18話 塩谷裕太は予断を許さない!

 ファンクラブを創設するほどゾッコンな、推しの女の子に告白して玉砕、しかもその子が実は(元)男友達だった……とかいう、どことなーくシンパシーに輪をかけてエンパシーすら感じる経験をした変人同級生、塩谷裕太。

 家を出る前までスッキリ清々しかった俺たちの面持ちは、彼の暗雲な話題に浸されて、瞬時にそのステータスをメランコリー色へ変色させた。


 そんな登校中の車内……


「……塩谷落ち込んでるよなぁ? 誰かさんが振ったせいで?」

「じゃあ付き合えってか? 塩谷と? 冗談だろ?」

「ごめんて」


 俺と冬司は、おそらく落ち込んでいるであろう塩谷を、果たしてどう慰め、またその爆弾処理をどちらが担うのか、侃侃諤諤の議論を交わしている……のだが。

 そもそも塩谷のご機嫌取りに生産性があるのか、疑問が残る。


「連絡も特にないし、もう放っておけば?」

「いや、アイツさ……オレのファンクラブやってんだろ? 生徒会選でファンクラブ味方につけるのが手っ取り早いんだよ! だから放っておけない……」

「あ〜〜そういうことか。めんどくさい……」


 この議論に熱が生まれたのは本題が押し付け合いに発展してからのことである。

 なお、爆弾処理班に任命された暁には、爆発すると分かっている地雷へ玉砕覚悟のルパンジャンプをする義務が発生する! ……御免被りたい。


 車が校門前に停車する。

 結局何も纏まらないまま、俺たちはいつも通りの凱旋パレードに興じた後……一蓮托生の引きずり合いの末、パンドラの教室前までたどり着いてしまった!

 

「冬さん、一条さん、そこでなにしてるんだ?」

「「ひっ……」」


……背後からの声。件の地雷原、塩谷の声だ。俺達は咄嗟に肩を寄せた。しかし今俺達に肌の触れ合いを楽しむ余裕はない。

 とにかく振り向くのが怖い! コイツは昨日といい今日といい、なんで背後から話しかけるんだ....?

 腕から伝わる体温と湧いてきた劣情に勇気をもらい、意を決して振り向く───


「おはよう! 冬さん! 一条さん! 仲が良いんだな……!」


 目を疑った。

 そこに居たのは夏空のように晴れ晴れとした笑顔の塩谷──

 あんな地獄絵図の翌日、常人であれば不登校も辞さないか、受験に失敗した予備校生のような青白い顔でいるはず……


「お、おはよ……?」

「ご、ごきげんよう、塩谷……さん?」

「ああ! おはよう! 冬さん! 一条さん!」


 なんだコイツ暑苦しい。目が血走ってる! まぁ、暗いよりましだが? 如何せんクーラーの設定温度を見直す必要があるかもしれん。


「き、昨日はよく眠れましたか……?」

「はは……あまり眠れてはいないんだ。しかし心配ない! 元気さ!」

「............」


 おい冬司、お前もなにか喋れよ……コイツお前のせいで情緒バグってるぞ?


「そ、そう....なんですの? ……それでも、あまり無理はなさらないことですわ……?」

「無理なんてしてないぞ! むしろ今日はいつもより体が軽いくらいだ!」


 そもそも塩谷、お前そんなキャラか? もっとこう……ゆったりしてるだろ普段……

 それに俺達の正体知ってんだろ? 今更カッコつけて何になるんだ……?

 

「そ、そう……? そ、それでは私達はこれで。ご機嫌麗しゅう……」

 

 そういって塩谷の熱帯低気圧のような暑苦しさから立ち去ろうとした時だ。図らずも俺達は悪寒でクールダウンすることになる。


「あ、あと!……折り入って話したいことがあるから放課後昨日と同じように来てもらえないか?」

「……っ!?」


 ……? また呼び出すのか……? 意味がわからん。

 

「.それはどういうご要件か伺ってもよろしくて……?」

「詳しくはその時に話すよ! あ! それから、一条さんも一緒でいいから」


「?」

「?」


 まぁ俺も一緒なら? そう変な話ではないのだろう……

 口ぶりからして俺たちの正体を吹聴するわけでは無さそうだ。

 一抹の不可解は残るものの、明るい塩谷の様子を見た俺たちはひとまず、昨日からの心配が杞憂であったと眉を開いた。


 しかしこれは早計だったと言わざるを得ない。

 この時の俺達は夏晴れの、いや、後に猛威を振るう台風の目で一時しのぎをしていたに過ぎないのだ。

 

 ◇◇◇



 放課後。約束通りの体育館裏。

 

「冠城冬さん、好きです! 僕と付き合ってください!」


 デジャブか?昨日と同じ光景が広がっている。なぜだ。

 しかし今日は冬司だけでなく俺も隣にいるし、至近距離で見ている。


「────は?」


 冬司が聞き返すのも当然だろう。これが現実である実感が悪寒を誘う……


「冠城冬さん、好きです! 僕と付き合ってください!」


 2回目っと……

 

「……聞き間違いでは、無かったみたいね……?」


「……うん……」


 残念ながら。そうだとすれば確認しないといけない事がある。冬司も同じ考えのようだった。

 

「ええと、確認なんだけど、昨日の記憶ある?」


「もちろん!!」


 頭がクラッとする。つまり俺と冬司について覚えているわけで、しかもその上で告白してきているということは……

 ……ついに塩谷の頭がおかしくなった!

 昨日のショックでなにか危ないものでも食べたのか、はたまた、暑さで頭がやられちまって壊れたエアーコンディショナーになったのだ。まるで空気も読めていないようだし。

 俺も冬様ガチ恋ビームでこれと似たアホにされた前例があるしな。似た症状と考えて相違ないだろう。さて、どうしたものか……


「よければ……少々慎んでお話いたしませんこと?」

 

  俺は手招きして塩谷を呼び寄せた。

 腹を割って話すため───いや、この場合カマトトぶった女の子のガワを剥いて話すため、とでも言うべきか?

 俺と冬司と塩谷は声を潜めた。

  

「(えっと……オレ達が冬司と呉久だって分かってて言ってる……?)」

「(もちろんだ。僕は昨日は振られて相当落ち込んだし、冬様が冬司だって知ってショックだった……)」 

「(え……なら、なおさら、さっきのなに?? なんで??)」

「(でも、気持ちは嬉しいけどって言ってくれたからな……)」


 それは方便というやつじゃないか?

 まったく、冬司も冬司でハッキリ断らんからだ……だからこういうのが湧く。これだからな、ガチ恋が1番良くないんだ!ほ〜らすぐに周りが見えなくなる!そして後々後悔するのだ……俺がどうであるかは黙秘する!

 

「(え……言ってな、あ、言ったかも、ええと。とにかく違うから!)」


 どっちなんだよ。

 

「(まぁ、それはどちらでもいいんだ……とにかく、僕の中で冬さんへの思いは残ったんだ。不思議なことにな……だから僕は諦めん)」


 重症だ……


「(……何言ってんの?)」

「(なぁ、塩谷、お前寝不足でどうにかなってんだって、いいから今日は帰って───)」


「きっと虚構を現実にしてみせる、何度でもアプローチする!」


 聞いちゃくれない。しかも声も大きくなっている。

 語気を強める塩谷の目は血走っているようで危ない!これだからガチ恋は痛々しい。

 恋は盲目とも言うがこいつのそれはマジで身体に害を為してるんじゃないか? 

 しかしどうしたものか、支離滅裂な塩谷の言い分に一部共感を覚えてしまったのもまた事実である。


「お断りします! ごめんなさい! 無理です!」


 こんなよくわからん告白、しかも前日の再放送。うむうむ。冬司も断るのは当然のこと。

 彼女の返答に俺は胸を撫で下ろした。

 

「わかった。 じゃあ、僕とお友達からでも始めませんか!」


 強情なやつめ。


「既にお友達でしょ?」


 確かに。彼女が冬司であったころから含めれば塩谷は友人だ。


「あ、まあそう……まてよ?……ということは僕は友達以上恋人未満ってことだな!?」


 こいつとことんポジティブだな。そして拡大解釈が過ぎる。


「友達やめようかな……」

「あ、嘘です嘘です……ごめん。ごめんなさい。でもチャンスはあるよな……!」

「え? えぇ……あー」


 もう塩谷諦めろよ……冬司も引いてるだろ?

 お前のそれはなんかよくわからん気の迷いだ。寝不足なんだろ?いいから帰ってとっとと寝ろよ。そしたら気が変わってるから。

 同じ冬様推しとして、その気持ちは分からんような気がしないでも……とにかく、ガチ恋は引き際が大事なんだぜ?

 

「お願いしますッ!!!!」

「えー……」


 ドン引きしている冬司を優柔不断と捉えたのか、塩谷の肢体がゆっくり動き出す。彼が纏う雰囲気が豹変する。

 俺はいつでも冬司の手を取って逃げられるよう身を寄せた……

 塩谷は冬司に真っ直ぐな目を向けたまま足を曲げ地面に手をついた。悠然とした所作からは熟達者の余裕すら感じる……


「「!?」」


 俺も冬司もこの構えに覚えがあった。一族を超え民族を超え、我らに脈々と受け継がれてきた伝統的秘技の一つ……

  

「たのむッ!!!! この通りッ!!!!」


 “土下座”────既にこの男、恥も外聞もない。

 

「あ……ひ、ひ人きちゃうからっ!! やめて!! わ、わかったから!!!」

「本当か!? ありがとう!! 友達からよろしく。それじゃ冬さん、一条さんも、また明日!!!」


 そう言うやいなや土下座から晴れやかな顔で立ち直った塩谷は、タスマニアデビルを前にしたワラビーのような俊敏なスキップで俺たちの前から去っていった!

 

「あ、えっと。ちょっと待っ……」


 そう言って引き止める冬司の声も届いていないだろう。疲れた……


 俺達は少し歩いて小階段に腰を下ろした。

 周りに誰もいないようだったし小声で話すくらいなら構わないだろう…… 

 

「……冬司お前、塩谷をやばいやつに進化させてんじゃん……」

「え? ち、ちがう……オレはなにもしてない....なにもしてないのに勝手に壊れたんだ……」


 ……こうやって素の自分で茶化して話すのが一番楽しい。


「昨日もっとバッサリ振っておけばよかったんじゃねぇの……?」

「いや、ちゃんと振ったんだ……そのハズ。とにかくオレはしらない……」

「アレはお前が産み出したモンスターなんだぞ!」

「し、しらない、あんなの.」

「そうは言っても……また明日って言って去ってったぞ?」

「オレ何されんの……」

「虚構を現実に〜とか、何度でもアプローチするとか言ってたな?」

「……どういうこと……意味わかんねぇよ……」

「……メス堕ちさせられるんじゃね?」

「オレあいつにメス堕ちさせられるの!?」

「……そう言うことなんじゃね……?」

「いやだぁ……」


 弱気な冬司は存外可愛らしい。


「メス堕ちしたお前……かぁ。それはそれで見てみたい気もする」

「え!? う、嘘だろ!?.助けろよぉ……」


 ……!?可愛い


「くっ……!」

「オレが塩谷のものになってもいいのかよぉ....!?」

「……それは? いやお前に限ってそんなことはないと思うが?」

「……わ、わかんないよ〜?」

「は、え? お、おまっ、マジか!?」

「(シーッ!)」

「むぐ───!?」


「(お前、声大きい……ほら……あそこの窓……)」

 

(「キャーーー! 茉莉様と冬様.....あぁ仲睦まじいっ.....」「絵になりますわぁ……」「なにを話していらっしゃるのかしら?」「きっと世情を憂いていらっしゃるのよ……!」)


 数名の女生徒がこちらを見てなにか話しているようだった。何やらたのしそうに話しているし、俺達の会話は聞こえていないみたい……ってそんな事はどうでもいい!!


 その、いま……冬司の、ね? 冬さんの人差し指が、俺の、唇に触れてるわけでして……

 俺の口を塞ぐためとはいえ、これまた随分と大胆ですね……?

 ひそめた目が妙に色っぽい……そんな演技も出来たんですねー冬司さんー


「あっ悪い……」


 指が離される。すこし名残惜しい。


「う、うん......ごめん......」

「...........」

「...........」


 お互いに目の動きや息遣いすらわかる距離。言葉が続かないまま、目前にある好みの顔を見つめた。


(俺の親友の顔はすっかり可愛くなってしまったなぁ……)

 なんて呑気なことを考えてぼぉ、っとする俺とは反対に、冬司は益々目を泳がせて落ち着きをなくしていき、やがて、そっぽをむいた……


 ……紅潮してあちこち忙しそうに視線を移す彼女。


 ふと。ただなんとなく、なんとなーくこの子を、他にとられるのはいやだなぁ、なんて言葉が頭を過ぎる……


「(……はぁ……い、一応? 傍にいてやる……そしたらあいつも変なことはしないだろうしな?)」 

「(……へっ? 何の話?)」

「(さっき助けろ……っていってただろ?)」

「(え? いや、言ったか? ……いや、言ったかもしれない)」

「(はっきりしろよー あ、でも、よく考えたら今のお前って俺より強───)」

「(あ、あ〜!うん。塩谷になんかされそうになったら頼むわ! ってわけで―)」


 言いながら立ち上がって、彼女は口調を可愛らしく戻して、


「さっ、茉莉ちゃん帰ろ? ね? もうすっかり暗いよ?」

「?」


 おどけるように言う彼女は、すっかり完璧美少女の演技に戻っていた。

 確かに辺りはすっかり暗い。もうそんな時間か……

 まぁいい。帰るか。


「え、ええ……」

 

 俺はひとまず、こちらを見ていた生徒達に手を振って微笑む。


(「お二人の笑顔が眩しいですわ……」「金と銀の御髪はまるで太陽と月のようです……」)


 ……手を振り返してくれた。こんな奇抜な見た目でも好意的に接してくれて素直に嬉しい。


 スマホをみると迎えの車はもう来ているようだった。

 俺は冬司にお嬢様口調で言う。


「うふふっ……それでは冬さん? 帰りましょうか……?」


 俺のお嬢様面も、すっかり厚い。

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