第37話 五日目・後
『うあああーーー! よくもマックスを!』
アリアさんの怒りに満ちた叫び声。でも違和感があった。その声にはノイズと共に二重に聞こえた。
振り返るとそこにアリアさんはいない。俺の後ろにいたはずで、声だって後ろから聞こえたのに姿はない。
「うっ……」
小さなうめき声とドンと重い衝撃の音。今度は前から聞こえた。
視線を戻す。
そこには謎の男の胸を剣で突き刺したアリアさんの姿があった。
意味がわからない。アリアさんが消えたように見えたのは神速を使ったからだろう。それはわかる。でもどうしてこの謎の男をいきなり刺したのかがわからない。
アリアさんは男に突き刺した剣から手を離した。そしてそのまま糸の切れた操り人形みたいに、力なく後ろにいた俺のほうへと倒れかかってきたので受け止める。
アリアさんは意識を失っているようだった。
「アリアさん、大丈夫ですか」
声を掛けながら男のほうを見る。男は胸に剣を宿したまま倒れている。溢れる血液は暗いからだろうか、赤というよりは黒く見えた。
「アゼルさんはアリアさんを見ていてください。私が男を確認します」
そう言うとエルウィンさんは倒れている男のもとに駆け寄った。
「もう亡くなっています」
男の死を確認すると、エルウィンさんは魔法を使って地下室の照明器具に火を灯す。
炎の明かりに照らされた死んだ男の顔を俺は知っていた。昨日、白昼夢のようなものを見たときに目蓋の裏で見た男で間違いないだろう。
「その男は人間なんですか……」
疑問を口にする。もしかしたら俺が知らないだけで、この世界にはファンタジー世界ではお約束のゴブリンとかも存在するのかもしれない。
それくらいその男は普通の人間とは異なって見えた。あえて言葉にするのなら、ゾンビとか布の巻いていないミイラのような姿だった。
「人間ではあったのだと思います……」
それがエルウィンさんの答えだった。
「あれ? 私は……」
アリアさんが意識を取り戻す。
「大丈夫ですか?」
「ここは?」
「ミュラー邸の地下です。アリアさんは急に意識を失ったんです」
「覚えていません……思い出せるのは、廊下の扉を開けたところまでです。何があったんですか?」
「アリアさんは少女の霊の心がまるで自分の中に入ってきたようだと言っていましたが、本当に入っていたんじゃないでしょうか」
「マックスという名前に聞き覚えはありますか?」
エルウィンさんが聞く。
「マックスですか? そうですね……あ、二番目に失踪したウエルタ家の弟の名前がマックスという名前だったはずです」
アリアさんは少し考えて、思い出したという感じで言う。その様子からはマックスという名前に強い思い入れは感じない。
やはりあの行動はアリアさんの意思ではなかったのだろう。
「ではあの少女の霊はウエルタ家の姉だったのでしょう」
「どうしてそう思うんですか? それでここで何があったんですか?」
どう話せばいいのだろう……俺がそう考えている間にエルウィンさんが話し出した。
「階段を下りて地下へとたどりつくと、男が包丁を手に襲い掛かってきました。そこをアリアさんが私たちを守るように前へ出て、その男を仕留めたのです」
アリアさんが罪悪感を抱かないようにだろう、エルウィンさんは少し作り話を織り交ぜて話す。
「……覚えていません」
「体の方は大丈夫ですか?」
「はい。何ともありません。大丈夫だと思います」
言いながら確認するように体を動かすアリアさん。
「あっ……足にあった少女の霊の手の痕がなくなっています」
そう言って足を見せてくれたが、確かに手の痕はなくなっていた。
「やっぱりこいつが失踪の犯人だったんでしょうか?」
「そう思います。ほらあれを見てください」
そこには大きな調理台があった。さらに奥の棚には人間の頭蓋骨が並んでいる。
「こいつはここで何をしていたんでしょう?」
「頭蓋骨の数を数えてみてください」
棚の上から一段目に三つ、二段目に四つ、三段目に四つと分けて置いてある。
「一つ足りないでしょう。私は彼がクリストフさんのではないかと思います。どこでどう道を踏み外してしまったのかはわかりませんが、彼は人を食べていたのではないでしょうか?」
クリストフ・ミュラー……彼は食材にこだわる料理人だったという。そのこだわりの行き着いた先がこれだったのだろうか。
俺には到底理解はできなかった。
その後、俺たちはここで起きたことを騎士団に報告した。
結局、首謀者と思われる男が死んでしまっているので真実は闇の中だ。
それでも騎士団と共に地下室を調べていくつかわかったこともある。
やっぱりあの男はクリストフ・ミュラーだと思われるという。失踪前から大きく変質してはいるが、身長はちょうど同じくらいで顔にも面影は残っているらしい。
そして食べられたと思われる被害者たちの骨は頭蓋骨しか発見されなかった。ただそれとは別に壺の中に粉末状の骨の粉様なものがみつかった。しかしその量は少なく、とても被害者の数には見合わなかった。
彼は骨まで砕いて食べていたのかもしれない。
そして俺が気にしていた空調の穴のようなものの正体も明らかになった。あれは前世の世界では潜望鏡やペリスコープと呼ばれるものだった。反射鏡利用した装置でこの地下室から、上の部屋の様子をうかがえる仕組みになっていたのだ。
食人鬼クリストフ・ミュラーは死んだ。これでこの家の事件は解決した。もうこの家に住んでも失踪者が出ることはないだろう。
しかしあの少女の霊はどうなったのだろう。アリアさんの体を使って弟の敵をとったのだから成仏できたのだろうか。
何が彼女にとっての救いであるのかは俺にはわからない。それでも彼女は被害者だ。そして霊になった後もこの家の住人を守ろうとしていた。そんな優しい少女は救われて欲しいと思う。
でもきっと大丈夫だろう。この世界は努力には見返りがある。きっと彼女の努力も報われるはずだ。
ただ俺的に心残りがあるとすれば、少女の霊を自身の目で見ることができなかったことと、心霊現象のメカニズムが何一つ解明できなかったことだろう。
それでも自分なりに考えてみる。解明は無理でもその現象を垣間見ることはできたのだから、仮説くらいは立てられるはずだ。
今回の体験と前世の記憶も総動員して考える。
少女の霊はミュラー邸の中でだけ現れた。
心霊現象といえば決まった場所で起きることが多い。だから前世の世界では心霊スポットなんて言葉も存在した。
そしてその場所は他にもいろいろな言い方をされていた。龍脈、霊道、磁場が狂っているなどと。
磁場といえば、前世の世界では磁性体を用いた多くの記憶媒体が存在していた。
その細かなシステムまでは俺にはわからないが、磁力とか磁性体といったものには様々な情報を別の信号に変換して、膨大なデータを記憶することが可能だった。
そうであるのなら、磁場が普通と違ったり強い場所では、空間の中にそういったデータが記憶されていることもあるのではないだろうか。
それにそういうことが可能なのが磁性体だけとは限らない。前世の世界でも発見されていない他の何かがそういった性質を持っている可能性だってある。
そもそも人の意思ですら電気信号でしかないという。だったなら強い意思がその場所の磁場などに影響を与えて、記憶されているようなことだってあるかもしれない。
強い意思。少女の弟を助けようとした強い想いがこの場所に焼きついていた。それが少女の霊の正体だったのかもしれない。
アリアさんはその信号を上手く受け取れていた。エルウィンさんはまったく受け取ることができなかった。タナットはともかく、気配などには敏感なはずのネコも受け取っていた様子はなかった。
そして俺は上手く受け取れなかった。
どうして上手く受け取ることができなかったのだろう。
そもそも受信ができなかったのか、検波が上手くいかなかったのか、受け取った信号を正しい情報に変換することができなかったのか……可能性はたくさんある。
まぁ、そもそもこの世界は前世の世界とは別の世界、異世界だ。そんなふうに科学的に考える必要すらない可能性だってある。
この世界では生物が別の生物へと竜化することもあれば、人間もクリストフのように変質してしまうことだってある。
そうであるのなら、人間が死んだ後、その魂だけが霊として残ることだってあるのかもしれない。
だからこそやっぱり願わずにはいられない。少女の魂の救いと平安を。
俺という存在があるのだから、きっと魂は輪廻転生するのだろう。
俺はただ彼女がこの悲劇から解き放たれて、次の人生では平安であることを願った……
転生したテロリストは正しく生きたい 鈴木りんご @ringoo_10
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生したテロリストは正しく生きたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます