第6話 磨いた成果を試すとき 1

 アートレッスンの時間にアマンダが図書室で倒れたって話は、あっという間に広がった。その次がランチタイムだから余計に早く伝わってしまった。


 図書室の床には地図帳や小説が散らばっていて、彼女はなにか調べていたらしい。


 ジャスミンやステラは、その小説に出てくる岬を探してたんだと主張する。


「夢に出てくるって言っていたんです」

「岬に王子様が立っているとかって」

「いや、王子と決まったわけではないですけど」

「結局誰だったっけ?」


 なんだか夢なのか現実なのか、妄想なのか……みんなが好きそうな話。

 

 とりあえず大事には至らないけど、数日は検査入院するらしい。

 それを聞いてみんな胸を撫で下ろした。


 まあ、私には関係ないことだわ。


「だけどアマンダがステンドグラス制作をさぼって図書室に一人で行くなんてね……なんか腑に落ちないけど」


 探偵を気取ってクリスティーナが腕組みをしている。


 クリスティーナは裏表がなくはっきりとした性格で男子にも媚びないので、同性からは人気があった。

 決して委員長タイプではなく、先生からも叱られるけれどそこも魅力なんだろう。 


「いろいろ考えたらお腹空いちゃった」


「なにいってるのさ、さっきお昼を食べたばかりだろ」

 ステラすかさず突っ込んで、教室のみんなが笑った。


「それで、さっきの続きはなんだい?」


「あ、そうそう……クイズの途中だったね。えーと、これは誰のまねでしょうか?」


 クリスティーナは立ち上がりあごを突き出して大げさに咳払いをした。鉛筆を持って、トントントンと言葉を切ったタイミングで机を叩く。


「これは!(トン)テストに!(トン)出しますよ!(トン)」


「ティーチャー、パンジー!」

 クリスティーナを取り囲んでいた少女たちが声をそろえて言う。それに続く笑い声。彼女のお得意の先生のものまね。


「似てる!」

「クリスティーナ上手いわ、もっとやって」

 ステラやエミリーが囃し立てる。


「ああ、うん、なにか足りないわねぇ」

 クリスティーナは両手を扇ぐように動かすと、周りの少女たちが彼女に向かって一斉に拍手をした。ジャスミンが跪いて祈るポーズをしてみせた。

 クリスティーナはゆっくりと彼女の顔の前に自分の手の甲を優雅に差し出した。ジャスミンは彼女の手の甲に軽く口づけをして囁く。

「クリスティーナ様」


 黄色い声が響いた。体を密着させ相手の肩に顔をうずめて笑っている子、囃し立てる子……。 

 

 エミリーは机の上に座りお腹を抱え、足をばたつかせている。見たくもないのにスカートの中が見えそうじゃない。


 女子だけの学園は本当に無防備だ。頭がお花畑のこの子たちは、なにが起こっても大笑いするだろう。


 それとパーソナルスペースとやらも気にしていただきたい。ちょっとなにか起こるだけで、いや起こらなくても生徒同士抱き合ったり、腕を組んだりしている。それが最近エスカレートしているように思う。


 言っているそばからエミリーとステラは教室の後ろでべったりとくっついて内緒話を始めた。エミリーはステラの首もとに頭をくっつけている。


 あの二人はなんというか……。

 遠くから見ていても、友達同士とは思えない。

 くせっ毛の髪がふわふわとしたエミリーは、ステラにいつも頼って甘えてる。

 ボーイッシュなステラの方も満更でもなく、妹のようなエミリーを自分のそばに置いておきたいようにみえる。


 少し離れて見てるからこそ、きっとわかるのね。あの渦中にいたら、なにがなんだかわからないわ。

 そういえばステラたち、前は三人でいたときもあった気がするけど……。


 クリスティーナの手の甲に口づけをしていたジャスミンはクラス代表だったはずよ。

 肩に沿って切り揃えた髪が、凛とした雰囲気を醸し出している。

 だけど……注意するどころか楽しんでしまっているじゃない。


 クリスティーナは長い栗色のストレートの髪を振り乱し、再び鉛筆で机を叩く。

「あー、ペンを持ちなさいっ」


 小さな笑い声が聞こえる。

 クリスティーナの周りにいた少女たちをさらにまた少女たちが囲んだ。


 制服の青いスカートの裾がくるくる入れ替わり立ち替わり揺れる。それはまるで太陽を浴びた青いバラがもっと光を吸収したくて花びらを広げているようだわ。


「ああっ、うん!」

 クリスティーナは咳払いをして皆の注目を集めた。周りにいるジャスミン、ソニア、エミリーそしてステラ、集まっている少女たちの顔を一人一人じっと見つめ―


「アンダーライン!」


 腰を低くして重低音で言ったクリスティーナの言葉に思わず笑ってしまったじゃない。私としたことが……。


 周りも大爆笑。生徒たちの目を見据え腰をかがめてああ言うのよ、ティーチャー・パンジーは。だけど、それにしても笑いすぎじゃない?


「お腹が痛いわ!そっくり」

「どこが大事かわからないのにアンダーラインとか言うのよ、あの先生」


 エミリーとステラがお互い腕を組みながら笑っている。あなたたちはくっつきたいだけでしょ。


「クリスティーナ、もうやめて。笑わせないで」

 ジャスミンも笑いながら懇願している。

 

 私のせっかくの創作タイムはうるさい女子生徒たちに完全に邪魔されてしまった。昼休みが終わってしまうわ。


 主役のお姫様に意地悪をする姉の名前はクリスティーナさせてもらうから。

 継母はパンジーにしようかしら。


 休み時間終了を知らせる鐘が鳴る。

「ああ、お腹痛い」

「急げ急げ」


 少女たちは素早く席に戻った。大きな青いバラはさっと散って、小さな蕾になり綺麗に縦に並ぶ。


 カツカツと神経質な靴音が響いて入ってきたのはティーチャー・パンジーだった。

 噂をすればなんとやら。立て付けの悪い引き戸をすっと音もなく開ける。


 目つきが鋭く、常に生徒たちのあら探しをしている先生。髪を一つに束ね、黒のワンピースを毎日着ている。

 話も脱線しないし軽い冗談もない。

 面白くもないので、嫌われている。


 自分の好きなことをひたすら話してノートに取らせているだけ。

 最初は品格のある女性の立ち振る舞いの授業だったはず。それなのに三回目にはなぜか寺院のことをひたすら書かせられ、気づいたら歴史学になっているのだけど……。


 今も太い辞典をひたすらティーチャー・パンジーが朗読している。さっぱり意味がわからない。


 生徒なんて本当にどうでもいいんだわ。


「ペンを持ちなさい」


 ティーチャー・パンジーが読むのをやめ、唐突に言った。

 本人の口からその台詞を聞いてステラが吹き出した。


「誰ですか?」


 ティーチャー・パンジーは素早く生徒の方を見た。

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