第43話 親和性

やっと自分を必要としてくれる居場所が出来たのに。

こんな自分を好きになってくれる人に出会えたのに。


ぽとり、ぽとりと悲しみが雫のように落ちて溜まっていく。身体に力が入らず、涙も出ないのはショックが強すぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。


(菜々花はきっとフィーを気に入るし、昔から御子を想っていたのならフィーもいつかは菜々花に惹かれるはず……)


きりきりと痛む胸に、息が詰まりそうになる。

その苦痛から目を逸らすように透花はこれからのことを思った。


御子でなかったのなら、透花に価値はない。フィルは追い出すような真似をしないだろうが、菜々花が透花の存在を容認しないだろう。

せめて透花が何かの役に立てることを示せたのなら、一考してくれるだろうか。


(あれ、でも御子の力は使えているんだよね?御子じゃなくても使えるのなら、役に立てる?)


菜々花が現れたことで御子は菜々花なのだと思い込んでいたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。冷静になって考えてみれば、透花を御子だと断言したのはジョナスであり、メグも御子の力を使えるように教師役を務めてくれた。


自分のことを信じられなくても、二人が透花を御子だと判断してくれたのだ。自分は偽者ではないかもしれないという気持ちが湧いてくる。


(御子って二人現れる場合もあるのかな?)


菜々花はいつも透花よりも優秀だったため、自分が御子であるならば菜々花もまた御子ではないかと透花は考えていた。いずれにせよ完全な偽者ではないと思うと、強張った身体が安堵に緩む。


(良かった。まだフィーの側にいられる)


そう考えて、先程の自分の態度を思い出して恥ずかしさのあまり悶えてしまった。菜々花の名前を聞いただけで硬直してしまったのだから、フィルもさぞ困惑したはずだ。


(フィーは菜々花と会ってるのかな……)


去り際の様子と御子に関してはフィルが最高責任者であることを考えれば、どう対応するにせよ直接話をする必要があるだろう。

同じ御子であれば、菜々花に比べて透花が劣って見えるのは仕方がない。そう思うものの菜々花に惹かれるフィルを思い浮かべれば、もやもやした気持ちが湧き上がる。


「……嫌だな」

「何が嫌なんだ?」


背後から聞こえた声に透花は飛び上がりそうなほど驚いた。


「リト!」


振り返れば、腕を組んでにやにやと人の悪い笑みを浮かべているリトが立っているではないか。

以前と変わらない様子にほっとしながら、透花はリトに駆け寄った。


「リト、また勝手に侵入したの?」


つい咎めるような口調になってしまったが、リトは気にした風もなくからりと告げる。


「今回はちゃんと許可を取ったさ。姫さんの部屋に来ることは言ってないけどな」


女性の部屋に無断で入ったことも、警備上の観点からも注意しなければならないのに、悪びれない態度がリトらしく、つい笑いを漏らしてしまった。


「ん、だいぶましな顔になったな。それで、何が嫌なんだ?あの過保護な王子様か?」


思わず零してしまった言葉にやけに食いついてくるリトだが、透花としてはあまり追及して欲しいことではない。


「リトが菜々花を連れて来たって聞いたけど、それは菜々花も御子だから?」

「俺には判断がつかなくてな。だからハウゼンヒルト神聖国に連れて来たんだ。御子に関してのこの国が最も知見が高いからな」


話を逸らすつもりで口にした質問だったが、意外な回答が返ってきた。高位の魔術師であれば簡単に分かるのだと思っていたが、そういうものではないらしい。


(でも、私のことは最初から御子だと分かって話しかけてきたような……)


透花の内心を読み取ったように、リトは言葉を続けた。


「姫さんの場合は、その瞳が何よりの証だったし、俺たちのような祝福持ちとは魔力の親和性から相性がいい。姫さんとは話して間違いないとは思ったが、同じ高位魔術師でもフィロガの魔術師みたいに馬が合わない奴もいるから、一概には言えないんだよな」


リトの説明に透花は腑に落ちるものがあった。リトを警戒せずに最初から気軽に話しかけることが出来たのは、どうやら親和性が高かったおかげらしい。


「リトは菜々花とどこで会ったの?」

「うちとこちらの国境辺りだ。何か変な女がいるって聞いて様子を見に行けば、姫さんと似た面立ちの女がいたからな。ちょっと探りを入れたらペラペラとよく喋って庇護を求めてきたんだが、あざとさが鼻についたからさっさと連れて来た」


菜々花らしい行動に、菜々花本人だという実感が湧いてくる。同時にまた心臓がきゅっと嫌な感じに苦しい。菜々花に対する不安からなのか、それともフィルにも同じ言動を取るのではないかという懸念からか。


「で、嫌なのはあの嬢ちゃんのことだな?姫さんと会わせるはずが、王子様は体調不良だと言って連れてこなかったから、俺から来たんだが」


身元確認であれば、透花が直接会えばすぐに済む話だったのに、透花が動揺してしまったことでフィルに気を遣わせ、リトにも手間を掛けさせてしまった。

謝罪の言葉を口にしかけた途端にノックの音が響き、時間を空けずに開いた扉に透花は目を丸くした。


「ザイフリート様、御子様から離れていただけますか。御子様、有事とは言えお騒がせいたしましたこと、お詫び申し上げます」


騎士二人を従えて部屋に入ってきた男性は、先日謝罪の際に顔を合わせた副騎士団長だった。鋭い視線をリトに向けながらも、透花に対して丁寧に断りを入れるのはパーティーの護衛の件をまだ気にしているせいだろうか。


「王子様の代わりに迎えに来ただけだ。そう目くじらを立てるな。姫さん、このまま引きこもったままでいるつもりか?」


軽い口調だが、ひやりとするような眼差しでリトは透花を観察している。フィルを過保護だと揶揄し、そんなフィルに甘えている透花を咎めている気がした。

菜々花に会うのは正直怖いし気は重いが、御子かどうかを差し置いても自分の家族をそのままにしてはおけない。


「菜々花に会うよ。あの、これから私の姉に会いに行っても大丈夫ですか?」


リトに宣言して、副団長に確認をしたところで後ろにぐいっと引っ張られた。


「こっちの方が早い」


どういう意味かと訊ねる前に目の前の風景が一変する。


「トーカ様!」


その声に顔を向ければ、驚きに目を瞠ったフィルと抱き合うように身を寄せた菜々花の姿があった。

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