インセクト

@me262

第1話

 寝室の壁に小さくて黒い物が張り付いているので見てみると、羽蟻だった。摘み上げて窓から放り出す。二十階建てマンションの最上階にどうして?不思議に思いつつ眠りに就くが、数時間後、壁の方から聞こえる羽音で目を覚ました。本来なら純白の壁が無数の羽蟻に覆い尽くされ、真っ黒になっている。

 私は箒と塵取りで一時間以上かけて羽蟻達をベランダから投げ捨てたが、気味の悪さは跡を引き、朝まで眠れなかった。出勤する際、管理人に苦情を言ったが、無気力そうな老人は、虫にまで責任は持てないととぼけた。

 その日帰宅すると、廊下に外国産の大きなカブトムシやクワガタが数十匹蠢いていた。

 私は昆虫達を段ボールに詰め込み、管理人室に直行した。証拠品を突き付け言い放つ。

 この珍しい虫は飼育されたものだ。私の部屋の真下を調べろ。嫌なら上司に直訴する。

 私と管理人はすぐに件の部屋に向かった。

 再三ベルを鳴らしたが、返事はない。

 老人はマスターキーを使って扉を開けた。途端に異臭が鼻を突き、玄関口に男が倒れているのが見えた。薄暗い奥の部屋には大きなガラスケースが所狭しと置かれ、中には無数の甲虫達がひしめき合い、床に溢れ出ていた。

 その部屋の主は昆虫の取引業者で、輸入禁止の昆虫を飼育して、高値で売買していたという。だが彼には持病があり、運悪く薬を切らせた時に発作が起きたのだ。飼い主がいなくなり、餌を求めた昆虫達が外壁を伝って窓の隙間から私の部屋に入ったというのが真相らしい。事件性はないと警察が判断し、階下は片付けられた。これで安らかに眠れる。

 だがベッドの中で、はたと気付いた。あそこにいたのは甲虫だけだ。あの羽蟻はどこから来たのだ?

 少し寒気を感じ、くしゃみをした。鼻の穴から勢いよく黒い羽蟻が飛び出てきた。

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