第24話 エルウィン・ガナス


 私、エルウィン・ガナス・ヴァジリーヴァがハイイロオオカミの亜種のことを耳にしたのは、グラスブルクに到着したその日のことだった。

 ガナスで雇った護衛の冒険者たちと共にグラスブルクの冒険者ギルドで護衛依頼完了の手続きを済ませているときに偶然耳にした。

 私がグラスブルクに訪れた本来の目的からは逸脱してしまうが、亜種という存在には以前から興味があった。しかもこの亜種は攻撃的ではなく、あまり強い個体でもなさそうだということだった。

 そうであるのなら是非生きたまま捕獲して、研究してみたかった。

 その場ですぐに亜種の捕獲依頼を出した。するとちょうどギルドにいたグラスブルグ在住の冒険者パーティーが名乗りを上げてくれた。

 彼らは男五人のパーティーで、この町では名の知れた実力者であるらしい。そして何よりも彼らはこの辺の地理に詳しく、ハイイロオオカミの亜種も見かけたことがあるという。

 軽く準備を整えてから、私も同行して彼らとさっそく捕獲に向かうことになった。

 とりあえずは二日間の予定で森に入ったのだが、二日間では捕らえることが出来なかった。

 ただ、一度だけその姿を確認することはできた。

 小高い丘の上にたたずむハイイロオオカミの亜種は明らかに本来のサイズからは逸脱していた。

 普通のハイイロオオカミのサイズは1メートルから大きくても1.5メートルといったところだろう。

 しかしその亜種は3メートル以上の大きさだった。

 そしてハイイロオオカミは群れをなす動物であるはずだが、亜種は群れているようには見えなかった。

 私たちは亜種を捕らえるために四方から取り囲もうと試みたが、そのときはすぐに勘付かれて逃げられてしまった。

 だから次に出会ったときはすぐに攻撃を仕掛けることにした。最悪殺してしまっても構わない。それでも充分に研究は可能だった。

 そして予定の二日間を過ぎた後、話し合いの結果食料の問題などもなかったので、もう二日ほど期間を延長してもらえることになった。

 それから一日、再び亜種と遭遇した。

 森の中にある小さな池で待ち構えていた私たちの前に亜種が姿を見せたのだ。

「セドリック、シドニー、攻撃を仕掛けろ」

 パーティーのリーダー、シルバンの合図に合わせて攻撃が始まる。

 セドリックの放った矢とシドニーの氷の魔法がハイイロオオカミの亜種を襲う。

 二人の攻撃はどちらも精度の高いものだった。亜種の足を狙った的確な攻撃。

 亜種はすぐにこちらからの攻撃に気付いたようだったが、攻撃を避けようともせずに大きな唸り声を上げた。

 その瞬間――亜種を中心に強風が吹き荒れる。その衝撃から身を守ろうと腕で顔を覆う。

 覆った腕の隙間から戦況を確認すると、亜種が鋭い牙の並んだ口を大きく開けてセドリックに襲い掛かろうとしていた。

 しかしセドリックは牙が自分の身にとどく寸前で体を回転させてかわしながら、伸ばした手に短剣を持って攻撃を入れる。

 そしてセドリックは叫んだ。

「撤退したほうがいい。刃が通らない。ただでかいだけじゃない、魔法も使う特殊な個体だ」

 クロードが盾を前に構えて亜種に体当たりを仕掛ける。力のこもった体当たりだったが、亜種はびくともしない。

 それでも亜種はぴょんと軽く跳ねるようにして少しだけ後退して距離を取ってくれた。

「ふざけんなよ! アイスランス!」

 シドニーが魔法を使う。

「サンダー」

 それに併せて私も魔法で追撃する。

 再び亜種が唸り声を上げると、風が戦慄いた。そして放ったはずの攻撃魔法が亜種にとどくことなく消滅する。

「攻撃が効かない。撤退だ。俺とクロードがしんがりをつとめる。シドニーは俺たちのサポート。セドリックとルイはエルウィンさんを守って逃げろ」

 判断が早い。本当にいいパーティーだ。亜種を捕らえられなかったことは惜しいが撤退は致し方ない。

「ぐぅああーーー!」

 亜種に背を向けて逃げ出そうとしていたが、その叫び声に足を止めて振り返ってしまう。

 亜種がクロードの腕に盾の上から噛み付いていた。

「止まらないで、あなたは逃げてください」

 ルイに腕を引っ張られる。

 そのときだった。森の茂みの中からいくつもの短剣が飛び出してきた。その短剣は全て亜種に命中したが、やはりその皮膚を貫くことはなった。

 それでも亜種の気を引くことはできたのだろう。亜種は噛んでいたクロードの腕から口を放し、森の茂みの方へと視線を向けた。

 そこには二人の若い男女と一匹の従魔の姿があった。

「駄目だ。こいつには魔法も剣も効かない。君たちも逃げてくれ」

 シルバンが叫ぶ。

 しかし青年は剣を構え前に出る。よく見ればその背には小さな少女の姿もあった。

 亜種が青年を警戒したのか距離を取りながら唸り声を上げる。

 再び風が吹き荒れる。今まででも一番強い、立っていることも難しいほどの暴風。私はシールドの魔法で防ごうと試みるが、その風に触れるとシールドの魔法も掻き消えてしまう。

 そうであるのにもかかわらず、青年だけは平然と剣を構えていた。

 そして突然、亜種の足下に氷が生まれる。その氷は棘のように鋭く伸びて亜種に迫るが、やはり亜種にとどくことはなく消えてしまった。

「これならどうだ」

 青年がそう言うと、青年の頭上に巨大な水の塊が現れた。そしてその水の塊から無数の水の細い線が亜種へと向かって伸びていく。

 それは見たこともない魔法だった。亜種にこそ効いてはいないようだが、亜種から外れたその水の線は大地を貫き穴を穿っていた。

 いったいあの青年は何者なのだろう。私は青年の戦いに見惚れていた。

 それは私に限ったことでななかっただろう。もう誰も逃げようとはしていなかった。

 ただあっけにとられ、彼と亜種の戦いを見守っていた。

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