第26話 親近感

「お、おおお初にお目にかかります。ロッティ子爵家のメギュと申しましゅ!」


新しい教育係との顔合わせに緊張していた透花だったが、目の前の女性はそれ以上に緊張しているように見えた。二十歳になったばかりだそうで、年齢も近く背丈もほとんど変わらない。


「……えっと、メギュさん?」

「いえっ、メギュでしゅっ!ああああ、あの、御子様の、お好きなようにお呼びいただければもう、それでっ!」


慌てふためいた後に耐え切れなくなったのか、少女は顔を両手で覆って蹲ってしまった。呆気に取られてしまった透花は、珍しく困ったように額に手を当てているジョナスに視線を送る。


「いいから少し落ち着け。御子様、これはメグ・ロッティ子爵令嬢と言って文官見習いとして働いております。少しご面倒かもしれませんが、珍しい属性でして御子様に魔力操作をお教えするのには最適かと――」

「ジョナス様、やっぱり無理です!御子様のような高貴な方に私なんかが教えるなんて、緊張しすぎて、ううっ胃が……」


半泣き状態のメグに、透花は居たたまれなくなって声を掛けた。自分よりも緊張をしている相手を目の前にして、何とかしてあげたい気持ちになったのだ。


「あの、メグさん。無理を言ったみたいでごめんなさい。ジョナス先生、ご本人の意思を尊重してあげてくれませんか?魔石に魔力を込める練習なら一人でもできますし」


他に適任者がいないのであれば、それまでは自分でこつこつと練習すればいい。そんな軽い気持ちで発した言葉は、決然とした強い口調に遮られた。


「それは駄目です!」


予期せぬ声に、透花は最初誰の発したものなのか分からなかった。


「魔力操作が分からない状態で行えば、魔力を消費しすぎて欠乏状態に陥る可能性が高く、最悪魔力暴走にも繋がります。ご自身の力を把握されないうちにそのような行為は推奨いたしかねます」


緊張していたのが嘘のように真剣な表情で理路整然と話すメグに、透花は呆気に取られながらも頷いた。

メリルから出された課題がそんなに危ういものだったのかと思えばぞっとするし、フィルがあれほど憤っていたことも納得できる。


「ああっ、私ごときが御子様の御言葉を遮ってしまいました!も、申し訳ございませんっ!」


はっと気づいたようにまた必死で頭を下げているメグを見て、フィルも苦笑を浮かべていた。


「ジョナスが彼女を推薦した理由は分かったけど、確かに本人次第だね」


無理強いをしたくないのは本当だが、先程メグは透花の言葉に危惧を抱きしっかりと指摘をしてくれた。咄嗟に発した言葉からメグの責任感の強さや優しい人柄が伝わってくるようだ。

また身分の高い人に緊張する気持ちはよく分かるため、この短時間で透花はメグに親近感すら抱いていた。


「メグさん、私がいた国には身分制度がなくて、こちらに来てから突然御子だと敬われて戸惑いましたし、フィル様みたいな王子様と話すのもとても怖かったです」


透花の言葉にメグが僅かに頭を揺らした。人に自分の思いを伝えることは得意ではないが、少しでも伝われば嬉しい。


「だからメグさんが緊張してしまうことも、不安に感じてしまう気持ちもよく分かります」


御子教育が上手くいかなければ責められることもあるだろうし、何より国の危機に直結してしまうのだ。引き受けたいと思う人のほうが少ないだろう。

だがジョナスも無理やり連れてきたわけではないだろうし、一度は引き受けようと思ってくれたのならチャンスはあるかもしれない。


「でも、さっきみたいに駄目なことは駄目だと言ってくれたことも嬉しかったですし、メグさんみたいな人が教えてもらえたらと思ってしまいました。あの、お試し期間みたいな形でいいので、一週間だけでもお願いできませんか?」


透花から言えば命令になってしまうかもしれないと慎重に言葉を選ぶ。試用期間内であればお互い負担は少ないのではないだろうか。


「わ、私なんかで良いのですか……?その、もっと御子様に相応しい人がいると思うのですが……」

「はい、メグさんがいいです」


透花の言葉に顔を上げたメグは、ちらりとジョナスに視線を向ける。


「自分で選べ。俺や他の奴らを気にする必要はない」


再び透花に向きなおったメグは、もう視線を彷徨わせたりはしなかった。


「御子様のご期待に添えるよう、精一杯努めさせていただきます」


ほっと安堵した透花にジョナスが補足するように告げた。


「極端に自信がないところはありますが、真面目で努力家ですので御子様とも気が合うでしょう。――それと御子様、申し訳ありませんが主人に一言お声掛けをお願いできますか?」


隣を見ると何やらフィルが項垂れているではないか。

もしかして体調でも悪いのだろうかと心配になり、呼び掛けてみる。


「フィ、フィル様?」

「いえ、お気になさらないでください。……無遠慮に話しかけてトーカ様を怖がらせていたかと思うと、己の言動を悔やむばかりです」


自分の失言に気づいた透花が必死に弁解するが、時すでに遅し。

落ち込んだフィルが元通りになるまで、透花はかなりの時間を費やしたのだった。

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