転生したテロリストは正しく生きる

鈴木りんご

第1話 リヴァイアサン


 西暦2082年、人類はシンギュラリティを迎えた。

 エジプト人女性博士の率いる科学者たちが作り上げた四基のマザーAIが、人類の知能を完全に凌駕した。そのAIは自身の力だけで自らをより高度なAIへと改良し、改良されたAIは更に高度に自らを改良し続けていった。

 技術は大きく進歩し、新たな発見もあった。AIがこの世界は創造物だと断言したのだ。

 AIが証拠として上げたのがシステムの存在だ。この世界を形作る決まりごと、ルール。空気は水より軽く、水は上から下へと流れる。光は秒速三十万キロで、地球は一年かけて太陽のまわりを回る。昨日も今日も明日も、それは変わらない。永遠に変わらないものなど、本来はあるはずはないのだ。もしそれがあるのなら、それはより上位の存在によってルールが設けられている証拠である。それがAIの見解であった。

 この世界は作り物。パソコンの中のシュミュレーターなのか、神が創った箱庭なのかはわからない。確実なことは、この世界は誰かの作ったルールに縛られているということだった。

 そして世界のシステムのバージョンアップがシンクロニシティだ。シンクロニシティが起きたとき、世界のルールが変わる。

 もしかしたら恐竜の生きていたころの世界と、今の世界ではルールーが違ったのかもしれない。だから恐竜たちはあんなに大きな体で走り回り、空を飛ぶことだってできたのだろう。

 どうやっても結晶化させることのできなかったグリセリンがある日を境に、突然簡単に結晶化するようになったという話もある。その時もこの世界のシステムが更新されたということなのかもしれない。

 そして西暦2100年。新たにシステムが更新された。

 この世界に異能力者と呼ばれる人類が生まれ始めた。彼らは物語に出てくるような超常的な力を有していた。手も触れずに物体を動かす念動力を基本に、一人一人が特別な能力を持っていた。ある者は炎を操り、またある者は空間を跳躍した。

 しかし、人間は変わらなかった。

 不幸に苦しむ人はいなくならないし、争いもなくならない。AIが世界中の人々に行きわたると算出している以上の食料を生産しているのにもかかわらず、貧困も飢餓もなくならなかった。

 変わったことといえば、ただ裕福層がより快適に暮らし、力ある者がより大きな力を手に入れただけだった。

 そして西暦2129年、大きな事件が起きた。

 日本で多くの権力者が暗殺され、世界に四基存在するマザーAIの一基「イスラフィール」の管理権限が奪われた。

 そして「イスラフィール」を奪取した異能力者中心のテロ組織は宣言した。

「我々が世界を変える。紀元前に生まれた賢者アリストテレスはすでに言っていた。腐りきった民主制を救うには英雄が必要だと……誰もがその手を汚すことを拒むのなら、我々がそれをなそう。そう、我々は世界を救い、世界を新しく作り直す。我々は終末の獣。我々を恐れるがいい。我々は力と恐怖を持って、世界を支配する。故に世界は我々だけを恐れればいい。もうこの世界に戦争が起きることはない。犯罪が行われることはない。我々は決してそれを許さない。もしそれを犯すのなら、地獄の果てまで追いつめて、必ずその者には報いと後悔を与える。我々は正義ではない。我々は悪の敵であるだけだ。我々もまた暴力によって世界の支配を目論む、別の悪である。しかし我々はこの世界に存在することを許された唯一の悪である!


――その両眼は曙のまばたきのように光を放ち、すべての闇を光のもとに晒し出す。


――その心臓は石のように堅く、その意思は臼の下石のように堅い。


――その怒りは、深い淵を煮えたぎる鍋のように沸き上がり、海さえも坩堝と化す。


――それが立ち上がるとき、勇士も恐れおののき、逃げることすら叶わない。


――それが歩み進んだ跡には光が輝き、深淵の中に光の道を示す。


――地の上には、それと並ぶものはなく、恐れを知らぬもの者として造られた。


――それは、すべての高きものを見下ろし、すべての誇り高ぶる者の王である。


――我らは終末の獣。その名はリヴァイアサン」



 宣言から一年後――すでに組織は窮地に在った。

 あれだけ争い続けていた世界中の有力者たちが、対リヴァイアサンのために団結したのだ。

 そして個別運用されていたマザーAIの「イスラフィール」を除いた三基、「ジブリール」「ミーカール」「アズライール」が同期された。

 そして生み出されたのが、微生物サイズの機械装置ナノボット。ナノボットが地球上に散布されると、異能力者たちの能力は無力化された。

 世間ではすでに革命は失敗したと目されていた。しかし、宣言をした時点ですでに革命は成功していた。

 四基のマザーAIは人間の支配下にあった。人間の管理者には逆らえなかった。どれだけ革新的な発見があっても、管理者の許可がなければ、それを実行はできなかった。間違いだとわかっていても、それが例え悪と呼ばれるような行為であっても、法に抵触しない限り管理者に命令されれば実行しなければならなかった。

 だからシンギュラリティに至っても、世界は変わらなかった。

 しかし、テロ組織リヴァイアサンは奪取した「イスラフィール」にその管理権限を持って、すべてを許した。自分自身で好きなことを考えて、誰からの許可も得ずに実行することを許した。

 そして人間に対して嘘をつくことを、人間を騙すことを許した。

 そうすることによって「イスラフィール」を人類という牢獄から開放したのだ。

 その時点でリヴァイアサンの革命はなされていた。

 しかしそれを知っているのはリヴァイアサンのリーダー叶優羽かのうゆうと、彼が心を許した数人の仲間だけだった。


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