17.竜の姉妹、ドラゴン・シスター
草原に横たわる、巨大な“人食い竜”の死骸。その見た目に反して、早々と討伐されたドラゴンもどき。多くの騎士や傭兵達が、物珍しさからか、その死体を取り囲んでいる。
この場に居る殆どの者の注目が“まがい物の竜”に集まっていた、ということもあり……誰も……気づかなかった。
ドラゴンを打ち倒した者が、冒険者へ剣を向けている、ということなど。
「……いきなりご挨拶だな」
冗談めかしてそう言うジーク。だが、竜を倒した存在……“ティアマト”は眉一つ動かさずに男を見る。
“
バハムート……ドラゴン少女は“姉”であるはずなのだが……それに似ず、ジークに対しては敵対的だ。
「やめぬか! ティアマト!」
少女は、ティアマトの行動を止めようとするが、
「なぜです? たかが“ヒト”でしょう?」 一人消えたところで変わりません」
「……あいにく、そやつは妾の友人でな。手をかけるならば、いくらお主といえど……」
語気を強めるドラゴン少女。もう一人の“竜”は、その少女の様子を見て……折れた。
「……分かりました。姉様がそう言うなら」
「……まったく、変わらぬな」
ティアマトは剣を鞘に収めた。幸いにも彼女は、バハムートの言うことには逆らえないようで、ジークはそっと胸を撫で下ろす。
……と。そうして緊張した空気が少しずつ元のものへと戻っていく中で、周囲の音も彼らの世界に戻ってきていた。
“人食い竜”の周囲に群がる者達は、一人残らず自分の見ているものが信じられない……といった顔つきをしている。無理も無い。
“ドラゴン”は、本来ならば、おとぎ話の中にしか存在しない。それが多少姿形に差異
はあれど、実際に現れたとなれば……。
「……な、なぁ」
「何です? 気安く話しかけないでもらえると助かるのですが」
「……悪い」
ティアマトは、バハムートの傍で周囲の様子を観察していた。彼女の予想では、更に魔物が襲ってくる……としていたが、実際にはそうはならなかった。
騎士達はのんきなもので、既にこの死体をどのようにして片付けるか、といったことを相談していた。……もちろん、騎士団長アーサーも加わって。
そんな中で、二匹目の竜に軽くあしらわれるジークが、彼女へと問いを投げかける。
「……こいつは、本当に“竜”なのか?」
そう冒険者が指し示すのは、ドラゴン少女……ではなく、倒れる“人食い竜”だ。確かに翼は無い。けれど、進化の過程でそうなった竜も居るかもしれない。
そんなジークの考えは、すぐにティアマトに否定される。
「“竜”に見えますの? こんな“物”が」
そう言う彼女の口ぶりには、明らかに人食い竜の存在を軽蔑するような雰囲気が込められていた。
「嫌になりますわ。こんな存在を……竜と呼ぶ者が居る事実に」
「……じゃあ、コイツは何なんだ? 竜でもない、けれど姿は
竜で無い竜の存在に対する疑問という、もっともなジークの問い。彼らの周囲には、報酬金の支払い待ちの傭兵や、後始末をする騎士が居るが……まるでこの場所だけ、別の時が流れているかのようだ。
「おおかた、“魔物”でしょう。こんな悪趣味なことをする輩は、彼らだけですよ」
「……妾も、同じ意見じゃ」
と、そこまで沈黙を守っていたドラゴン少女が口を開いた。地べたに座り込んで話の輪に入ってくる少女は、どこか遠い目をしながら言葉を紡ぎ始める。
「……かの者達は、かつて妾達と敵対していた仲。となれば……何をしても不思議では無い。敵の同胞の姿を模すなど容易いことであろう」
「……そうか」
竜と魔物の因縁。とはいえ、そう言われてもジークには何のことやらだ。そもそも、目の前に居る少女達は、確かに並外れた“力”を持っている。それは確かだ。
しかし、それが“竜”であるという証拠はどこにもない。彼女達の体は人間のそれと同様であるし、そこに角が生えているわけでもなければ、鱗を纏っているわけでもない。
言ってしまえば……今のジークに、“竜”がどう、といったことを信じる証拠が無いのだ。“魔物”ならばまだ理解できる。だが、一度も対峙したことのない存在を信じろ、というのも到底無理な話だ。
「そういえば、まだ言ってなかったな」
「……まだ、何か?」
うんざりとした様子のティアマト。だが、冒険者は構わず続ける。
「……ありがとな、ティアマト」
二匹目の竜は、てっきり色々言われるものと思っていたが……冒険者の口から発せられたのは、純粋な感謝の言葉。
状況を省みると、人食い竜討伐のため、冒険者達は自らの作戦を潰された格好になった。だが……犠牲が出るよりはよっぽど良い、ということなのだろう。
「……“そうですか”、と返したいところですが……」
そう言って彼女は、視線だけを冒険者の方へ向ける。
「ありがたく、受け取っておきますわ」
・
・
・
「なるほど。どうやら大変な目に遭われたようだ」
「……まぁ、そんなところだ」
そう話すのは、冒険者……ジークとアーサー。冒険者と“ティアマト”の邂逅から少し後……周辺の様子も落ち着いてきた時のころ。
ジークの姿を見かけた騎士団長が話しかけてきて今に至る。
というのも、バハムートとティアマトが少し離れた場所で話し込んでいるため……冒険者がなかなか帰れなかった、と言う背景がある。
「それにしても、お強い方ですね、彼女は」
「……まぁ、こっちも初対面だが」
「ふふっ。どうやらあなたは……不思議な“
柔らかな表情のアーサーがそう言う。
「……“縁”だって? あいにくそういうのは信じてないぞ」
「えぇ。見れば分かりますよ。そう顔に書いてあります」
「……何がだよ」
「“うさんくさいものは嫌いだ”とね」
当たらずも遠からず……と言いたげな表情にジークはなる。彼だって迷信を信じていないわけではない。
でなければ、きっと彼は、ドラゴン少女と行動を共にはしていないだろう。
「……おや、すみません。時間ですね」
「……あぁ」
「僕はこれで。あなたもどうか、お元気で」
そう言って、ジークはアーサーと別れる。“縁”。ジークとドラゴン少女を結ぶそれは、縁と呼ぶにはあまりに脆く、けれど強く結びつく矛盾したもの。
ただの祭壇で会った初対面同士にしては……出来過ぎている。完璧なまでに、竜の運命と人の運命が交わっている。
その、運命の交差点に──“ティアマト”という名の──新たな竜の影が見えていた。
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