第11話 街へのお出掛け

翌日、フィルはいつもと同じように透花の部屋を訪れた。

手紙をもらっていたため大丈夫だと思っていたものの、それでもやはり不安だったのだが、顔を合わせると気まずさよりも喜びのほうが勝った。

お互いに謝るのはなしにしようと手紙に記されていたため、喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込む。


「トーカ様、明日は街に出掛けてみませんか?」


この世界に来てから御子専用の住居エリア以外に出たことはない。人混みは怖いが、どんな場所なのか見てみたい気がする。

透花が興味を引かれたことに気づいたのか、フィルは机の上に地図を広げた。


「さほど広いわけではありませんが、いくつかの区画に分かれております。一緒にどこを回るか計画しましょう」


地図にはところどころに書き込みがあり、お店や観光情報などが記されていた。きっと気分転換のためにフィルが準備してくれたのだろう。

気に掛けてくれることが嬉しくて透花はお礼を言おうとしたが、ふと別の思考がよぎった。


(役に立たないからと思われてるかも……)


昨日の失敗で呆れてしまい、見限られたのではないだろうか。御子として置いておくことが出来ないから、街で暮らせという意味ではないか。


「トーカ様?」


固まってしまった透花を案じるようにフィルから声を掛けられて、透花は顔を上げた。

万が一そうだとしても、フィルならちゃんと説明してくれるはずだ。こんな後ろ向きな考えはフィルにも失礼だろう。


「いえ、何でもありません。……明日が楽しみです」


誤魔化すように言い添えて地図に目を落としたため、フィルが何かを考え込むような素振りを見せていたことに透花は気づかなかった。



いつもより簡素なワンピースの上に、フード付きのマントを羽織る。ベールをしていると逆に人目を引くため、深めのフードで瞳を隠すことになっていた。


「トーカ様、ご準備はよろしいでしょうか?」

「は……い」


声を掛けられ振り向いた透花はいつもと違うフィルの姿に言葉を失った。アッシュブロンドの髪は赤茶色に代わり、シンプルな服装と相まって親しみやすい雰囲気がある。

元々の高貴さは隠しようもないが、初見で王子だと見抜くのは難しいかもしれない。


「今日は貴族令嬢と護衛役という設定でお願いしますね」


透花とフィルの組み合わせではそれが一番違和感がなく、無難な関係性だと言われ、透花は素直に頷いた。


「ですので街ではフィルと呼び捨ててください。もしくはフィーでも良いですよ」

「え……」


予想外の事態に頭を悩ませることになった透花だった。


「トーカお嬢様、御手をどうぞ」


優雅な仕草で手を差し出すフィルは、どこか面白がるような目をしている。おこがましいやら申し訳ないやらで一杯だったが、背に腹は代えられないと透花も設定に従うことにした。


「……ありがとう、フィー」


これで良いのだろうかとフィルを見れば、満足そうな笑みが浮かんでいる。呼び方を変えただけなのに、いつもより近しい間柄のように思えてくるから不思議だ。

これはただの設定であって、他意などないのに――。


「それでは参りましょう」


自分を戒めるように言い聞かせていると、フィルが透花の手を取ったまま歩き出そうとする。


「フィルさ……、フィー!あの、一人で歩けますから」

「失礼しました。思ったよりも人通りが多いので、はぐれないようにと思いまして」


子供のようで恥ずかしいし、流石に設定としても無理がある。フィルもその点に思い至ったのか、すぐに手を離してくれた。


触れたところから伝わっていた温もりが消えて、少し寂しいような心許ないような感覚から透花は意識を逸らす。知らない場所だからと到着して早々不安を覚えるなんて、せっかく連れてきてくれたフィルに申し訳ない。


「フィーがいないとお店に辿り着けないし、ちゃんとフィーから目を離さないようにするね」


迷子になんてならないから安心して欲しいと告げれば、フィルの眼差しが柔らかくなる。


「ええ。私もお嬢様から目を離すつもりはありませんが、そうしていただけると嬉しいです」


若干子供扱いされているような気がしなくもないが、フィルに心配を掛けないのなら何よりだ。呼び方にも少し慣れ落ち着いてきた透花は、期待と不安でドキドキしながら最初の目的地に向かって歩き出した。


(どうしよう……たくさんあって選びきれないかも)


男性にとって女性の買い物に付き合わされるのは退屈だという。なるべく時間をかけずに済ませようと思っていたのに、色もデザインもどれにしようか迷ってしまうほど多い。


「フィー、ミレーさんの好きな色は知っている?」

「ミレーでしたら、こういう色が好きだと思いますよ」


迷惑そうな表情を見せず、フィルはヒヨコのような明るく柔らかな黄色のリボンを手渡してくれる。確かにいつも朗らかなミレーには良く似合う色だと感じた透花の目に留まったのは、クリーム色の生地にタンポポの刺繍が入ったハンカチだ。


ちらりとフィルを横目で窺えば、にっこりと笑顔を返してくれたので恐らく大丈夫だろう。貴族令嬢は自分で支払いなどしないそうなので、代わりにフィルがお会計をしてくれた。

次に向かったのは文房具屋さんで、ジョナスへのプレゼントとして梟の羽ペンを購入する。以前ペン先をよく使い潰してしまうとこぼしていたので、こちらはあまり迷わなかった。消耗品なので使ってもらいやすいだろう。


「お嬢様、このあたりで休憩いたしましょう。それとも早めのお昼にいたしますか?」


少し早い時間だが、お店が混まないうちに済ませたほうがいいかもしれない。辺りには屋台でも出ていて、食欲を誘う香りに意識が傾いた。


「トーカお嬢様は何が食べたいですか?」


そう聞かれて透花は戸惑った。いつもなら出される食事を美味しくいただくだけだが、何が食べたいかと問われると少し困る。


「よく分からないので、フィーが食べたいものがいいです」


好き嫌いがないのは選り好みが出来る環境ではなかったからだが、おかげで何でもおいしく食べることが出来る。きちんとした食事を摂れるだけで有難いのだ。


「……それでは屋台で色んなものを購入するので、トーカ様のお好きなものを探しましょう」


少しだけフィルの瞳が揺らいだような気がしたが、じっと見ているといつもと変わらない笑顔を浮かべている。どうやら気のせいだったようだと思った透花はそれ以上気にすることなく、フィルとともに屋台へと向かった。

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