9話 2学期デビューは余談を許さない!?
学校に着いて車を降りる。
(──「すごい……お姫様だ……」 「転校生?」 「……すごい綺麗。」 「日本語話せるんか? ハーフ?」 「金髪に赤い瞳のお嬢様って! それなんてエ○ゲ?」 「……うちの学校買収でもされんの?」── )
あちらこちらと声が聞こえる……ふふふ……苦しゅうない……
今の俺は紅茶とウイスキーボンボンによるガンギマリ状態、恥も外聞も意に介さないボーナスタイムに入っている。
衆目に晒されようとも“お嬢様”という役に没頭してみせよう。雑作ない――!
「一条お嬢様」
詩織姉さんが俺のカバンを携えて少し後ろを歩く。
常にレギュレーション違反を遵守する彼女が、校則通り条成学園女子制服を着こなしているという違和感と、そもそも現役大学生の彼女が何故高校の女子制服を着ているのか、そして何故違和感が無いのか。これもエチルアルコールの致すところかね。
一つ一つの疑問に明確な違和感を覚えた時点で俺のボーナスタイムは終わりである!
従って俺はこのツッコミ的気質を宥め、盲目な“お嬢様役”を貫くことを選ぶ!!
(──「侍女さんまでおる!!」 「一条ってあの……?」 「一条って呉久みたいな変態から女神までいるんだな……」 「おいっ! 聞こえるぞ……」──)
それにしても昨日より騒がれている気がする……
玄関から足早に職員室へ向かうと、理事長から話があるからと理事長室へ通された。
応接間に入るとソファーに腰かけていたのはグレーのスーツに黒縁メガネの好々爺、この学園の理事長であり俺の叔父でもある男だった。相対するように見知った美少女がいて、理事長と
「久しぶりだね。呉久くん? 茉莉ちゃん? どっちで呼べば良いかな? 病院で会った時以来だね」
「ごきげんよう叔父様。茉莉で結構で御座います。その節はお世話頂きありがとうございます。ご無沙汰致しておりました」
裾を掴んでお辞儀をし、全力でお淑やかなお嬢様ムーヴをキメる。俗に言うカーテシーという仕草だ。
このようなことは本意でない! ないが……JKコスプレ姿の詩織姉さんが目を光らせている以上はこうする他ない!
「はは。中々様になっているじゃないか。結局、君はそういうキャラクターでいくつもりなのかい……?」
「左様でございます」
「まあそれはそれで面白いから構わんよ。 君達の事は花絵さんから大方聞いている。なるべく便宜を図るようにしよう」
「恐れ入ります」
花絵さんというと俺のお母様だ。一族総出で笑いものにでもしようとしているのか。
「まぁなに。とりあえず君達は普通の女子生徒と同じ扱いになる。一先ず体育の着替え等は職員用を使ってくれ。そのうち折を見て交ぜるかもしれんがね。教職員に話は通してあるから何かあれば都度、尋ねると良い」
「えー……」
冬司はあからさまに落胆しているようだった。少しは劣情を取り繕う社交性を持って欲しい。
「痛み入ります」
凛とした声で答えると隣のアホが驚いたように 「よく平然としてられるな?」 とアイコンタクトを飛ばしてくる。
無言のくせにうるさいな。可愛いけど。
「その代わりと言ってはなんだが────茉莉ちゃんには生徒会長選挙に立候補してもらう」
「エッ……ちょ、と、叔父さん! ま、まって!」
「おー……ようやく素が出たねぇ。僕としては、別に楽にしてもらって構わんのだよ?」
「うわあ。唐突に素がでるじゃん……オレはてっきり頭でも打っておかしくなったと思ってたぜ?」
…………ニマニマ顔が並んでいる。
「コホンッ! もうっ、叔父様ったらっ! からかわないでください……!」
「そこで戻すのか」
「速攻猫かぶりウケる……」
うるさい。うるさい。
「しかし生徒会選挙の件は本気だよ。君にお願いしたいと思っている。それにこれは君のお父上とお母上直々の要望でね。無論、僕個人延いては和条としてもぜひ身内を生徒会長に、というのは本意でもある」
まずい。これはまずい! 既に外堀が埋まっている!!
「……恐れ入りますがお役に立てないかもしれません……あまりあてになさらないd──」
「謹んで──!」
──凛とした声が割って入ってきた。
「──ッ!?」
「謹んで! お引き受け致します。ね? お嬢様? ───ねぇ?」
乱入と同時にただならぬ圧をかけてくる詩織姉さん。彼女の目のハイライトが消える。それに呼応して俺の危険信号が点る。
「……しかし……」
「────ねぇ?」
ひっ……
「…………はい……」
あっけなく押し負かされた。
「はは……茉莉ちゃんはお姉さんに弱いな。そういうところは相変わらずだねぇ」
「ウケる」
「あ、君にも手伝って貰うよ。冠城さん? よろしく頼んだよ」
「は?」
お、飛び火した。理事長、もっとやっちゃってください!
「冠城君。過去に随分と問題を起こしてるね?」
「……え……とお」
掠れるような声の方を見ると、銀髪美少女な悪友が、日光を浴びた吸血姫のようにまっさらな灰と化していた。
「君にはね、晴れて茉莉ちゃんが生徒会長になった暁には副会長を務めてもらいたいんだ。〝冠城さん〟として便宜を図る上で必要な事だ。いいかい?」
面白くなってきた。
「うふふ。まるでもう結果が決まっているようなお言葉ですこと。一先ず選挙期間中、私と冠城さんは一蓮托生ですわね♪」
俺は冬司への意趣返しも込めてウインクしてやる。喜べ、俺と道連れだ。
冬司は「はうあっ!」 とよく分からない声を上げて顔を赤らめている。そんな
「ちなみに、なぜ冠城さんなのかお聞きしてもよろしくて……?
「理由か。気になるかね」
「ええ」
「よろしい。お望み通り答えよう。……君達が美少女だからだ」
やけに恩着せがましい言い方をするわりに……この人、何言ってるか分からない!
「実物を一目見て確信した! 君達こそうちの学校の生徒会に相応しい美少女。制服の着こなしも完璧……うちの制服は君達に着られるためにあったのだと思ってしまうほどね!」
「話が全然見えませんが……」
「そんな君達が生徒会として学校を盛り上げる……それだけで地域内外へのアピールになる。広報も彩り豊かになる! うつくしい学生生活、いいじゃないか」
話が見えた。魂胆まで見えた。
「……昨今可決した一貫校への補助金関連の条例、来年度から施行でしたね?」
「話が早くて助かるよ」
大方、更に生徒数を集めたいのだろう。いずれ広告塔にでもされるのだ。
恩着せがましいこと言っておいて……全てまるっとお見通しだ!
「あらあら……」
「まあなに。君達も後輩は多い方が楽しい学園生活になると思うがね? もちろん、生徒会は内申方面でも便宜が図れる。まあなにかと苦労は多いだろうがよろしくやってくれ」
「よろしくどうぞ」
「ははは……」
「ウフフ……」
どんどん邪が見え隠れしている。理解はしたが納得はしていない!
この人も豊条傘下の血筋、変態一族一条の遠縁だしな。変人狸爺め…………
「ま、まあとにかく。そう言うことでよろしく頼むよ。ほら、そろそろホームルームの時間じゃないか。教室に行きなさい」
「……失礼致します」
「…………」
俺たちは理事長室から出て、担任の三浦先生のもとへ向かう。俺達の姿を見るやいなや「私、今でも何かのドッキリと疑ってるのよ……?」と怪訝な顔をされた。
眉間にシワを寄せたまま「時間がないから細かい話は昼休みにね」と言われて、俺たちは足早に教室へと向かう。
ところで、さっきから冬司は黙り込んだままだ。気味が悪い。
俺は彼女に顔を近づけて声を潜める。
「(なぁ。冬司? 急に黙ってどうした)」
「(────おま、おま、、)〜〜〜っ! 可愛すぎんだろッ!! あれは反そk」
「(バっっカおまえ声大きいって)」
必死でボリュームのバグったアホの口を塞ぐ。
顔ちっちゃ! そんで俺の手もちっちゃ!
「(おま、さっきの、か、かわいすぎ)」
「(え?)」
「(さっきのウインクだよ!不意にああいうことされるとオレの身が持たん)」
そういえばそんなこともやったかもしれん。
ん? あれ……ちょっと待て。もしかして冬司、こういうの効くのか……?
……何故こんな簡単な事にも気づかなかったのか!
俺の好みを冬司が熟知しているように俺もまた冬司の好みを理解している。昨日コイツが俺好みの女の子を演じて言語能力をバグらせたように、俺にその逆ができない道理はない。
いい事に気づいた。ふふ……
そうこうしている間に教室前の踊り場につく。
三浦先生は「後で呼んだら入ってきてくださいね〜それで簡単に事情説明をお願いしますね〜」なんて言い残し、教室へ入って行った。
待っている間、
「(お嬢様。そろそろお嬢様導入剤が切れる頃合いかと思いまして)」
したり顔でアルコール入りのチョコを手渡される。
(そうそう、これこれ。助かるわ〜 これからTS病になったって説明する憂鬱イベントだってのに。ドーピング切れてると恥ずかしくてな────)
って違う! なんで違和感なくウイスキーボンボン出してんの?? というかお嬢様導入剤ってなに?? これほんとにお菓子だよな!?!?
学生として正しい行いであるはずがない。そう理解しているにも関わらず脊髄反射で口に運んでしまう。俺はパブロフのお嬢様である。
「私は見守ることしかできません。お嬢様、ご武運を」
帰ってはくれないらしい。
「────今日はみなさんに新しい顔ぶれの2人を紹介しますよ!! といっても昨日実は来てたんですけどね〜? ────入ってきて!!」
紹介されて中へ入る。クラスメイトの視線が一斉に突き刺さった。
平時であればコミュ障の発作を理由にUターンを申し出る所だが、そこは詩織姉さんのドーピングが功を奏した。
おかげで俺はピエロが憑依したようなテンションハイに仕上がって、なんだか気分がふわふわしている。
豆腐のように脆いハートも鉄の鎧でソフトコーティングしたような気分だ。最早刺さる視線は痛くも痒くもない!!
「まずは冠城さんから説明をお願い」
「はいっ」
冬司の番が先のようだ。お手並み拝見といこう。
弾むような声で答える彼女はぴょこぴょことおさげをゆらして黒板に名前を書いていく。かわいい。
俺が名前を書き終える彼女をぼーっと見ていると、彼女はこちらを一瞥してニヤリと笑った。
──そしてくるんと教壇へ向き直り、中央に立つ。ふわっと舞ったスカートが収まると……彼女は甘ったるい声で言った。
「──はじめましてっ、今日からこのクラスでお世話になる冠城冬です! A組のみんな、よろしくねっ♪」
無垢な笑顔を輝かせる愛らしさ、およそ常世の邪悪さをこれっぽっちも知らないまま純粋培養されたと思えるほど透き通った瞳、そこにはまさしく天使がいた──
『…………』
思わず息を飲んだ。静寂が支配する。クラスメイトが押し黙るのも無理はない。
どこか小動物的な庇護欲を抱かせる愛らしさ、衆目を惹きつけてやまない華やかさ、そしておっぱい……
彼女に射止めらぬ心などあるはずが無い!
そう思えるほど完璧な振る舞いだ……ガワだけなら。
この天使のような女の子の中身が純度100%の邪悪で満ちた野郎であるとは思いもしないだろう。
不覚にもドキッときてしまった自分が憎い!!冬司……やりおる……
先程俺のウインクにときめいたのがよほど悔しかったらしい。
まぁ。こういうドッキリもいいのかもしれん。
奇病で女になったと言って見せ物のように笑われる? それじゃつまらない。
俺はピエロ、笑わせてなんぼだ。乗っかってやろうじゃないか。
『冠城冬』としての自己紹介が終わった冬司と入れ替わるように、俺は両手を添えたまま悠然と歩いて教壇の中央へ向かう……
わざとらしいほどしなやかに『一条茉莉』の名前を書き終える俺。
そしてクラスメイトに向き直る際、見せつけるように髪をさらりと流せば、舞った金糸に皆が釘付けになる。
追撃でにっこりと優美に微笑み、ありったけの気品をこめたカーテシー。
淑やかで優しく、しつこいほど〝お嬢様〟を感じさせるよう調合した声色で、俺は言う。
「──ご機嫌よう、皆様。わたくし、この度転校して参りました。一条茉莉と申しますの。突然の転校で不馴れとは存じますが、どうぞよろしくお願いいたしますわ♪」
完・璧 やりきった……! 〝お嬢様・一条茉莉〟を演じ切った! いやー恥ずかしかった〜
「「「「……………………」」」」
静まりきった教室を見渡す……
側で悶絶する冬司。
ガッツポーズで目を輝かせる詩織姉さん。
目を点にして微動だにしないクラスメイト。
何が何だか分からないといった様子の三浦先生……
ネタバラシの瞬間、皆がどんな顔をするのだろうとわくわくする!
復活した冬司に目配せし、ネタバラシをしようと口を開いた瞬間だった───
「「「「──う、おおおおおおおおーーーー‼︎‼︎」」」」
「!?」「!?」
(──「美少女だぁー! しかも2人ッ!!」 「中高一貫校でも転校生っているんだな!?」 「金髪と銀髪のコントラスト尊ぉ……もうアニメじゃん……! 「苗字的にハーフ? ビジュ良すぎ……コスプレして欲しい……」 「わかる。ありったけの金落としてつくるから着て欲しい」 「てか一条ってことはマジのお嬢様じゃね? アイツの親戚とか??」 「冠城さんって、もしかしてあの冬司の親戚!?!?」 「もうワケわかんねぇよ……尊いからいったんサイリウム折って落ち着くわ」──)
怒号のような歓声の後、どっと教室中が騒がしくなる。
興奮を堰き止めるダムが決壊したかのように狂喜乱舞が轟いた。
三浦先生の静止も聞く様子がなく、収集がつきそうにない。
……とてもドッキリと言い出せなくなっている。まずい。
「(なぁ冬司どうするよこれ?)」
「(お前の猫かぶり姿が板についてきてオレは嬉しい)」
「(ばっ!ばかか、お前。俺はお前の可愛い少女ロールに合わせたのであって――って、今そんな現実逃避してる場合じゃ……)」
「(そうはいってもなぁ……)」
そう言って笑いながら肩をすくめる悪友。こんんの女ぁぁ……可愛いけど……可愛いけど……!!
というかみんなも気づけよ!!
消えたクラスメイト2人と同姓で、漫画みたいな属性を詰め込んだ女子。それが中高一貫校に転校してくるなんてさすがに不自然すぎるはずだが……
俺の一般常識、正しいよな?
ドンピシャTS病って正解に至らなくとも、テレビの収録か何かの方を先に疑うだろ?普通! お前ら将来、絶対詐欺に遭うぞ?注意しろよな!?
中等部からのエスカレーター。紳士淑女の粒ぞろいと侮っていた級友たち、それがこんなにも荒くれ者だったとは。
「(冬司、なんでお前はそう楽観的なんだ……?)」
「(悲しく生きても楽しくねぇからな? 大体お前は悲観的すぎるんだよ……まぁこうなった以上、仕方ねぇよな……今日はオレとお前、高等部上がって初の大目玉記念日になるかもな? 多分昼休みは潰れたな……一蓮托生……なんだろ? 相棒──」
イタズラっぽくウインクして、彼女はポンと俺の肩を叩く。
その口ぶりはやんちゃ坊主の頃から変わらない。別段女の子を演じているわけでも俺をからかおうと冬ちゃんを演じているわけでもない。
それなのに、ドキッと胸が跳ねたような気がするのは何故だろう。
一限目開始のチャイムが喧騒を治めても俺の胸騒ぎは治まらなかった。
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