7話 考えごと多くて欺けない
────『よし、決めた。お前にはオレを好きになってもらうぞ!? 覚悟しとけよ』────
好きになる……付き合う……か。いったいどういうつもりなんだ……
「──様? お嬢様……?」
「えっあっ、なに??」
「お夕食中もぼーっとしてるみたいでした。どこか体調が悪いのですか??」
「あはは、大丈夫……」
「聞きましたよ! 学校で倒れて保健室に運ばれたそうじゃないですか! まだ安静になさったほうがいいのでは? 万全ではないようですし……」
「それは……面目ない」
夕食後のティータイム、予定どおり俺が詰められる時間だ。
「ところで……あの方は誰なんです?説明してくださいますよね?お嬢様?」
「ふぇっ!」
……いままさにソイツのせいで悶々としていたわけで。
「今日は殆ど保健室にいたはずですよね? いったいいつお知り合いに? 連絡先は交換致しましたか? 何処に住んでる方でしょうか?交友関係は?世帯収入、資産、御家族の学歴、債務状況、世帯構成、信用情報、政治思想等なにかご存知のものがあれば教えてください」
詰問する彼女の勢いは逆転裁判も顔負けである。おまけにコンプライアンスを意識する様子もない。
「ま、まったまった! もちろんちゃんと説明する。けど、最近の詩織姉さんなんか怖いって!? 連絡先とか住所や交友関係はまだしも、後半のは普通友達でも知らないだろ……?」
「うっ……怖いだなんて……私はお嬢様のことを思って……こんなにも、こんなにも綺麗で可愛らしくなられたのですから……私がお嬢様に近づく不届者を排除しないと」
悲しいかな。中等部以降、俺に近づくのは不届き者だらけだ。
「あ、あはは……まあ実は……その辺は大丈夫なんだな」
そもそも冬司だからな。かねてよりあの不届き者とは離れようにも離れられない間柄。
詩織姉さんもよく知った仲だ。今更である。
「聞いて驚くなかれ! 実はあれ、冬司。冠城冬司なんだよッ!!今は冠城冬と名乗ってるらしいけど」
「……嘘ですよね?」
まあ、すんなりとは信じられないよなぁ……
「ほんとなんだよなぁ。悲しい事に……」
「え〜〜……こまりましたねぇ……(聞き耳を立てていてまさかとは思っていましたが……冬司さん×お嬢様のTS純情ラブ計画に狂いが生じていたとは。う〜〜〜〜ん悩ましい)」
彼女はぶつぶつと、なにか不穏なオーラを纏って思索を凝らしているようだった。
滅多に動揺することの無い詩織姉さんを動揺させた優越感(?)が心地いい。尻に敷かれるのもいいがこういうのもまた……
「(冬司さん(?)もまた随分と可愛らしくなられたようで?確か、お嬢様の好きなタイプってあんな感じの……ビジュ、最高!女の子どうし!否。TS娘どうし……あっ……良い、良いですよこれ……!!どこの馬の骨かと肝を冷やしましたがそういう感じなら)────ほなええか」
「え?」
「失礼致しました……少々取り乱しましたが、只今脳内議会で解釈を一致させて、帰還いたしました」
復帰早くない? もう少し取り乱してくれてもいいものを。
事実、俺はぶっ倒れてる。
それになんだか将来的な身の危険を感じる……
今すぐ詩織姉さんの脳内議会に不信任決議を提出したい!
「そんなすぐ治るもの? あの冬司が女の子って事件でしょ!もっとヤバいでしょ普通。俺、最初知った時ぶっ倒れたんだが」
「……倒れた理由がポンコツで、私なんだか安心致しました……」
「ポンコツ!?」
「それから、またご自分のこと「俺」と仰いましたね?? 慣れないと存じますが、呉久様はもう“茉莉お嬢様”なのですから。きちんとお嬢様して頂かないと……」
いや、俺は最近になって詩織姉さんの口から聞く、「きちんとお嬢様する」って日本語がいまいち理解できないんだが……
「言葉遣いは……ひとまず、外では気をつけるように。——いいかしら?」
「ひッ……」
ずいッと顔を近づけ詰めてくる。日に日に姉モードが強くなってるように感じるのは気のせいではないだろう。ポンコツに選択肢はない。
「アッ……善処いたします……」
蛇に見込まれた蛙である。
「よろしい。 さて、本題です。冬司様……確か今は冬様?でしょうか、どうして百合ってたんです??何をなさっていたんです??」
「も、黙秘権を発動します!」
「これは被告人陳述です。黙秘は認められません」
むむ。正直そのまま話してしまっても良いのだが、俺自身どう説明すれば良いか分からないのだ。
彼女が見た瞬間の俺は、最低の告白を受け、おまけにヤケになった冬司に言い寄られていた……うん、本当にくだらない場面だったように思う。
ん? そういえばあの時……
「詩織姉さん。俺は部屋に鍵をかけていたんだ……それがなぜか開いた。これ、なんでかなあ……?」
「……訴えを認めます。本事案について、原告は示談での解決を求めます」
とんだガバガバ裁判である。
しかしむしろ、これからの示談ないしアフターフォローが大事だ。これを怠って詩織姉さんに本気を出されても困るからな。
「俺は今日いろいろあったし、冬司もいろいろあって混乱してるんだ……あと、いろいろ整理出来ていないというか……とにかく冬司とはなんもなかったからっ!!」
「ふふ。いいでしょう。許してあげます」
彼女は必死に訴える俺をニマニマと見つめていた。ひとまず満足したようだ。
◇◇◇
ボーッと湯船に浸かる。こうして風呂場の天井を眺めているだけで、知らず知らず冬司との会話を思い出している自分がいる。
冬司を好きになる? もちろん外見なら、外見の冬さん部分だけならいける。いやむしろ大好きだ。しかし、中身が問題じゃないか!?
この最大にして難攻不落の障壁は、当然冬司も抱えているものと思っていた……
しかし冬司にとっては性欲でドーピングして越えられる程度のハードルらしい。
しかも冬司は中身が俺でもいいという。意味がわからん!そして……なんだかむずかゆい。
それに、仮に俺が好きになったとして、その感情の発生源は俺の人格だぞ? アイツは分かっているのかね?
……わかっていたはずの冬司がますますわからん!
そういえば、
──『外見も茉莉ちゃんだし女々しいお前から茉莉ちゃん成分感じるし』──『別に消えた訳じゃないな〜って』──
とか言っていたな?
考えてみれば……なんだ、単純な話じゃないか。
アイツはきっと、一目惚れした相手の性格を知っていく、みたいな過程に照らし合わせでもしたのだろう。
忌避感を麻痺させただけ。それに少しでも妄想が叶えばいいな、くらいに思ってるに違いない!
……じゃあそれを真似ようではないか!今回ばかりはアイツのやり方がうまいのかもしれん。乗ってやるさ。
まぁ冬さんはアイツだし? 消えたわけじゃない、ただちょ〜っとだけイメージと違っただけで?
俺の初恋はまだ終わっちゃいない!そういう事にしよう!俺はまだやれる!負けてない!
全ての違和感に目をつぶり、無理やり自分を納得させる。
「俺はまだ戦える! 俺の戦いはまだまだこれからだ!!!」
そう叫んで俺は〝失恋の記憶をなかったことにした〟
バシャンと勢いよく風呂から上がり、脱衣場の、バスタオルを取る。
鏡に映る自分……女々しいのか? こう見れば確かに女々しくはあるが。なんというか、もう少し胸部に情けが欲しかった。うーん女々しいか……
不思議なことに裸体の自分を見ても以前ほどの興奮はない。
自己認識はバグってるクセに、自分に欲情できないとは不憫な板挟みだ。う〜〜〜〜ん。ままならない。
この身体への慣れと一蹴すればそれまでだが、どこか男としての意識が希釈されていくようで嫌になる。
ああ、もう精神的変化を直視するのはよそう……ロクなことがない。
服を着て脱衣所を出ると誂えたように詩織姉さんがいて、俺の身体は化粧台へスライドされる。
なんやかんやと基礎化粧品をベタベタ塗られたあと、髪を乾かしてもらう。
……きもちいい。この時間が、俺は好きだ。
「スゥゥゥ────」
ウトウトする俺の頭を詩織姉さんが吸っている……乾かし終わったようだ。
「ありがと」
「お粗末さまでした」
2人揃って自室に戻る。眠い。ん?なんで2人そろってるの?
「詩織姉さん、なんでいるの?」
「今日は一緒に寝ます」
「いや、暑いし……」
「倒れたと聞いた時は本当に心配しました」
「……わかったよ。でも体は心配ないから」
「お嬢様って本当に可愛らしくなりましたよね……」
そう言って彼女は枕を並べた。
しかし本当に眠い。疲労困憊を考慮して、学生の本分については自粛することにしよう。
パタンッ
こうして睡魔に身を委ねる心地よさがたまらない。
もう詩織姉さんの「スゥゥゥ────」という吸引音も気にならない。
「お嬢様」
「なあに」
「冬司様は正式に改名なさったのですか?」
「……ちゃんと冬って名前にかわったらしいよ」
「お嬢様」
「……なあに……」
「今日はもうお休みですか?」
「うん……」
「お嬢様」
「……うん……」
「冬様かわいいですよね♪」
「…………うんー……」
「冬様に告白された時良いかもと思いましたよね♪」
「…………んー……」
「今日はいろいろあってお疲れですね?」
「…………んー……」
「女の子ですから甘えていいのですよ?」
「…………んー……」
「はい、よしよし」
「……………………」
「お嬢様はかわいいですね……」
「…………………………」
「お嬢様、居なくならないでくださいね」
(「…………………………」)
本当に疲れていたせいで、すぐ寝てしまった。
俺が睡魔の誘惑に負けた結果、洗いざらい自白していた(問答させられていた)のだと気づいたのは翌朝の事だ。
点と点がつながる。
食後のティータイム、お茶菓子がウイスキーボンボンだったのはそういうことか!?!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます