第33話 最悪のタイミング

(転移か……。それが可能な魔術師など限られている。どれだけ優秀でも移動できる範囲は広くない。少なくとも王都内にはいるはずだ)


冷静に思考を組み立てこれからの指示を出さなければいけないのに、別の思考に心が揺れる。


(何故トーカを攫ったのか、彼女は怯えていないだろうか……それともこれは彼女の意思なのだろうか)


「フィル殿下、エリック殿下が温室で発見されたと報告がありました。何者かに襲われたと証言されております」

「っ、すぐに行く!それからロッティ子爵令嬢を足止めしていた令息を拘留してくれ。犯罪に関与した可能性がある」


(ジェラルド、ミケーレ、フィロガ辺りか……)


高位魔術師を抱える周辺国を思い浮かべる。高位の魔術師たちはその魔力量の多さから女神の祝福を受けた者として、特例扱いされていることが多い。

そんな彼らが女神の愛し子であるトーカを傷付けるとは思えなかったが、個人的な行動ではなく国の思惑も絡んでいれば相手がどう出るか分からない。


温室には副団長と数名の騎士が控えており、エリックの外見には目立った負傷は見当たらず安堵する。副団長が言葉を発する前にフィルは重大な事項を先に告げた。


「御子が黒装束の男に連れ去られた。エリック、不審者の特徴を報告してくれ」


無言の動揺が室内に走り、エリックも目を瞠ったがすぐに立て直して口を開いた。


「私が見た男も黒装束でした。金色の瞳と恐らくですが、暗い髪色だったかと思います」


フィルの脳裏に真っ先によぎったのは、ジェラルド帝国の筆頭魔術師であるザイフリートだ。偏屈な性格で自由を好み、公式行事などにはあまり姿を見せないため面識はないものの、風貌は一致している。


(……ザイフリート殿の目的は何だ?)


隣接しているジェラルド帝国とは良好な関係を築いている。突然現れて第二王子を昏倒させたばかりか御子を連れ去るなど、故意に関係を悪化させるためだとしか思えない。

たとえ人格に多少問題があっても、国の筆頭魔術師がそのような行動をするだろうか。


「街の警備体制を至急強化せよ。国境の閉鎖は不要だが、出国者には厳重な注意を払うよう通達を送れ。それからパーティーはこのまま続行し、参加者に不審な行動をする者がいればマークしろ。御子の誘拐については他言無用だ」


緊迫した空気が流れる中、指示を出せば騎士たちはすぐに動き出した。騎士を総動員して捜索に当たりたい気持ちはあるが、ザイフリートの目的が分からない以上、慎重に動かなければトーカの身を危険に晒してしまうかもしれない。


「兄上、私のせいで申し訳ございません」

「お前のせいじゃない。怪我がなくて何よりだ」


自分の代わりにデイジーとダンスを踊った結果、トーカの側を離れることになったことへの謝罪だろう。弟が無事であることに安堵しながらも、側にいなかった自分が腹立たしくて仕方がない。


(……人見知りなのにトーカはザイフリート殿に笑顔を見せていた)


そのことにショックを受けている自分に気づいて、唇を噛みしめる。今はそんなことを考えている場合ではないのに、その時の光景が頭から離れない。


「……エリック、後のことを頼めるか。トーカ様を探しに行く」

「落ち着いてください、兄上!御子様のことが心配なのは分かりますが、兄上が行けばその分護衛に人数を割くことになります。御子様の捜索は騎士たちに任せて陛下に報告に行きましょう」


エリックの言い分は尤もで、焦燥感と不安に押しつぶされてしまいそうだったフィルもようやくそのことに思い至った。

ジェラルド帝国が絡んでいる可能性が出てきた以上、外交問題として国王に報告しなければならない。


重苦しい雰囲気でパーティー会場へ向かうフィルの前に慌てた様子の騎士が駆け寄ってきた。


「フィル殿下!あの、御子様がお戻りになりました」

「は……っ、すぐに案内してくれ!」


都合の良い幻聴だろうかと疑ったのも束の間、騎士ににじり寄ったフィルは急いでトーカの下へと向かった。



「フィル様、心配かけてごめんなさい。皆様にもご迷惑をおかけして申し訳ござっ――」


恐縮したように頭を下げるトーカの言葉を遮って抱きしめた。胸や腕に伝わる温もりと微かな匂いは彼女がここにいることを実感させてくれる。


「未婚の女性に抱きつくなんて、王族にしては随分と不作法だな」


軽薄な口調の中に不快さを感じとって、トーカを腕の中に閉じ込めたまま視線を合わせた。


「大事な御子が拐かされて動揺してしまいました。ご容赦いただけますか、ザイフリート殿?」


無事に戻ってきたとはいえ、国の宝である御子を無断で連れ出したことには変わらない。冷ややかな態度になるのを抑えられなかった。


「リ……ザイフリート様、フィル様は心配してくださっただけです。意地悪なことを言わないでください」

「堅苦しい口調はよせと言っただろ、姫さん。戻さないとあの事王子様に言うぞ?」

「っ、もうしないって言ったのに!意地悪するならリトとは二度と口聞かないから」


気安い会話の応酬に、息が止まりそうになった。

トーカが自分に対してそんなに感情を露わにすることなどこれまでなかった。それなのに出会ったばかりのザイフリートに対しては、まるで友人のように遠慮のない言葉を掛けている。


「フィル様、勝手にいなくなってごめんなさい。リトもフィル様に謝って」

「警備が甘いほうが問題あるだろ。ああ、でも第二王子には謝っといてくれ。あんなところでサボっているのも悪いが、騒ぎになりそうだったからついな」

「リト、エリック様に何をしたの?!フィル様、エリック様は大丈夫ですか?……フィル様?」


心臓が、心が鋭い刃で斬りつけられたように痛い。桜の中でトーカの笑顔を見た時の感情、父上と母上の言葉、デイジーとの会話の断片がパズルのように組み立てられていく。


(僕はトーカが好きなのか……)


想いを自覚するには最悪のタイミングで、フィルは心配そうな表情のトーカに取り繕ったような笑みを返すことしか出来なかった。

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