第33話 四日目
今日もミュラー邸に集まって話し合う。
「いろいろな人に話を聞いて情報も多く集まりはしましたが、正直手詰まりですね」
エルウィンさんがため息混じりに言う。
「この辺で一度、わかっていることをまとめてみましょう。適当に話していくので、何か気づいたことがあったら言ってください」
そう言って、エルウィンさんはこの家について今までにわかったことを話していく。
「まず人を食べる家と恐れられているこの家を建てたのはクリストフ・ミュラーという男性です。彼は畜産家の子息で食にこだわりがありました。彼はレストランを始めて、子連れの未亡人と結婚しました。そしてこの家を建て、もう一人子供も生まれました。家族を大切にしていて、仕事も順調でした。それなのにこの家を建ててから四年、今から三年前に失踪しています。四人家族、夫婦と二人の娘、全員が姿を消しています。気になる点といえば、六歳の長女が赤い服を好んで着ていたということと、戦争で亡くなったはずの妻の前夫が戻ったという噂があることでしょうか」
考える。何か気になるところはないだろうか。気になるというほどではないが、少しだけ引っかかる部分があるので聞いてみることにした。
「どうしてミュラー邸は人を食べる家と呼ばれているんですか? もっと普通に人が消える家とかでもいい気がするんですけど」
「そうですね……住んだ家族が死んでいるとかではなく、みんな突然に跡形もなく消えてしまっているので、この家に食べられてしまったのではないかと言われているんです」
「なるほど。クリストフさんが料理人であることと、この家が食べる家と呼ばれているのが、少し皮肉めいているというか、気になって……」
「もしかしたらそういうことも含めて、人を食べる家と呼ばれるようになったのかもしれません」
「それでは次の家族の話を続けますね。次にこの家に住んだのは二年前、ウエルタ家です。ウエルタ家は商人でした。彼らも四人家族で、夫婦と娘と息子。娘がアリアさんの見た霊と同じくらいの歳ですが彼女は赤い服ではなく、白い服を好んでいました。そしてこの家に住み始めて一ヶ月ほどで失踪しています」
ウエルタ家のことを考えてみる。彼らはもともとこの町に住んでいたという。ミュラー家が失踪していることを知った上でこの家を買ったのだろう。
まだそのときは一件目の失踪で、この家が呪われた家だという噂もなかったはずだ。自分たちも同じように失踪することになるだろうとは考えもしなかっただろう。
「そして次はロイテラー家です。ロイテラー家も二年前にこの家に住み始めました。この家族だけが四人家族ではなく、夫婦と息子一人の三人家族です。息子のレモ君が少女の霊を見て、一週間ほどでこの家を出たので失踪はしていません。そしてレモ君は霊を善良なものだと感じていたようです」
「そういえば、レモ君は二年前に少女の霊と会っています。レモ君が見た霊はいくつくらいの年齢だったんでしょうか? そのときからアリアさんが見た霊と変わらない感だったのなら、クリストフさんの長女の霊という可能性はなくなるんじゃないですか?」
「確かにそうですね」
エルウィンさんが頷く。
「レモ君には聞いていませんでしたが、私が調べた感じでは噂に出てくる赤い服の少女の霊はどれも十歳くらいの霊だったようです」
「そうなるとウエルタ家の娘さんの霊なのか、もしくは失踪した家族とは関係のない霊なのかもしれないですね」
「それこそこの家とは関係なく、この町でそのくらいの年齢の女の子が行方不明になったような話しはないんですか? 例えばその子がこの家を建てるときに一緒に埋められていたり、この広い庭のどこかに埋められていたりする可能性はないでしょうか?」
「それは調べていませんでした。また調べてみることにします」
「あ、せっかくなのでついでに、もしわかったらでいいので、この家が建つ前のこの土地のことなんかも調べてみて欲しいです」
「確かに……家ではなく、土地の方に原因がある可能性も考えられます。もしこの家が建つ以前から失踪事件があったりしたとなれば、話はまったく変わってきます」
「わかりました。それも調べてみます」
「それにしてもアゼルさんの目の付け所はおもしろいですね」
それはきっと前世で優羽が山ほどホラー映画を見ていたおかげだろう。
特にホラー映画の中でも、主人公が刑事や記者のミステリーっぽいやつが好きだった。俺はホラーが怖いから好きだったわけではなく、心霊現象のシステムやその謎を解く過程が好きだった。
俺はホラーをSFとして楽しんでいた。
「それでは次が最後です。一年前に失踪したセーレンセン家、父親の仕事は騎士でした。夫婦と息子二人の四人家族で、長男が霊を見たという話もあります。この家族もこの家に移り住んでから一ヵ月後に失踪しています」
考える。
現象には必ず理由がある。それはきっと心霊現象だってかわらないはずだ。
この家で起きている不思議な現象は二つ。住人の失踪と赤い服の少女の霊。
アリアさんの話によれば、赤い服の少女の霊は俺たちにこの家から出て行くことを願っているという。
普通に考えれば、霊が望むように家から出て行かない家族を消し去ってしまったといったとこだろうか。
しかしどうして霊の体が日に日に欠損していくのだろう。その現象にだって何らかの理由があるはずだ。
例えばそれが罰だったとしたらどうだろう。俺たちがこの家から出て行かないから少女の霊が罰を受けて、体の一部を失っていく。
そして失う体がなくなってしまうと、次は俺たちの番だ。俺たちが消えることになる。
――来た。
音が消えた。一瞬、チャンネルを切り替える間のような、ほんの一瞬だけ音が喪失した。
そして左耳にノイズ音。右耳には何か小さな音が聞こえる。
アリアさんの声だ。目の前にいるアリアさん声がまるではるか遠くから呼びかけられているみたいに小さく聞こえる。
小さすぎて聞き取れない。耳の奥でかろうじてしゃべっていることがわかるくらいの音しか聞こえない。
なんだろう。音がしっかり聞こえないだけなのに、それだけでこの世界から現実感が失われた。まるで白昼夢でも見ているような感覚だ。
目蓋が重い。抗うことのできない目蓋の重みに目を閉じる。
目蓋の黒いスクリーンの中に誰かがいた。まるでミイラのように痩せこけた骨と皮だけの裸の男。髪の毛も眉毛もない。落ち窪んだ眼窩の中でぎょろりとした眼球だけが強い意思を持って俺を見ていた。
男は真っ直ぐに俺の方へと近づいて来る。
俺は動けない。目をそらすことも、目蓋を開くこともできない。
おでことおでこが触れそうな距離。もう俺の視界には男の顔だけしかない。
そして男は口角を上げる。もしかしたら笑っていたのかもしれない。
「うわああーー!」
俺は叫び声を上げて尻もちをついていた。
ここは現実だ。目も見えるし、音も聞こえる。
「大丈夫ですか? もしかしてアゼルさんも霊が見えたんですか?」
そう言いながら、アリアさんが手を差し伸べてくれたので、アリアさんの手を借りて立ち上がる。
「いいえ、少女の霊ではなくて、何か目蓋が重くなったので目を閉じたら、骨と皮だけの痩せこけた男が見えたというか……正直何が起きたのかよくわからないです」
「そうですか……」
「それも何か意味のある現象なのでしょうか? その男の容姿などは思い出せますか?」
「はい。髪の毛も眉毛もなくて、本当にガリガリに痩せこけていて、目だけがギョロっとしていて印象的でした。年齢的には五十前後とかそれくらいだったと思います」
「なるほど……アリアさんは何かそういった男の話は聞いたことがありませんか?」
「ありません。それもまた調べてみます。それと私が今見た赤い服の少女の霊は片目がありませんでした。やっぱり彼女からは悪意のようなものは感じませんでした。アゼルさんが見た男はどうでしたか?」
「俺が見た男は悪意というよりは、狂気のようなものを感じました」
「狂気ですか……それは興味深いですね。では一度、家を出ましょうか」
エルウィンさんの言葉にアリアさんが首を振った。
「いいえ。昨日も言ったように、今日はこのまま家に残ってどうなるか確認してみたいです。それと家に残って、もしまた少女の霊が出たら、欠損が増えているのかも気になります。現れるたびに欠損していくのか、一日ずつ欠損していくのかまだ確認がとれていません」
「確かにそうですね」
アリアさんの意見にエルウィンさんは頷く。
「それに霊とか心霊現象って、夜に起こる印象が強いじゃないですか。だから今日は私もこの家に残ってみようと思います」
そこまで勢いよく言ってから、急にまごまごしだすアリアさん。
「それで……でもやっぱり、夜一人は少し怖いので、アゼルさんと同じ部屋で過ごさせていただくのは駄目でしょうか?」
「アリアさんがそれでいいなら、俺は全然かまいませんよ」
「じゃあ、それでお願いします!」
ということで今日はアリアさんもこの家で夜を過ごすことになった。
これまでは霊が見えるアリアさんがいなかったためか、夜に心霊現象が起きることはなかった。
アリアさんがいることによって夜、何かが起きるのだろうか。楽しみだった。
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