第49話 生意気な妹
何もかも最悪だった日々は唐突に終わりを告げた。
「は……?ここどこ?」
家にも学校にも居場所がなく、何処か遠くに行きたいと願っていた記憶はある。夜が更けて仕方なく家へと向かっていたはずなのに、気づけば森のような場所に立っていた。
呆然とする菜々花を発見したのは、外国人のような顔立ちの男だが話が通じたので最初は夢だと思ったものの、一向に覚める様子がない。
色々な質問をされるうちに徐々に不審者扱いされたが、目つきが鋭いイケメンが現れてから風向きが変わった。
「んー、ちょっと姫さんに似てるような……。嬢ちゃん、左右の瞳の色が違う血縁者とかいないか?」
「……透花のこと?」
訳の分からない状況で何か役に立つのならと名前を出せば、驚くべき話を聞かされた。
透花はこの世界で特別な存在である御子であるというのだ。あんな役立たずの誰からも嫌われている透花が御子だなんてあり得ない。
菜々花は心の中で嘲笑したが、大人しく頷くに留めておいた。
使えそうだと判断し姉であることを告げれば、丁重にもてなされるようになった。ザイフリートと名乗ったワイルド系イケメンの好意を得るべく積極的にアプローチをしたものの、反応は芳しくない。
それから数日後、別の国に連れて来られたナナカは信じられない光景を目にした。
あの透花がまるでお姫様のようにザイフリートとフィルにちやほやされている。高位の魔術師や第一王子という優良物件に傅かれるのは透花ではなく菜々花でなくてはおかしいではないか。いつものように可憐で健気な少女を演じているのに、彼らの表情は変わることもなくその視線は透花に向けられていた。
(そんなの許せるはずがないじゃない……!)
百歩譲って透花が御子だと言うのなら、当然自分もそうであると菜々花は信じて疑わなかった。
そもそも異世界に呼ばれるぐらいなのだから、自分は特別な人間なのだ。
御子であることはすぐには分からなかったが、それは神官の能力不足のせいだろう。一応賓客としての扱いは受けていたが、御子である透花の方が立場的に優遇されていることが不愉快で堪らない。
先に知り合ったのは透花の方だとしても、自分のほうが優れているのだ。そう思って愛想よく話しかけながらそれとなく透花を下げているというのに、王子は菜々花に見向きもしないどころか透花に甲斐甲斐しく付き従っている。
『トーカ様の瞳はどんな宝石よりも美しいと言うのに、それを貶めるとは僻んでいるとしか思えませんね』
透花の元友人の言葉が甦る。
『あんたは昔から透花が羨ましかったんでしょ?あの子の綺麗な瞳は自分にはないものだから』
あんな気味の悪い目を羨ましいなどと思うわけがない。
以前はびくびくと様子を窺っていた透花も何を勘違いしたのかまっすぐに菜々花を見て偉そうに反論してくることも不愉快だった。
(透花の分際で、生意気なのよ!)
見学を名目に透花を呼びつけ、周囲から見えないように爪を立てれば文句は上がらなかった。
やはり躾には多少の痛みが必要らしい。
実のところ綺麗な顔だが融通の利かない王子様よりも、快活で少し腹黒そうなザイフリートのほうが好みとはいえ、まずは王子様を手に入れる方が先決だ。
随分と透花が懐いているようだし、もしかしたら身の程知らずに恋心すら抱いているのかもしれない。そんなフィルが菜々花を選べば、どれだけ落ち込むか考えると溜飲が下がる。
(御子になればフィル王子との接点も増えるし、そうすれば時間の問題よね)
そんな菜々花の予想は半分だけ当たった。
「本当っ、腹が立つわね!透花なんかのどこがいいのよ!」
御子という立場を手に入れた今、何の問題がないはずなのにフィルは一定の距離感を崩さない。表立って行動に移さないものの、透花のために色々と手を尽くしている。
趣味が悪いとしか言いようがないが、それでも諦めないのは菜々花のプライドと自分の立場を確固としたものにするためだ。
苛々する菜々花の下に侍女が書状を運んできた。
とある泉の浄化を行うための遠征の依頼だ。菜々花を透花から引き離すことが狙いなのだろうが、同行する人員の中にフィルの名前も入っている。
(既成事実を作る好機かもしれないわね)
王城内では難しいが、旅先であればそういう状況を作りやすいだろう。
「あ、いいことを思いついたわ」
楽しそうな笑みを浮かべた菜々花は、御子としてのお願い事をするために侍女を呼び寄せたのだった。
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