15.いにしえの村
古代村。リーベからは少し離れた場所にある、少し特殊な村。“少し特殊な”というのは──この場所の持つ独特の雰囲気にある。
誰もが胸の奥に持つ……郷愁の思い。それを強く刺激してくる──牧歌的な村。それが──“古代村”だ。
だが、言ってしまえば……それだけ、とも言える。この村の産業は、昔ながらの何とか……というものもない。農作物を耕し、それをリーベに店を構える商人へと卸す。
ただ、どこか厳かな雰囲気を持っているためか……旅人達が寄りつかないのは確か。
「難儀なものじゃのう」
そんな村に訪れた旅人が二人。ジークと……自称ドラゴンのバハムート。当然と言っては何だが……住民から歓迎を受けることはなかった。
それどころか、二人に向けられるのは……懐疑の視線。
「怪しまれてるな。お前が」
「面白い冗談を言うな? この容姿端麗な妾が不審者に見えるというのか?」
「……自分で言うか、それを」
ふんっ、と鼻を伸ばす竜娘。少女の様子は普段と変わらないものへと戻っていた。冒険者が胸を撫で下ろすべきか、いやそうではないのかと決めあぐねているうちに、横に居る少女が口を開く。
「ジーク。お主は何か情報を持っておらぬのか」
「……そうだなぁ」
など言いつつも……ジークの頭の中には“あること”が浮かんでいた。それは……ヴァリアで新進気鋭の冒険者だった頃の、古い記憶だ。
──ある旅人が言った。“古代村にはもう行きたくないね”と。その言葉も、酒場という場所では誰の発言か判別することはできない。
続けて……その村に関する話題が続く。“あそこは気味が悪いからな”。仲間だろうか──おぼろげなジークの記憶の中で、誰かが言葉を返す。
気味が悪い。そんな事を言われれば、誰でもこう返したくなるものだ。“なぜだ?”。更に誰かが返す。──“古代村には竜が眠ってるんだ。おとぎ話の存在がな”……と。
「……」
遠い記憶を辿っていたジークは、その足を止めて現実へと戻ってきた。そう、この男は聞いたことがあるのだ。
“古代村”と“竜”。一見するとつながりの無い“点”をつなぐ“線”の情報を。
「“竜のうわさ”、だ」
「……何じゃと?」
冒険者の言葉を聞いたドラゴン少女は──考え込むような動きをする。
「……じゃが……」
顎に手を当てたまま、ああでも無い、こうでも無いと呟く少女。そのどことなく真剣な様子を察して茶々を入れるのを辞めるジークだったが……。
「……もうよい。ここで考えていたところで分からぬ。ゆくぞ」
「……おい。大丈夫かよ」
冒険者が心配するのも無理の無い話で……この二人の存在は、どうやら“古代村”に歓迎されておらず、するつもりもないらしい。というのは、離れた場所から様子をうかがう村人達の冷たい視線を見れば明らかだ。
おまけに、“人食い竜”が出た後で……村全体の空気も張り詰めているような気さえする。どれだけ空気の読めないヤツでも、足を踏み入れるのを躊躇するレベルだ。だがあいにく──。
「──皆の者っ! 妾達は“人食い竜”を追っておる! “竜”について知識のあるものは手を貸してくれぬかっ!」
そんな──小動物が聞いたら逃げ出しそうなほどの大きな声が、静かな村に響いた。村人たちも流石に驚いたのか……ぎょっとした眼差しで“少女”を見ていた。
そう……場の空気なんてお構いなしの、マイペースドラゴンを。
「お、おいっ! お前っ!」
「どうじゃっ! 誰かおらぬのかっ!」
慌てて口を遮ろうとするジークの手を払いのけてバハムートは続けた。それでも動かない人々だったが……。
「──知っていますよ」
黙りこくる聴衆の中から……優しげな女性の声が聞こえてきた。周囲にできた人だかりから、その姿を現す。
「おお、感謝するぞ」
「……すみません、何か、礼儀を欠いてしまって」
喜ぶ少女の横で謝るジーク。しかし、申し訳なさそうにするその様子を、その──年を召した女性は気にしていないようだった。
「いえいえ。型破りなのは……嫌いでは無いですよ」
そう言って、その女性は周囲の人だかりをばらけさせる。まさに“鶴の一声”とも言うべきところで、女性の声に村人達は一斉に従い、元の生活に戻っていく。
そんな……ある意味で統率の取れた動きに感服する二人。
「お、俺はジーク。冒険者です。こっちが……」
「妾か? 妾は──」
そこまで言って──女性が言葉を遮るようにして口を開いた。
「ここから先は、わたくしの家で。……参りましょうか」
・
・
・
「……冗談だろ」
古代村にある、少し大きな家。周りのそれよりも一回りほど大きなその中で……ジークは困惑していた。
もちろん、自身が今置かれている状況に対してもそうだが……それ以上に。
「本当のことです。──バハムート様をお待ちしておりました」
二人を案内した女性──“古代村”の村長が発した言葉に対する驚きだ。彼女は、ドラゴン少女に深々と頭を下げる。
「……何じゃ。やめてくれ。こういうのには慣れておらぬ」
「分かりました。バハムート様」
「……むずがゆいぞ」
家屋の中でもてなされる二人。ドラゴン少女は、他人にかしこまれるのが好きでは無いのか、どこかばつの悪そうな表情だ。
「……聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
ジークの頭の中には、山ほど疑問が浮かんでいた。古代村に関してのこと。ドラゴン少女に関してのこと。そして──なぜ“村長”がドラゴンを知っているのか、ということ。
「……竜についてだ」
「そういえば……“人食い竜”をお探しなのですね?」
「……それも知りたいが……なぜあなたが、ドラゴンについての知識を?」
村長は、ジークと少女と三人で囲んでいるテーブルに手を乗せて、握る。
「それは──」
そう、彼女が続けようとした瞬間のことだった。
「──っ!」
──突如、村に轟音が鳴り響く。まるで大砲でも撃たれたかのような、鈍い音。その音を聞いたジークと少女はその場から立ち上がり、外へ出ようとするが……。
「お、お待ちください! あれが……”あれ”が、また訪れたのです」
村長が、そんな二人を引き留める。“あれ”が何を指しているのか、それはジーク達にも分かっていた。
──人食い竜。“竜の謎”に迫る鍵。それが再び、古代村の近辺に姿を現した。
心配そうな顔で村長は二人を見るが……それでも彼らのやることは変わらない。“人食い竜”が何者であるのかを知る──ただのそのために、大地が揺れ、空気が震える“竜”の元へと──向かっていくのだった。
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