第7話 冒険者登録


 門をくぐって町に入ると、まずそこからの光景を瞳に焼き付けた。

 大きな道にたくさんの建物、溢れる人。一番高い塔は町の中心にある時計台だ。俺が住んでいた村とは全然違う。

 ファンタジー世界といえば西洋風なイメージだったが、この町は和洋折衷入り乱れた趣だった。酒場から漏れ聞こえて来る音楽なんかは、優羽が好きだったケルト音楽っぽい美しくて軽快な曲でハープやフィドル、バグパイプのような音まで聞こえて来る。

 驚くことばかりだが、その中でも群を抜いているのがあれだ!

 大量の木材を両肩に抱えている大きな人。ただの人じゃない。身長は2メートルくらいあって、衣服を覆われていない腕や顔は毛むくじゃら。耳も頭の上にある。

 そう……熊人間だ!

 優羽として生きた前世の世界ではもちろん、この世界でもこんな人は見たことがない。両親からもこんな人種がいるとは聞いたことはなかった。俺の隣を歩くネコも耳をピンと立てて、興味津々だ。

 しかし、熊の人は普通にしている。まわりの人々も特別驚いたりはしている様子がない。どちらかというと熊の人よりネコのほうが警戒されている感じだ。

 俺は今十七歳で、その溢れる好奇心は誰にも止めることはできない。

 もう我慢は無理だ。直接熊の人に話しかけてみよう!

「すいません!」

 興奮気味に話しかける。

「なんだい?」

 熊の人は木材を置いて、笑顔で答えてくれた。

「あの、触ってもいいですか!」

 いい熊の人っぽかったので、ちょっと調子に乗る。

「なんだ坊主、獣人は初めてか? いいぞ、ほら」

 そう言って腕をこっちに向けてくれた。

 触ってみる。固くて、すべすべしたいい毛並みだ。

「はい。初めて見て、ビックリしました。獣人っていうんですか?」

「おう。見たことないだけじゃなくて、聞いたこともなかったのか?」

「はい!」

 元気に返事をする。

「そうか。俺は熊型の獣人だ。このとおり普通の人間よりパワーがある」

 力瘤を見せてくれた。すごい筋肉だ。

「あの、ご両親も獣人なんですか?」

「本当に何にも知らねえんだな。俺には嫁さんも子供もいるが普通の人間だ。両親も普通の人間だな。理由はわかっていないが、獣人っていうのは普通の人間から極稀に生まれてくるんだ。種類もいろいろある。この町にも、俺以外にもう一人、ウサギの獣人がいるぞ。耳が良くて、ジャンプ力があって俊敏だ。兵士をやっているはずだ」

「おお!」

 見てみたい!

「じゃあ、俺は仕事があるからもう行くぞ」

「ありがとうございました!」

 両手をぶんぶん振ってお別れをした。

「すごかったなー。獣人だって。普通の人間から生まれるとか、どういう仕組みなんだろう」

 ネコの顔をぐしゃぐしゃと撫で回しながら話しかけた。



 それから二十分後、目的の冒険者ギルドに辿り着いた。俺たちが入ってきた町の入り口とは別の、もっと大きな入り口の近くに冒険者ギルドはあった。

 貴重品などの入れた袋だけを持って、両開きのスイングドアを押して中に入る。

 中は思ったほど広くない。奥の方に受付カウンターがあって窓口は二つ。左の壁は一面が掲示板になっているが、貼り出されている依頼はそう多くない。後は二つテーブルとそのまわりにいくつかイスがあるくらいだ。冒険者の人も一人もいない。

「すいません。冒険者登録をしたいんですけど」

 受付に座っている若い女性の職員に話しかける。

「はい。初登録ですか? グランベルでの登録ですか?」

「初めてです」

「では、こちらの用紙に記入をお願いします」

 受け取って記入していく。

 名前。性別。年齢。生年月日はオルギア暦1982年3月15日。オルギア暦というのは俺たちが住むこの大陸オルギアが誕生したときを元年としての数え方らしい。

 生年月日の次は罪歴。これはなしでいいだろう。その次は戦闘スタイル。ここは大きな空欄になっていて自分で書き込む形になっている。何を書けばいいのだろう。

「すいません。この戦闘スタイルっていうのは何を書けばいいんですか?」

「そこは書かなくていいですよ。秘密にしたい人もいますし、ランク査定のときにどうせ調べるので」

「じゃあ、書けました」

「はい。ではギルド証だけ作り始めちゃうので、少しだけ待っていてください」

「はい」

 用紙を受け取った職員さんはカウンターの向こうにある部屋へと姿を消す。

 しばらく待っていると戻ってきた。

「今、ギルド証を作っていますので、その間にランクの説明をします。ランクは下からG、F、E、D、C、B、A、Sの八段階あります。実績、実力を加味してギルドでランクを付けさせていただきます。ランクには個人のランクとパーティーとしてランクがあります。個人のランクは不正など特別なことがない限り下がることはありませんが、パーティーのランクはパーティーの状況を鑑みてギルド側でダウンさせていただくこともあります。依頼にもランクがあり、同じランク以上の依頼は受けることができません。今日発行するものはGランクですが試験を受ければ試験官が実力を査定して最大でDランクまで上げてもらうこともできます。試験は有料ですが、初回だけ無料になります。試験は受けますか?」

「受けたいです」

「わかりました。次の試験の日時は三日後の午後二時になります。開始の十分前までにこちらにきて登録してください」

「わかりました。あ、それと、従魔登録っていうのをしたいんですけど」

「はい。わかりました。登録したい魔獣をここに連れてくることは可能ですか?」

「あ、ここにいます」

 ネコは退屈そうに俺の足下で丸くなっていた。職員さんはカウンターから身を乗り出してネコを確認する。

「種類は何ですか?」

「スノーリンクスです。名前はネコです」

「かわいいですね。猫科の従魔は珍しいです。ちょっと触ってみてもいいですか?」

「いいですよ」

 やったーっと喜びの声を上げながら、職員さんはカウンターから出てネコのところに来る。

「じゃあ、触りますよー」

 少しおっかなびっくりネコを撫でる。ネコが大人しいことを確認すると、その手つきはどんどん大胆になっていく。

「大人しくて良い子ですね。首輪とかは付けてないんですか?」

「はい」

「もしこの子が嫌がるとか、理由があるわけではないのなら、付けたほうがいいです。それだけで野生の魔獣と間違われることがなくなるので。名前を書いた首輪を付けておくのがポピュラーですね。首輪じゃなくて腕輪などでもいいですよ」

「わかりました。そうします」

 特に理由があって付けていなかったわけではないので言われたとおりにしよう。

「それではネコちゃんはあなたの従魔として登録しておきます」

 言いながら口惜しそうにネコから離れ、職員さんはカウンターの中に戻っていく。

「他には何か質問とかありませんか?」

「貼り出されている依頼って、思ったより少ないんですね」

「そうですね。このグランベルの町のような町に常駐する騎士団があるところでは、市民に危害を与えるような魔獣や野盗は兵が対処するため、冒険者にそういう依頼が出ることはほとんどあまりありません。このような町で冒険者にある依頼といえば、商人などの町を出る人たちの護衛や素材の買取り依頼くらいです。後、戦時下であれば傭兵の依頼もあります。ちなみに冒険者ギルドの前身は傭兵ギルドです。傭兵の信用保証のために作られました。傭兵のランク付けや、傭兵の裏切りの取り締まりなどを行っていました」

「なるほど」

「ですので、この町を拠点に冒険者をやっていくとなると、周辺の森などで、魔獣を狩ってその素材を売ると良いでしょう。このギルドの裏手に魔獣の解体場があるので、そこに持っていけば適正な価格で買い取ります。もちろん贔屓にしている商人などがいる場合には、そこに直接卸していただいても問題はありません」

「わかりました」

「では、そろそろギルド証もできていると思うので、取ってきます」

「はい」

 職員さんは後ろの部屋に入ると、すぐに戻ってきた。

「これがギルド証です」

 手渡されたものは前世でいうドッグタグネックレスに似ていた。ネックレスの先に金属製のドッグタグのようなものが付いている。そこには俺の名前と生年月日とランクが刻まれている。

「ギルド証の再発行は有料ですので気を付けてください。ランクが高ければ高いほどその費用は高額になります。そしてランクを偽るための偽造などは罪に問われます。後、拠点となる町を移すときは、この町を出る前に一度こちらのギルドに連絡をお願いします」

「わかりました」

「それではこれで、冒険者ギルドの登録は完了となります。何か質問はありますか?」

「依頼はもう受けられるんですか?」

「もちろんです。まだG級の依頼だけですけどね」

「じゃあ、これが受けたいです」

 さっき見たときから気になっていたやつを持ってくる。

「え? これは奉仕活動で報酬はないですけど、大丈夫ですか?」

「はい」

 その依頼は、孤児院の子供たちに魔法や剣術などを指導するというものだった。

 孤児院には少し思い入れがある。

 前世の俺は研究所で生まれた。その研究所にいたのは俺だけではない。多くの子供がいた。皆親のいない子供たちだ。そういう意味では研究所と孤児院に似ていた気がする。

 十二年間を俺は研究所で過ごした。研究所での経験はその後の人生にも大きく影響を与えた。アゼルとして生きる今にだってそうだ。

 だから親のいない孤児院で生きる子供たちに、少しでも良い影響を与えてあげたいと思った。

「それはすばらしいことです。子供たちも喜ぶでしょう」

「今から行ってもいいんですか?」

「もちろんです」

「それで実は俺、この町は初めてで、孤児院ってどこにあるんですか?」

「そうなんですか? じゃあこれをプレゼントします。こっちがこの町の地図で、もう一つがこの町周辺の地図ですね。本当は有料なのですが、これは私が書き写したものなので、特別にあげちゃいます」

「ありがとうございます」

「ネコちゃんにも触らせてくれたし、奉仕依頼も受けてくれたので特別です。それでここが、この冒険者ギルドの場所で、ここが孤児院のある教会ですね」

「ありがとうございました。じゃあ、行ってきます」

「はい。行ってらっしゃい。お気をつけて」

 職員さんは笑顔で見送ってくれた。



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