顔の良い変人公女に救われたら人間やめていた件

篠見 雨

序章

序章 第1話 新緑の儀と出会い

 大陸中央の南部を広域に渡って支配下におく、多民族国家の大国【アマツハラ皇国】には、子供達の成長に感謝し、今後の健やかなる成長を祈るための伝統的な祭事がある。


 満5歳となる年を祝う【≪新緑の儀≫】が12月上旬、満10歳となる年を祝う【≪若木の儀≫】が12月中旬、満16歳の成人となる年を祝う【≪成木の儀≫】が12月下旬である。


 いずれも収穫期を終えた冬の祭事として、収穫祭と同様に身分や種族に関係なく親しまれている。貴族にとってはこの催しも一つの社交場であり、該当する年の子を持つ貴族達は【皇都カグツチ】の催事場で貴族同士の交流を図り、また子供達をお互いに紹介し合う。



 【エーギス】領の伯爵である【ヨハネス・フォン・アズライール】は星昌歴せいしょうれき865年の≪新緑の儀≫に、三男の【ユイエ・アズライール】を伴って出席していた。


 ユイエは母親似の整った顔立ちに金細工のような髪、翠玉すいぎょくのような瞳をした少年で、身体の線も細く、中性的な印象の少年である。


 皇都を中心とした皇領の東側に隣接するエーギス領は、東に行けば耳長族エルフの大公領【≪神樹の森≫】と接し、北部は農産物の豊かな、肥沃な大地を誇る【≪コーラント≫】領に繋がり、南部への移動にも難所のない交易路がつながる商業的な要所である。領都【≪ラグラッド≫】は【交易都市】とも呼ばれ、領土の規模に反して豊かで栄え、安定した統治が行われている。


「【ウェッジウルヴズ】大公閣下。お久しぶりでございます」

「おぉ、アズライール伯爵。今年の≪新緑の儀≫は卿も共に参加であったか。紹介しよう、うちの五人目の娘のアーデルフィアだ。少々変わったところもあるが、とても聡明な子だよ」


 ヨハネスが声を掛けたのは耳長族エルフの治める≪神樹の森≫の上位耳長族ハイ・エルフである大公【リオンゲート・フォン・ウェッジウルヴズ】であり、ヨハネスにとって寄親の関係にあたる大貴族である。

 紹介されたのは、リオンゲートの五番目の娘となる上位耳長族ハイ・エルフの第五公女【アーデルフィア】だった。アーデルフィアは綺麗なカーテシーで自己紹介をする。


「お初にお目にかかります。神樹の森大公リオンゲート・フォン・ウェッジウルヴズの五番目の娘、アーデルフィア・ウェッジウルヴズと申します」


 耳長族エルフらしい笹穂型の細長い耳、白磁器のような白い肌、白金細工のような編み込まれた髪、尖晶石のような美しい紫瞳。将来は傾城傾国の美貌に育つ事が約束された様な少女だった。


 アーデルフィアの自己紹介にユイエも右手を左胸に当てて一礼し、挨拶を返す。


「アーデルフィア公女殿下。はじめまして。エーギス領伯爵ヨハネス・フォン・アズライールの三男で、ユイエ・アズライールと申します」


 どちらも5歳児としては早熟な様子で名乗り合い、笑顔を見せ合う。


「お父様、アズライール伯爵。ユイエ様をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、子供同士仲を深めて来るがいい」

「ユイエ、アーデルフィア公女殿下に失礼のない様にな」


 アーデルフィアからの誘いで、子供だけで宴を回る事になり、アーデルフィアに手を引かれるままにユイエが後ろからついていく。


「付き合わせちゃって悪いわね、ユイエ君」

「いえ、大人同士の話しは退屈ですから。アーデルフィア様のお陰で助かりました」

「貴方、5歳の割にしっかりしてるのね。転生者かしら?」

「テンセイシャ?知らない言葉です。勉強不足ですみません」

「何でもないわ。気にしないで」


 アーデルフィアに連れられてテラス席に移動すると、給仕がお茶と焼き菓子を用意してくれた。

 お茶を頂きながら、アーデルフィアと話をする。


「この会場に来ている子供達は皆、私達の同年代。将来学園に通うなら同級生になるかもしれない子供達ね」

「そうですね。私も来週には5歳になりますし、学年単位では1つ上になる子供達も混ざっていますが、大体はそうなるかと思います」

「あら、おめでとう?そうなると、貴族としては交友関係を広めて友達を増やす種蒔きをするべきよね」

「そうですね。でも他の貴族の子供達をみても、そこまで意識している子はいないとおもいますよ?それに友達作りの練習と言われても良く分からないです。それに比べてアーデルフィア様はとても美人な上に話し易い。不思議な方ですね」

「あら、貴方も?私も同年代の子供達とは話が合わないし、友達作りの練習をしなさいって言われても面倒で仕方がないわ。その点、貴方は話し易いと感じていたのよ」


 曰く同年代とは話が合わない、感情のコントロールが利かない子供達の相手が面倒臭い、将来もこんな事で頭を悩ますと考えれば、社交界も仕事の内と言われても気が重くなる。


 お互い溜まった愚痴の話で盛り上がり、思いのほか楽しい時間を過ごせていた。


「私も、将来は社交界と無縁に生きていきたいなと思ってます。兄が二人いますので、家督を継がなくて良いと思うと、三男で良かったと感じています」

「分かるわ、私もそうだもの」


 アーデルフィアからみてもユイエは聡明な5歳児で、受け答えがしっかりしていて色々と共感できると感じていた。はきはきした受け答えをしていたユイエだったが、唐突に苦し気に顔を歪め、右手で心臓のあたりを押さえだした。


「んっ……。す、すみません、時折、心臓が痛むのです」

 ユイエが右手で心臓を押さえつつ、無理に笑顔を作ってみせる。

「心臓の痛み?それは怖いわね……。【≪鑑定≫】しても良いかしら?」


 アーデルフィアがユイエに問い、ユイエが首肯したのを確認すると、直ぐに≪鑑定≫を行う。【≪恩恵ギフト≫】と呼ばれる【≪異能≫】で、アーデルフィアの持つ異能の一つ、【≪解析者エリュシデータ≫】の特別製の≪鑑定≫能力を行使した。


「(身体的、魔力的、知性的にも極めて優秀……。貴族らしく顔立ちも整っているしこれは将来が楽しみな子ね。で、状態は……【≪魔力炉融解症≫】?)」


 アーデルフィアは初めてみる状態異常の名称に首を傾げ、≪魔力炉融解症≫について詳細を知るために、更に鑑定を重ねる。



≪魔力炉融解症≫

 身に宿す魔力マナに対して、魔力炉の強度が弱い場合に発症する事がある。魔力炉である心臓が負荷に耐えられず融解し、死に至る病。



「(え、死んじゃう系の病気?治療方法は?)」



≪魔力炉融解症の治療方法≫

 魔力マナを定期的に抜き取り続ける事で魔力炉への負荷を和らげ、延命が可能。

 根治には魔力炉の強度を上げる必要がある。



「(魔力炉の強度を上げる方法は?)」



≪魔力炉の強度を上げる方法≫

 魔力炉の霊的な移植により強化が可能。ドラグーン種、ドラゴン種、悪魔デーモン種、神獣ファンタズム種など、優秀な魔力炉を持つ種族の心臓を触媒として使用する。



「(どれも難易度高そうなんですけど。市場に出回る物かしら……?いやいや、それより先ずは対処療法を……)」


 アーデルフィアが席を立つとユイエの元に行き、その背中から心臓の裏あたりに手を当て、魔力マナ制御の応用でユイエの身体から魔力マナを抜き取った。


「……ありがとうございます。大分楽になってきました。何をされたんでしょうか?」


 ユイエがハンカチで汗を拭きつつ、申し訳なさげに感謝を述べた。


「ただのじっけ……ごほん。対処療法よ。君の魔力炉が君の魔力マナに耐えられず、魔力炉である心臓が壊れてしまう病気だと分かったの。心臓の痛みはそのせいね。それで、魔力マナ制御の応用でユイエ君の魔力マナを抜いて、魔力炉を落ち着かせたのよ」


 ユイエはその難しい説明を一時的な状態の緩和だと理解して、アーデルフィアの話しを聴く。


「分かるかな?君、このままだと死んじゃうよ?」


 難しい顔をした少女が少年にそう告げた。ユイエは何となくだが、そんな気はしていたために腑に落ちたという感覚を覚えた。


「ちゃんとした治療については、お父様達に話しをしないといけないわね。≪新緑の儀≫が終わったらお時間を貰えるように、お父様とアズライール伯爵にお話しをしてくるわ。ユイエ君はここで待っててね?」


「ちゃんとした治療ですか?治せるんでしょうか……?」


 ユイエは、ヨハネスとリオンゲートの元へと向かって行くアーデルフィアの後ろ姿を眺めていた。


「(なんだろう?大人の人と話しをしているみたいな……不思議な子だな)」


◆◆◆◆


 ≪新緑の儀≫の閉会後、アーデルフィアがリオンゲートとヨハネスをウェッジウルヴズ大公家の皇都別邸の応接室に呼び集め、ユイエの患いについて説明をおこなった。


「≪魔力炉融解症≫……。聞いたことがない病名です。≪魔力マナ欠乏症≫より珍しい病ではないでしょうか?アーデルフィア公女殿下はどうやってこの子がその病気だと見抜いたのですか?」


 ヨハネスがユイエの頭を一撫でして、難しい顔でアーデルフィアに訊ねた。


「私は≪鑑定≫に類する≪恩恵ギフト≫を持っています。心臓を押さえて苦しそうにしていたユイエ様の体調が心配になり、ユイエ様の許可を貰って≪鑑定≫させていただきました」


 ヨハネスはチラリとリオンゲートに目線を送ると、リオンゲートは大きく頷いた。


「アーデルフィアは≪恩恵ギフト≫持ちなのだ。あまり広めてくれるなよ?」


 リオンゲートの様子から信じてみるに値すると判断し、ヨハネスは首肯して返した。


「この子がそのような奇病だったとは……。アーデルフィア殿下に感謝を」


 ヨハネスはユイエが時折心臓を押さえて苦しそうにしている事は知っていたし、何度も教会や治療院で診て貰ったが、終ぞ病名すら知ることが出来なかった。それがアーデルフィアの≪恩恵ギフト≫で原因を知れた事に、感謝を述べる。


「アーデルフィア公女殿下が魔力マナ制御の応用で僕の魔力マナを操作してくれました。お陰で今は身体が楽になっています。改めて、ありがとうございました」


 アズライール家の親子が揃ってアーデルフィアに頭を下げ、感謝する。


「顔を上げて下さい。魔力マナ操作による状態の緩和は、あくまで一時的なものです。まだ治った訳ではありません」


 アーデルフィアは二人に顔を上げさせると、更に説明を続けた。


「それで、今後についてのご相談なのですが。皇都のウェッジウルヴズ家の屋敷にユイエ様を預けてくれませんか?私も皇都の屋敷に残って、ユイエ様の症状の緩和と根治を目指して実っ……研究させて下さい」


「教会と治療院では病名にも辿り着けませんでした。対処療法については猶更です。アズライール家としては、アーデルフィア殿下の申し出は大変ありがたいのですが……ウェッジウルヴズ大公閣下、如何でしょうか?」


 ヨハネスが≪神樹の森≫の大公、リオンゲートの反応を窺う。


「隣接するエーギス領との繋がりは大切にしたい。それにアーデルフィアが救いたいと言い、根治のための研究をしたいと言うのならば、アーデルフィアにはおおよその目途も立っているのだろう?であれば、ウェッジウルヴズ家としても否やはない」


 リオンゲートはアーデルフィアの頭を一撫でしつつそう見解を述べ、追加で条件を提示した。


「あ~、ただし先に契約魔法で契約書を用意しなさい。“アズライール家は治療の過程で起きた如何なる損害について、その責をウェッジウルヴズ家に問わないものとする。ウェッジウルヴズ家は治療において要したあらゆる労力や金銭に対して、アズライール家にその対価を求めないものとする”。この内容でどうだね?」


 リオンゲートがヨハネスに問うた。


「その内容での契約を承諾いたします」


 元々気付けていなかった死病に対する治療の申し出なのだ。その過程で命を落とそうが、その責をウェッジウルヴズ家に求めるようなつもりは端から無かった。

 ヨハネスが深く礼をすると、お互いに条件について合意した事を魔法契約書で同内容の書面を2枚作成する。1枚はアズライール伯爵家が保管し、もう1枚はウェッジエルヴズ大公家が保管する物となる。


「アズライール伯爵様、お父様、ありがとうございます。では、このまま私とユイエ様は皇都のウェッジウルヴズ家の屋敷に残ります。つきましては、家庭教師を皇都に回して頂くか、新しく雇い入れをお願いいたします。魔法は私がユイエ様で実……指導できますので、剣術と座学の先生を付けて頂ければと思います」


 大人達に物怖じせず要求を口にしては、テキパキと今後の処遇について取り決めを行っていく様子をみて、ユイエは素直にアーデルフィアを尊敬した。


「(アーデルフィア様。変わった人だとは聞いてたけど、何だかすごい人だな……)」


◆◆◆◆


 翌朝、ウェッジウルヴズ家の家紋の入った馬車がアズライール家の皇都別邸に迎えの馬車がやってきた。昨夜のうちに纏めておいた私物を詰めた鞄を馬車に載せると、見送りに出てきたヨハネスや使用人達にユイエが挨拶をする。


「父上、必ず病を克服して≪若木の儀≫にも≪成木の儀≫にも参加してみせます」

 ユイエが決意を込めた視線をヨハネスに向けると、ヨハネスは柔らかく笑い返した。

「良い決意だが、幸いなことに皇都とエーギス領は近い。皇都に用事ができる度にこちらから顔を出すつもりだよ。ウェッジウルヴズ大公閣下とアーデルフィア公女殿下の言う事を良く聞いて、しっかり療養しなさい」

「はい。分かりました。母上や皆への説明はよろしくお願いいたします。それでは、行って参ります」


 ユイエはヨハネスに一礼すると、迎えの馬車に乗り込んで行った。






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