第22話 招待状
手紙に目を通すフィルの表情が険しい。
(私にも関係があるらしいけど、ちょっと不安かも……)
落ち着かない気分でジョナスとフィルに視線を彷徨わせていると、ようやくフィルが顔を上げた。
「国王陛下ならびに王妃殿下からお茶会の招待状をお預かりしております。以前からトーカ様との面談を希望されておりましたので、お茶会はただの名目でしょう。お断りすることも可能ですが、いかがいたしますか?」
正直なところ身分の高い人に会うのは緊張するし、失態を晒してしまわないか不安だし、積極的に会いたいとは思わない。だが透花は御子としてお世話になっている立場なのだ。
フィルは断ることもできると言ってくれたが、それは流石に失礼だろう。
「お茶会はいつですか?」
「……明日の午後です」
一瞬聞き間違いだろうかと思ったが、フィルの苦々しい表情を見る限りそうではないようだ。そんなに急な話だとは思わず動揺してしまう透花を見て、フィルはジョナスに声を掛けた。
「日を改めると伝えてくれ。まだ心身の傷が癒えていないのに性急すぎるだろう」
「その場合は御子様に断りの手紙を書いていただかなくてはなりません。それから陛下からフィル様の判断ではなく、御子様のご意向を伺うようにと仰せつかっております」
そう言うと、ジョナスは問いかけるように透花に視線を送ってくる。挨拶の仕方や適切な作法、言葉遣いなど不安で頭がいっぱいになったが、断るのは失礼だと考えたばかりではないか。
「ご、ご招待をお受けします」
承諾の言葉に、ジョナスが少しだけ目元を緩めて頷いた。よくよく考えれば、ジョナスも国王とフィルの間で板挟み状態で辛かったのかもしれない。
「父上も母上も悪い人ではないのだけど、為政者の立場でもあるんだ。トーカにとって不愉快なことを言われるかもしれない」
申し訳なさそうに言われて、透花は首を横に振った。以前メリルからも言われたことだが、御子としての役目を果たしていない以上、快く思われてなくても仕方がない。
「フィー、それよりもちゃんとしたマナーが分からないから心配で……。付け焼き刃かもしれないけど、正しい挨拶やマナーを教えて欲しいの」
「トーカはこの国の王と同じ身分だからそんなに気にしなくて良いのだけど、トーカの不安が紛れるなら喜んで」
そうして透花はフィルとミレーからマナーを教わり、必死で頭と体に叩き込んだ。だがたった一日で大きな変化は期待できない。不格好だろうが恥ずかしがって何もしないほうが失礼に当たる。
緊張のあまり昼食は喉を通らなかったが、それを見越してかミレーが口当たりの良いスープや小さく切った果物などを準備してくれた。
王族とのお茶会とあっていつも以上に着飾るために、ミレーがリラという侍女を連れてきた。透花は大人しくしているだけだったが、終わった頃には二人とも疲弊しているものの、その顔には達成感のようなものが浮かんでいる。
「あの、綺麗にしてくれてありがとう」
メイクが濃いわけでもなくマナー程度だと聞いていたのに、鏡の中の自分はまるで別人のようだ。丁寧なマッサージや細かいケアを施してくれたおかげで顔色もいつより明るく見える。
「っ、お褒めに預かり光栄に存じます」
リラがびくっと身体を震わせたので間違った言葉を掛けてしまったのかと思ったが、頬を染めながら瞳を輝かせている。ミレーを見るとそっと首を横に振られたので大丈夫なようだ。
ノックの音に透花が振り返ると、フィルの姿が見えてすぐにドアが閉まった。
「え……あれ、今フィル様がいらっしゃった気が……?」
戸惑う透花にミレーが小さく溜息を吐き、リラもどこか呆れたような表情で扉の方を見つめている。
もう一度ドアが開き、気まずそうな表情でフィルが入ってきた。
まだ着替え中だと勘違いしたのだろうか。
「トーカ様、とても……お綺麗です」
「ミレーとリラが頑張ってくれたのですが……似合っていませんか?」
綺麗だと褒めてくれるのに、いつもより口調が固く目を合わせようとしない。これなら恥ずかしくない格好だと安心していただけに、不安が一気に高まっていく。
「っ、まさか!いつも以上に可愛らしくて、言葉を失ってしまいました。本当に……誰にも見せたくないな」
ぽつりと漏らした言葉は辛うじて聞き取れたが、可愛いのに見せたくないという心理がよく分からない。
ふわりとした白いドレスには花や植物の意匠が縫い込まれており、ところどころにあしらったフリルやリボンが軽やかに揺れている。紫を帯びたタンザナイトのネックレスはフィルが準備してくれたもので、鮮やかで深みのある青がドレスを一層可憐に見せていた。
「あの、別のドレスに着替えたほうがいいですか?」
「いえ、そのままで!ただ絶対に私の側から離れてはいけませんよ。……危ないですからね」
その言葉の意味をよく理解できなかったものの、着替えなくても大丈夫なようだ。二人が苦労して準備してくれたものが無駄にならずに済んだ安堵から、透花は大人しく頷いておいた。
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