5話 アホの弁明は余談を許さない!

「キチガイ発症する呉久に心配されるとはな……ていうかオレの理想の美少女お嬢様はこう……もっと理知的でよ……お前みたいなラ○ったキチガイとは違うんだよ……」


 なんだか盛大にバカにされている気がする。


「だって……それはお前が……」


「……まあ、ちょっとシ○ブ令嬢の醜態みて決意揺らぎそうになったが、改めて。なあ、オレ達付き合ってみないか?」


「え……ムリだけど」


 さっきお互い中身の野郎具合を嘆きあったばかりじゃないか。

 いったいどういうつもりだ。なにか試しているのだろうか?


「……ムリか……なら仕方ねぇ……気は進まんが、ここは冬ちゃんモードで押し切るしかねぇか……」


 さっきのアイキャッチをやるつもりだろうか?

 神対応お触りに名前呼びのコンビネーション……まるで告白だったぞ? ガチ恋の致死量、もうあれは毒だ。

 今まで推しアイドルの塩対応で並大抵の事では揺らがない自信があったのだが……さすがの俺も冬様には秒で精神がバグっちまった。

 ひとまずの仮称ではあるが、以降先程の冬様の行為についてガチ恋ビームと呼ぶことにする。

 先程のガチ恋ビーム、冬司は狙ってやったのだろうか? もしそうだとすれば些か危険である。

 たしかに幸福は大きいが、頭をパーにされてる間何をされるかわからない!!

 つまり俺の命運はこいつに握られているも同然なのだ……無闇に打たせるわけには……!


「まった! まった!」


「……え?」


「その術は俺に効くから!マジで童貞には刺激が強いんだって!! カンベンして? お前はシャ○令嬢と付き合いたい訳じゃないんだろ??」


「……わかったよ……」


 しぶしぶ納得したらしい。頭おかしくならなくて済んだ。

 これから青春がかかった大事な話をするというのに、何も考えられないアホにされてたまるか!!


「それで?冬司おまえどうしたんだよ……もう俺だってこと忘れたか?ついさっきまで中身が〜って嘆いてただろ!?」


「まぁそれはそうなんだが……お前はオレの理想の優しい清楚系お嬢様として条件が揃いすぎているんだ」


「?」


「現にお前はこんな御屋敷に住んでるし?女の子になった今となっちゃ正真正銘、一条のご令嬢だ」


「屋敷って程でも……」


「知ってるか? 普通の家にお手伝いさんはいないし専属の運転手もいないんだぜ……」


「……別に沢山ある豊条の分家の1つだし……あと詩織姉さんは姉だし……」


 一応俺の家は日本有数の名家……の分家の1つで、確かに俺以外の家族は皆優秀だと思う。俺自身の器量がどうであるかは一旦棚に上げておく。


「それになんと言ってもその見た目だな!お前、美少女すぎるぞ!朝教室で見た時なんかお姫様が転校してきたと思ったな!」


「……理由が邪なんだよな……」


「一条茉莉は語り尽くせないほどオレの理想を完璧に体現してたんだよぉ……! 髪はさらさらだし? 編み込みハーフアップにリボンて! お前オレの好み知ってるよな?知っててその見た目だよな?? なんで??」


 冬司の常夏コバルトブルーの瞳は俺を映してキラキラと輝く。いちいちかわいいからやめてほしい。

 ……コイツ自分が美少女だって忘れてんな。俺の心の平穏乱すのやめてくんね??


「……これは詩織姉さんにセットしてもらって……いや、無理やりセットされた?が正しいか」


 詩織姉さんとは俺の家のお手伝いさん兼義姉だ。

 昔災害で1人生き残った遠縁の分家の一人娘で、小さい頃俺の家が養女に取ったそうだ。

 お手伝いを申し出たのは彼女からで、娘同然に扱うからと断る父様と母様を相手に断固として引かず、最後には父様と母様が折れたらしい。

 

 一条の人間はその優秀さと引き換えに変な人が多い。

 遠縁の詩織姉さんにもそのきらいがある。彼女はなにをするも万事手回しが良く、大抵のことは出来てしまう。

 詩織姉さんは怒らせるとなにをするかわからない姉的畏怖を持ち合わせながら、メイド服姿で完璧な家事をそつ無くこなす。しかも特待生として大学に通う有能変人である。

 この変態じみた有能さを余すことなく発揮し、今日に至るまで義姉と女中というまったくサイズの違った二足の草鞋を履きこなしている。

 

 俺は「妹が欲しかったんです〜!」と張り切る彼女を無碍にできず……ヘアアレンジに着せ替え人形、頭を吸われるetc……と、されるがままになっている。

 まあここで無理に逆らったらスペックで殴られ、気づけば追加注文までひっくるめて従うことになるんだがな?


「……というわけだ。俺の仕上がりは詩織姉さんの趣味だな」


「詩織さんか……どおりで完璧なわけだ。羨ましい」


 お前は兄……今は姉?だからわからんだろうがな。下には下の苦労があるんだぜ?


「……俺のことはいい。それよりお前もだ……! お前こそなんでそんな俺好みの見た目してんの??」


 見た目云々を抜きにしても髪型とか、制服の着こなしから、喋り方や仕草まで……ああもう、好きすぎる。


「え〜っ照れる〜♡」


 頬を抑えて身を攀じる冬司。正直かわいい……この程度で揺らぐ自分が悔しい。なんでこうもツボをついてくるかな……


「……ッ! 茶化すな!」


「つれねぇなー……」


「……中身お前だしな」


 ……結構グッときました。


「はいはい。わーったよ……オレはなー?お前をからかってやろうと思ってたんだ」


 ?……斜め上の答えが帰ってきた。は?


「いやな、夏休み入る前にTS病ですってわかってよぉ……」


「うん」


「アレ1ヶ月くらいベッドの上らしいじゃん? 夏休みほぼなにも出来ずに終わるじゃねぇか」


「うん」


「夏休みなにもできないって時間損してるだろ? 負けたみたいで嫌じゃねーか」


「うん?」


「ここでオレはピンと来たね!2学期は呉久で〝お前、女だったのか〟展開をやって盛大に遊ぶ!失った時間の元を取っちまうくらい忘れられない思い出を作ろう……ってな♡」


 アホか。そしてそのアホ、なんかハート飛ばしてる……かわいいけど。


「そこからオレは綿密に練った計画を実行したわけよ……そうさ、まだ男の身体のうちに温泉に行くっていう丁寧なやつもやってなァ!!」


 なんと、俺がこいつのムスコを見たあの温泉はこのアホの計画の一部だったのである。

 当のアホはデスクチェアにとすっと足を組んで座り俺を見下ろす丁寧なやつをやっている。


「……完全に女の子の身体にTSを終えたオレが、残り少ない夏休みで何やったかわかるか? それはな……お前が詩織さん頼みにしてきたことすべてだよォ!!」


 漫画的表現を用いればパァァァン!という文字とともに集中線が入るだろう。まさしく漫画的思考、漫画的行動のアホである。


「は?」


「雑誌でファッションの勉強もしたし?動画漁って化粧も練習した。お前の好きな料理だって覚えた……ぜ〜んぶお前の好きそ〜な女の子を演じるためになァ??」


 デスクチェアを勢いよく立ち上がって俺を頭上から指差す、したり顔のアホ。かわいい。アホかわいい。

 以前の冬司ならともかく、いまのお前は何をやってもかわいい女の子にしかならん。諦めてくれ。


「え……じゃあなにか……? おまえヘアセットとか、その、し、下着とか、そういうのぜんぶ1人でやったの……?」


「ああそうさ!! オレはこんなにも真剣に……お前のことだけを考えてよぉ……なのにお前まで女子になってるし!! もう訳がわかんねンだよ!!!!」


 アホだ。オチまでついた。やっぱりアホなんだよコイツ……


「……俺のこと考えてって……俺を盛大に馬鹿にすることだろ……?」


 ……体裁としてこうツッコんでおいたが、コイツは気づいているのか?

 

 動機こそ不純である。いや、動機だけが不純なのだ。

 やっていることだけ見れば、二学期明けに会う今日まで俺好みの可愛い女の子になろうと必死に努力して……って。それはまるで二学期デビューを目指す恋する乙女そのものではないか……!

 根本アホのくせにやっている事がめちゃくちゃかわいい!

 

 困る……せめて俺を惑わすのは外見だけであれよ……


「ほんとお前〜なんなんだよ!! すっごい可愛くなってるし‼︎ こんなの計画にねぇよ!! オレ不完全燃焼なんだよおおおおお‼︎」


 地団駄を踏む、おさげリボンゆるふわアイドル系女子高生……あほかわいい。

 しかし、スカートの捲れ具合が足りない!

 なのでもう少し激しく暴れてもらって構わない!


「オレここまで粘ってよォ……こんなんなっちまってよォ……オレもう……後に引けねンだよォ……」


 負けが込んだギャンブラーみたいなことを言っている。

 お前の執念はちゃんと伝わってる……うん、とっても可愛くなってるぞ?

 彼女の視線が俺にまとわりついた。


「な、なに……?」


 一歩、また一歩と冬司が擦り寄ってくる。

 ついに俺の肩を掴んで。


「なぁ……茉莉ちゃん、呉久?もうどっちでもいい! なぁ付き合ってくれよォ……こんなんじゃ……なにもしてやれず逝っちまったオレの息子が浮かばれねぇのよ………」


 おそらく近年稀に見る最低の告白ではなかろうか。後半に至ってはほとんど下ネタである。まさか自分がされる初告白がこんな酷いものになろうとは。


「……ちょっ近い……!離れろ……! てか普通に考えて、その告白でOK貰えるわけないだろ?」


「わりぃ。オレ達が付き合う最大の利点を言ってなかったな……」


 うぅぅぅぅ……とっても可愛い顔が目の前にあるぅぅ……?

 そしてこの子、力が強い!目力が強い!圧も強い!顔は最強!!

それにしても、全然離れねぇな……!?


「う、うん?聞くから!い、いったん、離れよ!?な!」

「フッ……もう、お前を離さねぇ……!」


 キメ顔のアホ冬司。ダメです、解釈違いです。顔はいいけど。


 「そういうこと言えってフリではないからぁ!!」


 俺の嘆きは真夏の陽炎を揺らした。


 ──カチッ、カチャチャカチャ……ッチャッ

 ……コン!コン!ガチャッ!


 唐突なノックと同時に開けられるドアに俺達は凍った。


「お嬢様〜?ハーブティーをお持ちしました〜♪今日のブレンドはー」


 ドアを開けた先に立っていたのは詩織姉さん……は、目をパチクリさせて固まっている。

 彼女の目線の先には俺たち。

 構図的には俺が冬さん(冬司)に両肩を掴まれ詰め寄られ、もう少しで押し倒される寸前なわけで……


「あらあら♡ 失礼致しました〜♪」


 目を細めてそう言った後、詩織姉さんはそそくさと部屋から出ていった。

 俺もこんなお約束みたいな、丁寧なやつをやってしまうとは。

 傍らの冬司は「誤解なんです!」と叫んでいるがそれを言っても意味はないのだ……


 俺の部屋には鍵が付いている。睦言を交わす予定はなかったが、念には念をと鍵をかけておいたはずだ……

 お分かり頂けただろうか?

 詩織姉さんはピッキングによって解錠した後、ノックからノータイムでドアを開け、お約束を成立させたのだ。

 詩織姉さんなら鍵の解錠くらいはやりかねないと踏んでいたが、足止めにすらならないとは……

 恐るべき確信犯。スペックで殴る義姉の権化である。犯罪行為も辞さない!


「冬司……詩織姉さんのあれは確信犯だから……気にするな……」


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