堕落魔王と酒飲んだりキスしたりクズ勇者をシバき倒す旅路

山猫計

第1話 ハイメの苦悩

 自分がなんで死んだのか覚えていないし、何者だったのかも定かじゃない。微かな記憶を辿ると『会社』という名の牢獄にぶち込まれた囚人だった気はする。


 それから俺は生まれ変わり、いつのまにか王政が敷かれた大国に生まれ落ちていた。ここは王家に剣と盾を持った兵士が仕え、町の外に出れば魔物の脅威に晒される。そんな世界に転生してから随分と長い年月が経ってしまったようで、俺はエルフという長寿の種族として生き、とうとう500年の時が過ぎた。


 転生したばかりの頃はそれなりにやる気も満ちていて、前世には無かった“魔法”の力を使って活躍する機会もあった。


 俺が得意とする魔法は『サーキュラー』という追跡魔法で、人魂ひとだまのような光の球が俺のイメージした人物を執念深く追跡するという何とも地味な魔法だ。攻撃にも防御にも使えない。


 けれど意外とこれが勇者達に重宝されて、俺は魔王討伐の勇者パーティに所属。床候として貢献したり、捜索依頼のクエストをこなしたり、そして何より魔王の居場所を突き止めたのは人生最大の成果だった。


 それから俺の属した7人の勇者パーティは魔王封印という偉業を成し遂げて世界に平和が訪れた。


 そんな華々しい栄光も450年前のほんの歴史の一部に過ぎない。人生のピークは雷みたいに刹那的だ。


 仲間だった勇者達は寿命を迎えてこの世から去り、魔王封印から 450年が経てば『勇者一行の一人、エルフのハイメ』の名を知る者なんてのは誰もいない。


 残ったのは……クソッタレな世界だけ——




「おいハイメさっさと起きやがれ! 仕事の時間だ!」


 今日も今日とてボロ小屋の扉を乱暴に叩く親方。


「起きてる。起きてますから。そんなに叩いたら家が壊れちゃいますよ……」


 今日は休日だったはずなのに……親方は無慈悲に俺を駆り出そうとする。


 身体を傾けるだけでギシギシと軋むおんぼろベッドから俺は起き上がって、鏡の前に立つ。尖った耳が銀髪から飛び出して、張りのある肌。見た目は20代だけれどこれでも500歳だ。


「さぁハイメ、今日は300万ギラー回収だ。気合い入れてけ」


 扉を開けると髭面で毛深い巨漢が卑しい笑顔で待ち受けている。彼は『金貸しのボイマン』。つまるところ俺の雇い主。 


「おはようございます……あの、俺今日休み——」

「元気無ぇなぁ! てめぇよぉ、金貰ってる自覚あんのかー? オラ!」


 毛むくじゃらの腕を振り上げてポコっと俺を殴る親方。こんな理不尽な振る舞いももはや慣れっ子だ。


「ハッハー! 元気を注入ってやつだ!」


 巨漢ボイマンは薄汚い歯を剥き出しにしてニンマリと笑う。いつも通りの最悪な一日の始まり。今日こそゆっくりしたかったに……


 卵みたいに丸い背中のボイマンについて行き俺は人通りの中を掻き分けていく。ここは活気あふれる宿場町の貧民区。この区域はスラム同然だが、安宿がそれなりにあって旅人や浮浪者が流れ着く。そのお陰で人がわんさかいる。


 そんな人通りの激しい道の途中、ボイマンは吸い込まれるようにギルドの建物へ。ここは“金融ギルド”の謂わば事務所。


 俺は地下室へと連れられて、机を挟んで向かい合わせになった椅子が置かれた薄暗い部屋へ着いた。ボイマンと対面する形で座るといつも通りにクエストが提示される。


「今日はこれだ」


 机に乱暴に叩きつけられた一枚の紙。似顔絵と身の上の情報と、あとは金額が記載された手配書みたいな紙。しかし載っているのは賞金首じゃない。


「昨晩どうもみてぇでな。家ももぬけの殻だった。面倒くせぇことに夜な夜な牛車が町を発ったって目撃情報もあってよ、んな訳でお前さんの出番ってとこだ」


 俺は机に置かれた紙を手に取って目に近づける。


「でも300万ギラーの滞納って、随分と借りましたね彼も。名前は——『ジェイコブ』ですか。25歳……まだ若いですね」

「こいつぁ道具アイテム屋の商売を開こうとして開店費用をうちに借りてきたんだ」

「開店費用に三桁万……?」

「ジェイコブが借りたのは50万ギラーだ。あとは俺からのだぜ」


 髭面を歪めて胸グソ悪い笑顔を浮かべるボイマン。ターゲットジェイコブはめちゃくちゃな利息をボイマンにふっかけられて、飛ぶのも当然だ。可哀想に。


 そもそも店を始めることだって昔は商業ギルドが全面的に協力してくれたけど、今じゃ勇者ギルドの圧力で商業ギルドは衰退。支援者は無く、商いを始めること自体が博打みたいな世の中になってしまった。


 ジェイコブはまさにこのクソッタレな世界の被害者だ。けれど慈悲をかけれるほど俺も裕福じゃない。この哀れな若者を見つけ出してボイマンに差し出すのが俺の仕事。


 俺は金融ギルドから外へ出て、早速準備に勤しむ。

 ボイマンは既に馬車と数人の手下を手配していて、ガラの悪い手下たちは俺が魔法を展開するのを退屈そうに、気怠そうに待っていた。


 視線の集中砲火に居心地の悪さを感じながらも俺は澄み渡った青い空を仰いで魔力を練る。


 すると空に二つ目の太陽が現れる。


 その太陽は螺旋を描くように回遊すると俺の手のひらへと降りていく。


 占い師が使う水晶くらいの光球がフワフワと手のひらで浮遊して、目を瞑り広がる暗黒にジェイコブのイメージを映し出すと魔力が神経を伝って手のひらへと流れていく。そして光球が粒子を放ち、生き物ように宙を舞う。追跡魔法『サーキュラー』の始動だ。


「この俺様、ボイマンの恐ろしさを若造に思い知らせてやれ」


 背後でボイマンが得意げに鼻を鳴らすが、俺はそれに対してチクチクとした嫌悪感を抱いた。グッと堪えて、俺はボイマンと手下が乗る馬車へと乗り込む。車両に繋がれた4匹の馬たちは宙を泳ぐ光球を道標にジェイコブの元へと走り出した。








 “夜逃げ人ジェイコブ”は馬車で2時間くらい走らせた西端の海街で見つかった。港の波止場、連絡船を使って国外へ逃げようとしているところをボイマン達に捕らえられ、連れ添っていた奥さんと8歳になる男の子諸共宿場町へ強制送還された。無論、彼らを突き止めたのは俺の魔法だ。


 縄で腕を縛られて俯きながら金融ギルドへ連れられていく3人の家族を眺めた時、俺は針に心臓を刺されたみたいに胸が痛かった。


「でかしたぞハイメ。女に子供まで付いてくるとはこりゃあも喜ぶぜ」


 ボイマンは俺の背中をボンと叩いてご満悦の様子。金融ギルドの前でパイプを蒸しなが紙に鉛筆で数字を入れて何やら計算している。


「ボイマン、例の彼はとっ捕まえたようだね」


 若い男の声にボイマンは電撃が走ったようにピシっとなって、パイプを口から離してお利口な忠犬と化す。現れたのは青い戦闘服を着てマントをはためかせた男前。そして腰から下げた剣は鞘に収まってるが威圧感を放つ。その風貌に道ゆく人は皆気付いた——彼は勇者だと。


「これはこれはトラビス様。有事でもないのにこちらまで出向いてくださるとは、有り難いにも程があります」


 手を揉んであからさまに胡麻を擦るボイマン。


「君が用意してくれる土産を僕は楽しみにしているからね。今日は我慢出来ずに来ちゃったよ」

「それは光栄です。ご期待通り、今日も夜逃げした馬鹿を捉えましたら上玉じょうだまがコロコロっと転がってきましてね」

「コロコロ〜って?」

「ええ。コロコロ〜って」

「「はははははははははは」」


 二人のくだらない戯れに寒気がする。


 何故こんなにもボイマンがヘコヘコしているのかというと、勇者トラビスは謂わばボイマンが経営している金融ギルドの用心棒的な役割。ギルドを襲う魔物を退治したり強盗・盗賊といったならず者からボイマンたちを守る。その代償としてボイマンは勇者トラビスにみかじめ料を払う。そして何より勇者トラビスのバックにいるのはこの世界を牛耳ってるとも言っても過言ではない“勇者ギルド”。ボイマンが過剰なまでに謙遜けんそんしているのはその勇者ギルドの存在がでかい。


「それじゃあボイマンの土産を早速頂こうかな。新鮮なうちがいいからね」


 勇者トラビスはマントを翻して意気揚々と体をほぐす。ボイマンが手下に指示を出すと拘束されなジェイコブとその妻と子供が外へ再び引っ張り出された。ボロ雑巾みたいな家族の傍、勇者トラビスは爽やかな笑顔でボイマンに言う。


「おいおい夫と子供まで連れてくるなんて、ボイマンも性悪だねぇ〜」

「“寝取られ”ってのは良いスパイスですからね」

「ふは」


 勇者トラビスは思わず吹き出して、湿った口を手の甲で拭った。


「それじゃあ頂こうかな」


 勇者トラビスの合図によってボイマンの手下がジェイコブの妻を乱暴に引き摺り、勇者トラビスの前に跪かせる。20代前半くらい、まだ若い妻はびくびくと震えている。


「おっと小顔ちゃんだね。口も小さい。……俺のナニはでかいからさ、まずは口を裂いてからだね」


 勇者トラビスが鞘から剣を抜いたあたりから俺はその惨状を直視することは出来なかった。女の悲鳴、荒れるジェイコブ、泣き叫ぶ子供。勇者トラビスはズボンを降ろし、押しつけ、咥えさせ——


 俺は耐えきれず、現実から目を背ける為に煙草の先端にマッチで火をつけた。煙草を持った俺の手は小刻みに震えて、それはあの家族に訪れた悲劇に俺の『サーキュラー』が大きく関わっていることへの恐怖心、そして罪悪感でもあった。


「どうだい俺のは? 美味しいだろ?」


 かつて勇者の象徴だった聖剣を愚弄するトラビスに俺の手の震えは怒りの震えへと変わった。しかし俺の生きる道は彼らには歯向かうどころか共存するしかないのが現実。


 その悔しさに俺は打ちひしがれるしか無かった。


 かつて魔王がいた頃はこんなじゃなかったのに……


 世界は変わってしまった……





——一方その頃、


 金色の髪から2本の角を生やした異様な女はゆらりゆらりと幽霊のように街を彷徨う。美しくて可憐な顔は熟したトマトのように真っ赤に染まって怒りを露わにしていた。


「何様なんじゃ、あのバカ店主〜! わらわが未成年じゃと!  20歳以上はお酒飲めないって何じゃその掟!? わらわの時代にはそんなもの無かったんじゃが!? 17歳ん時に封印されて、それから450年経ったから今は……467歳! 成人じゃ! 大成人じゃ! バカバカバカバカバカー!」




 かつて世界征服を掲げ、あまねく国々に宣戦布告を叩きつけた恐るべき魔族の長、魔王メテラナは450年の封印の末、この世に再臨していた。

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