第29話 消えた王子

一番緊張する挨拶を終えると、パーティーが始まった。


個別の挨拶は公爵家のみだが、両親よりも年上らしき人達に頭を下げられる中で、椅子に座ったまま対応することになっているため居心地は良くない。

身分差を明確にするためで、しかも会釈を返す程度に留める必要があるため相手からすれば何様なのだと言いたくなるだろう。


中には値踏みするような視線を向ける人もいたが、背後に控えているフィルが目を光らせているようで、すぐに取り繕うような笑みを向けられるので透花も同じように笑みを返しておく。

貴族の人たちって大変だなとそんな感想を抱いていたところ、フィルから声を掛けられた。


「トーカ様、これで終わりですのでいつ退席しても大丈夫ですよ」


とはいえパーティーは始まったばかりなのだ。主賓として招かれている以上、早々に立ち去ってしまえば不満があると捉え兼ねられない。


「フィル様、エリック殿下にご挨拶をしたいのですが」


フィルの弟であるエリックは先ほどまで王妃殿下の近くにいたが、いつの間にか姿が見えなくなっていた。まだ顔合わせを行っていなかったため、今日のパーティで挨拶をしておきたいと考えていたのだ。


「申し訳ございません。席を外してしまったようです。ファーストダンスが控えているというのに何処に行ってしまったのやら……」


最初は透花にも打診があったが、短期間でダンスまで身に付けるのは難しい。そのためエリックと婚約者である令嬢が踊ることになったようだ。


「ロッティ子爵令嬢とお話されますか?トーカ様の教師役であることは一部には知られておりますから問題ございませんよ」

「メグさんにご迷惑ではないでしょうか?」


お試し期間を経て正式な教育係となったメグの授業は分かりやすく、互いに打ち解けてくると同年代で似た者同士ということもあって話も合う。だが透花と同様にメグも注目を浴びることが苦手なのだ。


それを差し引いた上でも、子爵令嬢ということで軽んじられてしまわないように御子と良い関係を築いているところを見せたほうが今後のためになると言われて、メグのもとに向かうことにした。


「それにこの場に留まっていると、御子との繋がりを求めて他の貴族たちが挨拶に押し掛けかねませんからね」


王家主催のパーティーの場合、玉座にいる国王陛下や王妃殿下へ挨拶を許されている。御子に対しては公爵家のみ許可しているが、同じ場所にいれば声を掛けられる可能性もゼロではない。


「少し歩きますが、大丈夫ですか?」


初めて高さのある細いヒールを履いた時は足元が覚束ないほどだったが、だいぶ慣れた。子供のように両手を引かれて歩く練習をした時はかなり恥ずかしかったが、フィルがあまりにも真剣な表情をしていたことを思い出すと笑いが漏れる。


「はい、フィル様が付き合ってくれたおかげで大丈夫ですよ」


ゆっくりとエスコートされて歩きだすと、両端に自然と人が避けてくれる。注がれる視線には好意的なものもあれば冷ややかなものも含まれている。

だがフィルがずっと笑顔を向けながら透花を案じてくれていることが伝わってきたため、足が竦むことはない。

さらに悪感情を向けてくるのは若い令嬢が多いことに気づいてからは、むしろ納得する気持ちのほうが強くなった。


(フィーは……フィル様は素敵な方だもの)


この瞳に対する嫌悪ではなく嫉妬によるものなのだろう。そんな立場になるとは思ってもみなかったが、フィルにはまだ婚約者がいないと聞いている。王家主催のパーティーはそんなフィルとの接点を作る数少ない機会だというのに、その隣に透花が張り付いているため近づくことが出来ないようだ。


申し訳ない気持ちになりながらも歩を進めると、メグの姿が視界に入るがどうにも不穏な雰囲気である。メグの周囲にいる令嬢たちは微笑みを浮かべているものの、瞳には蔑むような色があり、メグ本人は俯いているのだ。


「メグさん!」


思いがけずに大きな声が出たが、顔を上げたメグの表情を見てそんな自分を褒めたくなった。


「こんばんは、ロッティ子爵令嬢。トーカ様が貴女にお会いしたいと仰っておりましたので、お連れしました」


笑顔のフィルだが、他の令嬢たちには目もくれずメグにだけ話しかけているのは故意なのだろう。透花が気づいたことをフィルが気づかないとは思えない。言外の牽制に周囲も察して令嬢たちと距離を取り始める。


「っ、フィル王子殿下におかれましては――」

「メグさん、一緒にあちらでお話しましょう」


自分も手助けをしようと声を掛けたところで、メグの対面にいた令嬢と言葉が被ってしまう。しまったと思ったが、フィルがにこやかにメグに声を掛けてその場を立ち去ることになった。

謝るタイミングすら逃して悪いことをしてしまったと告げれば、フィルは首を横に振った。


「いえ、あれが最善ですよ。トーカ様の御言葉を遮ってしまったら不敬になりましたが、ほぼ同時でしたし、トーカ様にも非はありませんからね」

「トーカ様、フィル殿下、お手数おかけして申し訳ございません。……助けてくれてありがとうございます」


真剣な表情が多いメグだが、含羞んだ表情が可愛らしい。灰色がかった青いドレスもよく似合っている。


「トーカ様のドレスも素敵です。フィル殿下と一緒にいると、とても……お、お色が映えますね!」


何故だか言葉を濁らせたように感じたが、褒めてもらえたことには違いなく透花はお礼を言った。


「トーカ様、何か軽食でも持ってまいりましょうか?それともご休憩されますか?」


爽やかな甘みの飲み物を取ってもらうと、フィルは何かと世話を焼こうとする。


「フィル様、大丈夫ですから」


第一王子を顎で使う御子だと認知されたくない透花は笑顔で断るものの、どこか不満げな顔をされた。


(このままだと目立つし、メグさんと一緒に休憩室で少しお喋りでもしようかな……)


そんなことを考えていると、鮮やかなエメラルドグリーンが視界に飛び込んできた。


「フィル様、こちらにいらっしゃったのですね」


嬉しそうに笑顔でフィルの袖を引く女性はとても可愛らしく、同性である透花も見惚れてしまうほどだ。彼女は透花のほうを見て深々と頭を下げると縋るような瞳でフィルを見つめた。


「どうかしましたか、デイジー嬢」


穏やかな笑顔で答えるフィルの声はどこか親密さを感じさせるもので、透花は何故か落ち着かない気持ちになった。

再び袖を引いた女性がフィルに耳打ちすると、少しだけ思案するような表情に変わる。


「トーカ様、少しよろしいですか」


専用の休憩室で透花は改めて紹介された女性は、エリックの婚約者であるデイジー・ベルーネ公爵令嬢でフィルにとっては再従妹に当たる。


「エリックが見当たらないそうなんです」


パーティーの直前に些細なことで喧嘩をしてしまったため、一緒に踊るのが嫌で逃げてしまったのではないかというのがデイジーの考えだった。


身分が高い者がファーストダンスを踊らなければ、それよりも下位の貴族が踊ることができない。側近や護衛含めて捜索している最中だが、時間が掛かりすぎている。そこでエリックの代わりにフィルに白羽の矢が立ったのだ。


「婚約者以外で踊れるのはフィル様だけですの」


婚約者の兄弟であるし、未婚の王族のパートナーとして公爵令嬢が相手を務めることはよくあることらしい。


「トーカ様のお側を離れるのは、好ましくないのですが……」

「私なら大丈夫ですよ。メグさんと一緒に待っていますね」


そう告げればフィルは困ったように眉を下げたまま、頷いた。

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