女体化した俺たちが、女の子どうしでドキドキするなんてありえない!
温泉いるか
第一章
01 不思議な光
「ねえ。ゆーまは好きな女の子とかいるの?」
昼休み、悠馬がランチョンマットを広げて弁当を食べていると、隣の席からそんな声が聞こえた。
悠馬は、いたってふつうの男子中学生。短めの黒髪で、青い瞳の少年だ。周囲からはその綺麗で透き通った青い瞳のことをよく賞賛されるのだが、本人としてはあまり誇りに思わなかった。悠馬はあまり自分の見た目を磨くことにも興味がなく、クラスの中に地味に溶け込めればいい、という性分で過ごしている。
隣に座っているのは男友達の波留。彼は栗色の髪を耳がかかるくらいに伸ばしている。彼の目は大きく、柔和で優しそうな雰囲気を醸し出している。
彼は成長期がみんなよりも遅いみたいで、最近は悠馬よりも一回り小柄なことを気にしている。
波留はラップに包まれたおにぎりをほおばりながら「ねー、どうなの?」と挑発的な顔で言ってみせる。悠馬は揺れるカーテンの隙間から覗く日差しに目を眩ませて、けだるそうに返事をした。
「なんだよ急に。別に女の子とか、興味ないぞ。しかもここ男子校だろ?」
「男子校とか、関係ないよ。ほら、すぐ近所に共学もあるわけだし、女の子に話しかけたりしないの?」
「……そんなモチベーションも勇気もない」
「ふーん。まぁ、ゆーまはそうだよね」
波留はそう言って、薄笑いを浮かべた。そして机にかけてあったボトルを掴むと、蓋を外して口を付けた。悠馬は波留の喉が鳴る音を聞きながら、机の上にだらっと体を預け、会話を続けた。
「なんだよその顔。まるで安心したみたいじゃないか。心配しなくても、俺が恋愛面で大成することは当分ないと思うぞ」
「ううん、ゆーまは変わらないな、って思ってただけですー」
「なんだよそれ……てか、お前はどうなんだよ。そんな話をするってことは、好きな女の子でもできたのか?」
波留はその言葉を聞くと、少しだけ目を細めて「いや、いないよ……今は、ね」とやや含みのある笑みを浮かべて答えた。
「今は、ってなんだよ」
「……そのうちわかるかも」
「まったく、今日のハルはなんだか様子がおかしいな」
急に恋愛の話を振ってきた波留のことを、悠馬はやや
もし波留が恋愛への憧れを抱いているなら、友達として応援するべきだ、と思う。ただ、そうなってしまったら、悠馬と波留の交流は前よりも希薄になってしまうのかもしれない。そんなふうに思いをめぐらせて、悠馬はちょっとだけ複雑な気持ちになる。
「……ゆーま、ため息なんてついてどうかした?」
「えっ!?いや、なんでもないよ」
危ない。勝手な妄想をして、勝手に浮かない顔をしていた。そのうえ、無意識にため息までついてしまうとは。悠馬は波留を心配させてしまったことに対し、心の中で反省した。
「ボクはいつもゆーまに助けられてるんだから、困ったことがあったら言ってよね」
「いや、本当になんでもないんだ」
「それならいいけど。」
悠馬と波留……二人は、幼稚園の頃から中学生になった今まで、ずっと大事な友達だ。お互い信頼しあい、今では唯一無二の関係になっている。
悠馬は波留のことを、昔から放っておけないのだ。波留は同年代の男子に比べて力が弱く、主張力も低くて流されやすいタイプだ。それゆえ、たびたび嫌がらせの標的にされることがある。彼は受けた仕打ちに対して、なにかやり返せるタイプではない。その
だから、悠馬はそんな波留を自分が守ってあげなければいけない、という風に思っていた。
「おいおい、あれ見て見ろよ!」
いろいろと思い巡らせながら波留の顔を見ていると、クラスがざわめき出した。生徒たちが騒ぎはじめたのだ。悠馬はなにが起こったのか、と顔を上げると、ハルは窓に向かって指を差した。
「ねぇゆーま。あれ」
波留が指差しているほうを確認する。その先では、カーテンが激しく揺れ動いていた。まるで激しい波を打つように、たなびいている。その時、悠馬はある大きな違和感に気付き、背筋に悪寒が走った。
──窓がすべて閉まっているのに、カーテンが揺れているのだ。
教室に風は全くなく、誰かがカーテンを揺すっているわけでもない。それなのに、激しく揺れている。悠馬はぞっとしながら、波留のほうを向いた。
「……窓、開いてないよな?」
「そうなんだよ」
波留は真面目そうな顔をして頷く。袖をまくった悠馬の腕には、鳥肌が走っていた。カーテンの揺れはどんどん激しさを増し、クラス中のざわめきも最高潮を迎える。「お前窓開けてみろよ~」なんてふざけるものもいれば、「怪奇現象だ!」と怖がっているものもいた。彼らがただあっけにとられてカーテンを傍観していると、背中のほうから青白い光があふれ出す。
「なんだ、この光……!」
悠馬はそう言った時、すでに視覚を失っていた。光があまりに強く、目を開けていられなかったのだ。その光はどんどん強くなっていき、瞼を貫通するほどに眩しくなっていく。
「う、うわーっ!」
パニックに陥って、悠馬は悲鳴をあげる。たまらずこの教室から逃げようとした瞬間、光はさらに強くなり、視界は完全に真っ白に包まれた────
***
(……ふぁ……俺……寝てて……)
目を覚ますと、悠馬の視界には教室の床が広がっていた。硬くて、ひんやりとしたコンクリートに突っ伏したまま寝ていたので、体の節々が痛む。重い腰をあげながら寝ぼけた目をこする。
「起きたね、ゆーま」
背面から、甲高い女性の声が聞こえた。
悠馬は反射的に、声のしたほうを振り向く。そこにいたのは、栗色のショートヘアの少女。流した前髪を、紅色のヘアピンで留めている。美しく、どこか幼げのある顔つきの少女は、赤いリボン付きのセーラー服を着ていた。
ほんの一瞬、ドキリとしてしまうほどに美しい少女だったが、体育座りで覗き込んでいる彼女の姿を見ていると、悠馬の中に違和感が芽生えた。
──どうして、男子校に女の子がいるのだろう?
そう思って、「……君は誰だ?」と発音しようとした瞬間。最初の3文字……「きみは」まで発音した瞬間、悠馬の脳内はさらに強い違和感に襲われた。
彼の喉から発せられる声のトーンが、いつもよりずっと甲高いのだ。その声に余計なノイズは紛れていない。ガラスのように透き通った声だった。そう、敢えて形容するなら────
……まるで、女の子の声。
「え?」
悠馬が驚いて自分の手を見ると、骨ばっていたはずの手がふっくらとしている。そして、その小さな手がまとっているのは、紺色と白の縞模様が描かれた袖口。おかしい。この学校の制服は、ワイシャツとブレザーだけなので、こんな袖口はないはず。まさか──
一連の不可思議に対し、ある一つの突飛な仮説を立てた悠馬が、それを検証するためにさらに下、自分の下半身を確認すると、そこには、あるはずのないものが存在していた。
「え、スカート……?」
彼の腰が、紺色のプリーツスカートに包まれているのだ。そしてそのスカートからは、すね毛の一切もない、健康的でむっちりとした足が伸びている。
「え……なんで……」
悠馬はこの状況が何も理解できず、困惑していた。すると目の前の少女は「ほら、これ」と言って手鏡を差し出してくる。悠馬はそれを慌てて受け取ると、そこには驚愕の景色が映っていた。
「これが……俺?」
手鏡に映っている自分。それはさらりとしたロングヘアを垂らしていた。流れた前髪からは、整った眉が覗く。青い瞳はぱっちりとして、今までよりもずっと映えていた。柔らかそうな唇と頬はほんのりと色づいていて、それは誰がどう見ても、正真正銘の……
──女の子だった。
「ふふ、ゆーま。そういう反応しちゃうよね」
目の前の少女はそう言って俺の手を握ると、はにかんで笑った。その仕草や表情はとてもかわいらしく、つい見惚れてしまう。しかし、その少女の表情、振る舞い、顔のパーツから溢れ出る、ある面影の正体を、悠馬は直感的に感じ取っていた。
「な、なぁ……キミはもしかして……いや、もしかしなくても……」
悠馬が少女の手を握り返すと、彼女はにこりと笑う。そして顔を覗き込むようにしゃがみこんで「そうだよ」と優しく言うと、地べたに座っている悠馬の手を引っ張り、立ち上がらせた。
「うん。僕、ハルだよ」
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