第44話 可能性
フィルと菜々花の姿に身体が強張りかけたが、フィルは透花に視線を向けたまま菜々花を振り払い、すぐさま駆け寄ってきた。
「トーカ様、お加減はいかがですか?ザイフリート殿、トーカ様は体調が優れないとお伝えたはずですが、何故貴方がトーカ様と一緒にいるんです?部屋で休むとおっしゃっていたのに、まさか不作法にもトーカ様のお部屋に押しかけたのではないでしょうね?」
真摯な眼差しで透花を案じながらも、冷ややかな口調でリトを睨むという器用な態度を取るフィルに、透花は転移直後に感じた不安が解けていくのを感じた。
「フィル様、もう大丈夫です。ご心配かけて申し訳ございません」
「姫さんが心配だったから見舞いにな。せっかく来たのに顔も見られないなんて寂しいだろう?」
リトの言葉に剣呑な表情を浮かべたまま、フィルは透花を抱き寄せた。
「フィ、フィル様?!」
「ご無理をなさっていませんか?お加減が優れなければお部屋までお連れいたします。トーカ様は何もご心配なさらなくて大丈夫ですから」
(あ……)
抱き寄せられたことで、いつの間にか菜々花が視界に入らないよう身体の向きが変わっている。菜々花の名前を聞いただけで、過剰な反応を見せた透花を気遣ってくれているのだろう。
「透花!」
菜々花の声に肩が震えるのは反射的なものだったが、透花を護るように背中に手を添えていたフィルの表情が一層険しさを増した。
「ひどいわ……。せっかく会えたのに無視するなんて。昔から私のことを嫌っていたから仕方ないけど、双子の姉妹なのに……」
弱々しい言葉は普段の菜々花からは考えられないことだ。嫌っていたのは菜々花のほうだと思うものの、突然知らない世界で頼る人もいない状態で菜々花も不安を感じているのかもしれない。
振りむこうとした透花だが、背中にまわされた腕に力が込められる。当惑してフィルの顔を見ると、にっこりと笑顔を向けられた。
「御子様の姉君もお加減が優れないのではありませんか?先ほども足元がふらついてフィル様にもたれかかっておりましたし、部屋を用意しましたのでどうかそちらでお休みください」
淡々としたジョナスの声だが、どこかいつもより不機嫌そうに聞こえるのは気のせいだろうか。
「いえ、私は大丈夫です。透花、フィル様にご迷惑をおかけしては駄目よ。そうやって相手の気を引いて我儘を言うのはいい加減やめなさいね。フィル様、申し訳ございません。妹は思い込みが激しくて――」
「迷惑だなんてとんでもない。もっと我儘を言ってくれればいいのにと思っているぐらいですよ。それよりも許可を得ずに王族または王族相当の相手に触れることは不敬になりますが、本当に体調不良ではないのですか?」
菜々花の言葉を遮って告げるフィルの顔は笑顔を保っているものの、その口調は好意的とは言い難い。抱き合ってきたわけではなく、菜々花が抱きついた形だったと分かりほっとすると同時に何故か落ち着かなくなる。
(腕の中に閉じ込められているだけとはいえ、菜々花から見たら抱き合っているように見えるのでは……?)
大切にされているようで嬉しい反面、菜々花を不快にさせることへの不安がよぎる。
「……せっかく妹と会えたので話をしたかったのですが、無理をしてご迷惑をかけてはいけませんね。お言葉に甘えて休ませていただきます」
残念そうに告げる菜々花の言葉に、ジョナスが案内するよう指示を出す声が聞こえる。扉の開閉音が聞こえると、小さな溜息とともに腕が解かれた。
「トーカ様、ザイフリート殿が来た時点で室内に騎士を配置すべきでした。対応が遅れて申し訳ございません」
「騎士の方たちは駆け付けてくれましたし、普通は転移で部屋に来たりしないから仕方がないと思います」
「姫さんも王子様もひどくないか。結果オーライだろ?」
混ぜ返すリトにフィルが冷ややかな眼差しを送る。確かにその通りではあるのだが、やり方に問題があるため胸を張って言うことではない。
一触即発な雰囲気に透花は慌てて言葉を続けた。
「私が最初から来ていれば済んだことなのにお手数おかけしました。先ほどの女性は双子の姉の菜々花で間違いありません。フィル様、菜々花も御子なのですか?」
「それが……今のところは判断がつかないんだ」
眉を下げながらフィルが告げたことを受けて、説明してくれたのはジョナスだった。
「ナナカ殿に御子の特徴は見られないのですが、彼女からは何故か御子の力を感じるのです。魔力の気配が薄く欠乏状態の可能性もあるため、現時点では判じかねております。力不足で申し訳ございません」
透花もこの世界に来たばかりの頃は魔力が欠乏状態だったが、祈りの間に現れたことと御子の特徴を持っていたことで御子であることに疑いようはなかった。
「過去の記録には御子が現れるのはハウゼンヒルト神聖国内で、祈りの間が整えられてからはその場所以外に御子が現れたという記述はございません。ただ可能性がゼロでない以上は、しばらく様子を見る必要があるかと」
過去に例がないからと言って御子の可能性がある菜々花を放置できないことは、透花にも理解できた。それにこの世界で身寄りがない菜々花を一人にするのは、どこか後ろめたかったので良かったと安堵する気持ちのほうが強い。
だがフィルは固い表情を崩さず、申し訳なさそうに透花に告げた。
「トーカ、ごめんね。彼女は王城預かりにするし顔を合わせる機会はほぼないと思う。もしどうしても必要な時は、必ず僕が側にいるから」
「最初に聞いた時は動揺したけど、もう大丈夫だよ。菜々花ともちゃんと話してみたいと思う」
菜々花に対する苦手意識や不安は残っているが、それでもたった一人の姉なのだ。環境が変わり、御子について説明を受けたのなら、菜々花の心境にも変化があったかもしれない。
だから透花は笑顔でそう伝えたのだが、フィルは困ったように微笑んで頭を撫でた。
(あ、これは納得してない顔だ)
こういう時のフィルはいつもより輪をかけて過保護で、家族だからという理由ではフィルを説得できない気がする。
「トーカは彼女の名前を聞いただけであんなに青ざめていたじゃないか。無理に会う必要もないし、あまり精神的な負担を掛けると御子の力にも影響が出るからね」
そう言われてしまえば、菜々花に会いたいというのは透花の我儘に過ぎず反論が出来ない。
「ほう、第一王子風情が御子に指図するとは随分と偉そうだな?」
リトの存在を忘れていたわけではないが、フィルとの会話に気を取られてついそちらに注意を向けていなかった。
「トーカ様のご様子と過去の状況を鑑みて、彼女はトーカ様に害を為す可能性が高い。そんな相手との関わりを極力減らすのは当然でしょう」
対外的な口調に戻したフィルは冷静に答えたように見えたが、どこか苦々しい表情を浮かべている。
「臣下としても、それ以外の関係性であったとしても、御子の力を理由に相手の行動を制限するのはどうだろうな。大切にすることと過保護にすることは別物だ。姫さんの成長を妨げるなよ」
珍しく静かな口調で窘めるように告げるリトの言葉に、フィルは言葉が詰まらせた。
「フィー、菜々花とは確かに良い関係ではなかったけど、でもお互いに誤解していた部分もあると思うの。仲の良い姉妹になれなくても、このまま逃げ出したくはないよ」
気持ち悪いと蔑まれていた瞳は、あちらの世界では異端だったし両親の喧嘩の原因にもなっていたから、菜々花に疎まれても仕方がない部分はあったのだと思う。だけどここでは御子の証であり、フィルが褒めてくれたおかげで、今では恥ずかしく思うことも否定する気持ちはない。
菜々花の性格からして態度が一変することはないだろうが、それでもお互いに少しは歩み寄れたらと思うのだ。
不安そうな眼差しのフィルだったが、最終的には一人で会わないことを条件に承諾したのだった。
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