第17話 エンカウント、ならず者
グラスブルクについて二日目。
午前中はのんびりと町の中を見て回る。さすが商業都市呼ばれるグラスブルク。グランベル以上に多くのお店が並んでいる。
一度昼食に山猫亭へと戻った後、午後は買い物だ。
タナットにかわいい服でも買おうかと思って、お店に入ったのだが、服がめちゃくちゃ高い。そもそも仕立て屋で服を買うのはお金持ちで、庶民は布と型紙を買って自分で縫うのが普通らしい。
そういえば母さんもたまにそれが服だったのかはわからないが、ちくちくと針仕事をしていた。
俺が今着ているこの服も、もしかしたら母さんが縫ってくれたものなのかもしれない。大事にしようと思う。
ちなみにタナットの服は店員さんに言われるがままに一着だけ買ってしまった。かわいい服を買うつもりだったのだが、買ったのはモノトーンのワンピース。店員さんの言うように、落ち着いた趣でタナットには似合っている気がする。お値段は銀貨四十枚もした。
店員さんには子供の成長は早いのでと、少し大きめのサイズを進められたのだが、タナットは不思議少女で成長しない説もあるので、その提案は丁寧に断って、現状にぴったりのサイズに仕立ててもらった。
太陽が東の空に傾き始めた頃、買い物を終えた俺たちは山猫亭に向かって歩いていた。
そのとき女性の悲痛な声が聞こえた。
「止めて下さい。はなしてください」
「いいじゃねえか。減るもんじゃねぇ。今夜は俺たちの相手をしてくれよ。大丈夫、俺は紳士だから少し乱暴が過ぎても、最後には治して無傷で帰してやるから」
「嫌です。止めて下さい。私には主人も子供もいます」
「そうか。だったら子供に自慢してやるといい。俺たちの相手をしたことがあるとな。きっと喜ぶさ」
一人の嫌がる女性を、二人の屈強な男が囲んでいる。
人通りの多い道で、多くの人がこの行為を目撃しているのにもかかわらず、誰もが見て見ぬ振りをしている。女性を助けるどころか衛兵を呼んだりする様子もない。
怒りが溢れる。優羽はそれを抑えることはできなかった。しかし今の俺は抑えることもできる。だがその必要はない。
この溢れる怒りは、正しい感情だ。抑えるのではなく、吐き出してやればいい。
「やめろ」
怒りを言葉に乗せて吐き出す。
「なんだ、お前? お前には関係ねぇだろ。すっこんでろ」
お前には関係ない。聞きなれた台詞だ。優羽もよくそう言われた。
でも優羽はそうは思わなかった。
だって俺は今、この世界で生きている。だから……
「関係あるさ。この世界で起きている出来事で、俺に関係のないことなんて一つもない。それが俺の視界の中で行われているのならなおさらだ」
「ガキのくせに言うじゃねぇか。ノイ、その女は放してやれ。今日のお相手はこいつらがしてくれるらしい」
「そりゃあいい。俺はそのくらいの年の女でも全然いけるぜ」
そう言って、ノイと呼ばれた男は女性から手を離すと、タナットを見ながら下品に笑った。
あぁ……こいつらは終わっている。こいつらに比べたら野盗たちのほうがずっとましだった。野盗たちは法の外で生きていた。自分たちだけの拠点を持って、自分たちが選んだ生き方をしていた。だから自分たちが法で守られないこともわかっていたはずだ。
そう、彼らは人ではなく獣の理で生きていた。弱肉強食の殺し、奪う生き方だ。
俺は彼らと敵対こそしたが、彼らのその生き方を否定することはできない。それは本来の生き物のあるべき姿なのだから。俺たちとは異なるだけで、間違いではなかった。
今になって思えば、彼らは悪ではなかったのかもしれない。俺と思想の違う敵であるだけだった。
しかしこいつらは違う。法の敷かれた街の中で生きながら、強者である自分たちはそれを守る必要がないと考えている。優羽が嫌った悪そのものだ。
笑顔を浮かべる二人の男を見据える。
とりあえず女性は無事逃がすことができた。この後はどうするべきだろう。
怒りに任せて行動することはできない。俺だって法には従わなければならないのだから。
「お前はこの俺たちが何者なのかわかっているのか?」
指の骨をポキポキと鳴らしながら男が言う。もちろんそんなこと、俺が知るわけない。
「さあ?」
「そうか……それは気の毒にな。俺はAランク冒険者のマティアス・キミッヒだ。俺は回復魔法が得意なんだ。だから安心しろ。どれだけ楽しんでも体は無傷で帰してやる。まぁ、心が壊れちまったら俺の回復魔法でも治せないけどな」
そう言うと、マティアスは背中に背負っていたメイスを振り上げる。
さすがに正気を疑う。まさかこんな街の中で武器を抜くとは思わなかった。
相手の予想外の行動で少し反応が遅れる。メイスは左から迫っている。避けるのは難しい。
しかし問題はない。魔法と念動力を使う。風の魔法をメイスの先端に当てて風圧で押し返す。メイスにぶつかった風が拡散してまわりに被害が及ばないように、トンネル状に展開した念動力で魔法を覆う。
天然の異能力者と、優羽たち研究所生まれの異能力者の扱う念動力の一番の違いは、その精度にある。俺たちは生れ落ちたそのときから、念動力を自在に操るために血の滲む努力を強制された。そのためだけに作られて、生かされた。
あの苦しみはこの世界でもなお、俺の糧になっている。
おかげで俺は俺を貫くことができる。
「お前……何をした。今のは魔法か?」
わざわざ答えてやる必要はない。
「まぁ、少しはやるようだが、俺は防御魔法も得意でな。魔法は効かないぞ」
俺は短剣を一本取り出す。
「俺も回復魔法は得意なんです。だから安心してくれていいですよ」
そう言って、短剣投げた。念動力で操った短剣は普通ではありえないゆっくりとしたスピードでマティアスのもとに向かっていく。
マティアスは手を前に突き出して魔法を唱えた。
「シールド」
しかし意味はない。念動力が魔法の盾を消し去る。拮抗もなく、ほんのわずかな干渉もなく、短剣はいともたやすくマティアスの突き出された手を貫いた。
「がぅああ」
マティアスは痛みに声を上げる。そして自分で短剣を引き抜き、血の溢れる右手に向かって回復魔法をかけた。
それも俺は念動力で掻き消してやる。
だからもちろん手は治らない。
「お前! 兄貴に何をした!」
叫び、ノイは手を突き出す。
こんな町の中で攻撃魔法を使う気のようだ。
俺はまた風の魔法を使う。風圧でノイを上から下へと圧をかける。風が拡散しないように念動力で覆うのも忘れない。
制圧完了だ。ノイは地面に膝と手を突き、立ち上がることはできない。
「ヒール」
一応呪文を唱えて、マティアスの怪我を治してやる。
そしてまた短剣を拾い上げると笑顔で言う。
「大丈夫。安心してください。どれだけ楽しんでも最後には治してあげますから」
返事はない。マティアスは怯えた目で俺を見上げていた。
それも当然だろう。きっとこいつらは信念もなく、ただ己の力だけを頼りに好き勝手やって生きてきた。
その力を失ってしまえば残るものなど何もない。
「おい! お前たち何をしている!」
怒鳴り声を上げて、二人の男たちが駆けつける。衛兵がやっとお出ましだ。
俺は持っていた短剣をしまって、イノを制圧するために展開していた魔法を解く。
「こんな往来で何をしている」
俺が事の成り行き説明しようとしたとき、先に声を上げたのはマティアスだった。
「俺はAランク冒険者のマティアス・キミッヒだ」
その名を聞いて衛兵たちは後ずさるが、マティアスは気にする様子もなく言葉を続けた。
「俺と弟が女性と話をしていたところに、この男が急に襲いかかってきたんだ」
「違います。俺はこいつらが女性を無理矢理連れ去ろうとしているところに止めに入っただけです」
「その女性は?」
「逃がしました」
「そうか……それで怪我などはあるのか?」
「ありません」
「俺たちは少し怪我を負ったが、回復させたので問題はない」
そう言って、マティアスたちは衛兵をにらみつける。
「怪我もないのなら、特に問題はないな。こんな往来で問題を起こすな。解散しろ」
「は? 捕まえたりはしないんですか?」
「誰も被害は受けていないんだろう?」
「そうですけど……じゃあ、俺があなたたちを襲って怪我をさせても、その後に回復させてやれば、実害がなかったと罪に問われないってことなんですか?」
「それは俺たちに対する脅しか?」
「……質問ですけどっ」
イライラする。衛兵の対応がひどすぎる。
「そもそも怪我をさせたのは君の方なんだろう? ここで解散して助かるのは君の方じゃないのか?」
「いやいや、先に武器を抜いて襲ってきたのはあっちです。俺は自衛のために戦っただけです。それが罪に問われるんですか?」
「問わないから、解散だと言っている」
「いや、そうじゃなくて……あいつらも無罪放免なんですか? 嫌がる女性を無理矢理連れ去ろうとして、それを止めに入った俺に武器を抜いて襲い掛かってきたんですよ?」
「それは君の言い分だろう?」
「そうですけど……それは、俺の言い分は聞くに値しないってことですか?」
「そうは言っていない」
「でも、俺の言い分より、彼らの言い分を信じるってことですよね?」
「それは当たり前だろう。彼らは名の知れた冒険者だ。そもそも君は何者だ」
「アゼル・イグナス。Dランク冒険者です」
「君が言うとおりであるのなら、Dランクの君が無傷であるわけがない。とにかくもう解散しろ。マティアスさんたちもそれで構いませんか?」
「ああ……構わない」
あぁ……なんだ、この世界でもそうなのか。
期待をして、損をした。
この世界は優羽の世界とは違うと思ったが、そんなことはなかった。
この世界でも権力のある者は悪を行っても裁かれない。
そうであるのなら、いったい俺はどうするべきなのだろう……
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