第12話 不用意な発言
いくつかの店を回り、たくさんの食べ物を買い込んで訪れたのは小さなカフェだった。オーナーらしき人物はフィルを見ると頭を下げ、フィルはそのまま二階へと上がっていく。
「ここはミレーの従妹が経営している店で、街に来るときには部屋を貸してもらっているんです」
飲食店なのに食べ物を持ち込んで大丈夫なのかと心配していると、休憩で立ち寄る場所だと聞き、透花は胸を撫で下ろす。
飲み物だけ注文し、購入した食べ物を並べていくとあっという間にテーブルが埋まった。
「温かいうちにいただきましょう」
気を利かせたオーナーが持ってきてくれた皿に、フィルが全種類を少しずつ取り分けてくれる。
じゅわっと肉汁が溢れる香辛料の効いた串焼きや、チーズと野菜がたっぷり挟まったパン、旨味がつまったトマト煮込み、ぷりぷりとした蛸の揚げ物、ソーセージなど素材の旨味を生かした料理という気がする。
ふとフィルを見ると大きく口を開けてパンを咀嚼していて、そう言えばフィルときちんと食事を摂るのは初めてなのだと気づく。透花に付き合って口にすることはあるが、それでもこんな風に一緒に食事を摂ることはない。
(私が瞳を見られることを怖がったからだけど……)
いつもと交わす会話の量は変わらないのに、いつもよりも賑やかでほっとする。あれだけたくさんあった料理も、フィルがぺろりと平らげてしまった。
「普段の食事も好きですが、街に来るとつい串焼きには手を出してしまいます。トーカ様はどれがお好みでしたか?」
好きな物を探そうと言われていたことを思い出し、透花は少しだけ悩んだあとに答えた。
「どれも美味しかったですが、私はトマト煮込みが一番好きだなと思いました」
「旨味も栄養もたっぷりで美味しかったですね。冬はクリームの煮込みも出ますから、またその時期に参りましょう」
次の機会にと言われて、透花は少しそわそわした。フィルにとっては何の気なしに告げた言葉かもしれないしその場限りのことかもしれないが、まだここにいていいと言われた気がしたのだ。
「ちなみにここのアップルパイもお勧めなのですが、いかがですか?」
「はい、食べてみたいです」
透花の返事にフィルは嬉しそうに目を細めた。こちらに来た時は少し痩せ気味だったかもしれないが、三食おやつ付の生活で最近少し体重が気になっている。
せめておやつは我慢しようと思っているのだが、今日はたくさん歩いたからダイエットは明日からにしようと思う。
「トーカ様、この後はいかがいたしますか?」
いつもお世話になっているミレーとジョナスのためにプレゼントを買うことが、今日の透花の目的だった。それが無事終了した今、特に行きたい場所もない。
「特にありませんのでフィル様が行きたい場所がなければ、もうお城に戻っても良いですよ」
「……そう、ですか。ではデザートを頂いたら戻りましょう」
(あれ……?)
フィルの笑顔がどこかぎこちないが、何か変なことでも言っただろうか。自分の言葉を反芻しながら透花は考えた。
「フィル様、もしお邪魔でしたら私はここに残りますし、もしくは先に戻っても大丈夫です」
透花がいると行けない場所があるのかもしれない。そう思って告げれば、フィルはぎょっとしたような表情で、首を横に振った。
「そんな、トーカ様を邪魔に思うはずがありません!私のせいで気を遣わせてしまって、すみません」
申し訳なさそうに詫びるフィルだが、透花の視線を避けるように俯いてしまった。何が悪かったのか分からないが、透花の言動で不快に思わせてしまったに違いない。理由を知りたいと思うものの、余計に嫌われてしまったらと思うと怖くて言葉にできなかった。
運ばれてきたアップルパイは焼き立ての香りがして美味しそうなのに、食べる気にはならない。
「トーカ様、熱いのでお気をつけください」
透花が先に食べなければ、フィルも手を付けないだろう。気が進まないままに一口食べれば、美味しいはずなのによく味が分からない。
「……林檎がたっぷりで美味しいです」
「お口にあって何よりです」
困ったように微笑むフィルが気を遣われているのが分かる。笑顔を浮かべているはずだが、フィルやミレーは感情を読むのが上手いため見抜かれているのだろう。ベールを持ってくれば良かったと後悔しても遅い。
(どうして私はいつも台無しにしてしまうんだろう……)
この環境に慣れたことで勘違いをしていたのかもしれない。フィルが優しいのも、みんなが大切にしてくれるのも透花が御子だからだ。街に連れて出してくれたのも捗らない教育を進めるためで、内心空気を読まない透花に呆れているのかもしれない。
(弁えて、もっと頑張らなきゃ。でないと……)
胸がひやりとして、透花はそれ以上考えることを止めた。透花に出来ることは御子として役に立つことだけなのだ。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
義務的にアップルパイを口に運びながら、透花は自分の無能さを噛みしめていた。
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