
静寂で満たされていた場内が、大きくざわめく。 感嘆のため息をつくもの。息を飲み、目を見張るもの。我が身に降り注ぐ憧れの眼差し……
もう一度、一瞥してそっとマイクを擦る──
〈────リィィイイン!〉
聴衆の話し声をかき消して覆い尽くすように、音響トラブルを装ったハウリング。
全生徒を静寂に引き込んだ隙を見て、再び、小さな声から始める──
「──皆様、ごきげんよう。この度生徒会長に立候補致しました
悠然と、優しく、繊細微妙な調律を施した心地よい声で続ける。
「今回、
俺は手元のタブレット端末を操作して背後のスクリーンにスライドを映す。
「──……条成学園では現在多くの生徒が中等部からの内部進学がその比率を占め……──……更に条成学園では新校舎完成に伴い、来年度からの生徒受け入れについて大幅な見直しが検討され──」
その後もいくつか学園の状況や問題を挙げていく。
無心で聞き入るもの。感心し息を漏らすもの。
聴衆が聞き入ったのを鑑みて徐々にボリュームを上げ、ボルテージを引きあげていく。
「──……こちらをご覧ください! こちらは条成学園の過去5年間における進学実績フローになります。ご覧の通り……──」
背後のスクリーンにグラフを表示する。プレゼン用に適当に作ったスライドだが反応は上々。
「──……他にも課外活動につきましては……──」
いくつかスライドを流して見せ、都度それっぽ〜い補足を加えながら演説を続けた。
「──……さて、この様な懸案事項をご留意いただきましたところで、
スライドの推移に合わせて「おぉ」と感嘆の声が聞こえる。
理事長と結託し、きらびやかな一条の威光でコーティングを施したマニュフェストはさぞ魅力的に見えたに違いない。
少なくとも、これまでの候補者のそれに比べて芯を食っており、生徒教師双方に利がある内容だということは誰の目にも明らかだった。
「──まず、第一の施策に関しましては……──」
特段変わった施策ではないのだが、さも革新的という物言いで発表し、手の込んだスライドに伴ってそれっぽく論拠を並べるお嬢様を前に、疑念を抱くものなどいない。
数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使うものだ。
「──……成績向上に向けた手厚いサポート、更なる部活動の活性化、改革による学校行事の拡充、といったことが実現可能と存じます。従って……──」
果たして数ヶ月後、掲げた選挙公約を覚えている生徒がどれほどいるだろうか。今は努力目標くらいの心持ちでホラを吹いておけばいい。
「──……以上により
──声を張るように言いきり、最後に一礼する。
顔を上げ、視界に飛び込んできたのは──講堂いっぱいのスタンディングオベーション。会場中の感激の声と興奮が演説の成功を自明のものとしていた。
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