鬼からも人からも恐れられる孤独な鬼が望む未来の話

すおう

第一話 阿弥陀如来の鬼の噂

注意書き



・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



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噂話


‘__ねぇねぇ、知ってるかい?あの鬼の噂’


‘あぁ、知ってるとも。阿弥陀如来の鬼だろう?’


‘そうそう。それと奇跡の子の話だよ’


‘なんだいそれ’


‘その阿弥陀如来の鬼ね、奇跡の子だったらしいよ’


‘それは本当かい? 奇跡の子ってことは産んだ親はどうなったんだい’


‘そりゃあ、処刑だろうさ。一族から鬼を出したんだからね、それもあの最悪の悪鬼を’


‘そりゃ可哀想な話だねぇ。でも人から鬼って生まれるのかい?’


‘そこなのよねぇ。謎なのよ’


‘ところでその鬼なんで阿弥陀如来の鬼って呼ばれてんだい?’


‘知らないのかい? 背中にね大きな阿弥陀如来が居るんだとよ’


‘居るって彫ってるってことかい?’


‘そうそう。不思議よねぇ、だって、阿弥陀如来は今を生きる人間のための神様だろう’


‘たしかにね、鬼は人間が嫌いで人間は鬼が嫌いなのにねぇ’


‘不思議な鬼が居たもんだねぇ’


‘それでも人喰い鬼である事に変わりはないんだろうけどさぁ’


そんな噂話が今日も囁かれる。
















 今の現代とも皆が知る歴史とも違う異国じみた日本の話。

 時は戦の時代。新しい時代が開かれようとしていた頃、大昔から続く鬼と人間の争い。だが人間の大群も鬼すらも圧倒する最強の悪鬼が現れた。


『阿弥陀如来の鬼』


 その鬼はこう呼ばれた。誰とも群れないし誰の言う事にも従わない。そんな鬼だった。











××時代 一八××年


「おい、まだ見つからんのか、あの鬼は」

 峰嗣みねつぐという男が血相を変えて本部に土足で上がってきた。その態度の大きさから怒りの具合が伺える。

「特攻隊、親衛隊が総力を上げて捜索していますが尻尾すら掴めませんッ」

 一人の平隊員は頭を下げながら切羽詰まった声で答えた。

「隊長達は一体何をしている!?」

 報告を受けて、峰嗣は更に怒気をあらわにした。

「隊長達も総動員で捜索しています!」


 ここ一週間、最悪の悪鬼。通称、阿弥陀如来アミダニョライの鬼の目撃情報が上がっている。毎晩5人以上の被害も出ている。それもどれも貴族ばかりが狙われた。そのためにも隊は総力を上げて捜索していた。

 未だに貴族制度などが残る世の中、その貴族が堕ちれば政治はたちまち凍りつき、国の運営は立ち行かなくなる。

 国は機能を無くして、死んでしまう。


「おいおい、そんな怒らんでもええよ。うちの隊がすぐ見つけるさかい」


 そこに態とらしく下手な関西弁を使う銀髪の若造が入ってきた。

「お前はッ、何故ここにいる? さっさとお前も探さんか!」

「そんな怒っとりますと血管爆発しますよぉ」

ニコニコしながら若造は言った。

 その一言でまた峰嗣の怒りはゲージを上げる。

 峰嗣は関西出身。それ故にこの組織に入ったばかりの頃はよく馬鹿にされていた過去を持っている。

「貴様! そんな無駄口叩くだけなら俺が今すぐ殺そうか!」


「…おい、お前誰に向かって口を聞いているか分かっているのか? お前如き俺の手にかかれば、苦しむ間もなくあの世行きだぞ?」

 そう言って若造はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「では、俺は行きますね」

 そう言って若造は部屋を出て行った。


 若造の特攻服の後ろには『遊撃隊隊長』と書かれていた。遊撃隊とは悪鬼討伐隊の中でも特別隊と呼ばれ、凄腕揃いの討伐数3桁以上のものが揃っている15人構成の隊で、その中でも上位5人はずば抜けて強い。

 その中の隊長とは、神道じんどう くゆるだ。

 悪鬼討伐数五〇一三。一夜にして三◯◯を討伐したと言う噂もある。


「うちのボスがドスを効かせて悪いねぇ」

 そう言いながら部屋に入ってきた日本人離れした風靡の女。


 長い髪を高いところで一つにくびり、腰の方には二刀の刀と二丁の銃。それらを踊るように楽しそうに使いこなすというのは有名な話だ。その姿を見たものは皆、彼女を戦場の女神という者もいるとか。

 乱燈らんとう 篠芽しのめ。悪鬼討伐数一〇一六。


 乱燈の後ろにいる3人は、右が双子の兄、羽堂うどう 未知瑠みちる、左が双子の弟、羽堂 まこと。羽堂兄弟2人合わせて討伐数一〇〇〇ぴったり。最高のコンビネーションを見せるという話は有名だ。


 もう1人は銀髪の長い髪が特徴で大振りな刀を使う、薬師寺やくしじ 一条いちじょう。性別不明、年齢不明、有名な釈迦一族と呼ばれる一族の生き残り薬師寺家の最後の子孫。討伐数ニ九八四。

 圧倒的強さを誇る遊撃隊。組織全体の鬼の討伐の九割はこの遊撃隊による功績だ。


「でもお前よりも隊長はずっと強い」

 薬師寺は表情一つ動かさず当たり前の様に言った。

「そうだね」

「うんうん。やっぱり薫はすごいよね」

 未知瑠は当然だろうと言うように肯定し、真は自慢げに頷いた。

「さぁさぁお喋りしている時間はないよ。ボスに置いていかれちまう」

 そう言って篠芽が3人を引き連れて出て行った。


 5人が向かう先は安楽と呼ばれる町の遊楽街と有名な場所。人の感情渦巻く謎が秘められた町。


 曰く、そこでは“安楽死”が出来るんだとか。

 曰く、それを商売にしているだとか。

 曰く、色々な趣味趣向に長けた娯楽があるとか。

 曰く、鬼と人が同族のように酒を交わす店があるとか。


 有り得ない絵空事の様な噂が後を立たなかった。そんな街が存在するならまさに理想の桃源郷だ。

 そわな曰くだらけの街を仕切っているのが、あの『阿弥陀如来の鬼』だと言う噂。

 それを確かめるために5人は街に行く。






 道中で篠芽は一つ質問をした。

「ところで、どうしてそんな街が長い事存在しながら調査もされないどころか、公にすらなっていないんだい?」

 篠芽は甚だ疑問だった。そんな街があるならとっくに調査は開始していただろうし。隠し通していたとしても、何故今更公になったのか。

「さあな。俺も最近知ったんでな。この情報の掴ませ方は態とらしいくらいだよ」

 あくまで薫の見解は、情報を掴んだのではなく、掴まされた。それもわざわざ鬼にとって一番厄介な遊撃隊に。

 遠征からの帰りに飛び込んできた情報だった。それが更に怪しさを感じた。態々遊撃隊が帰ってくるのに合わせて情報を流したのも、自分たちの耳に届くように流したのも。

「不気味な場所じゃないと良いね」

 未知瑠はそう溢した。






「ここが遊楽街…」

 初めて見るものに興味津々と言うように様に真は目を輝かせて呟いていた。未知瑠も同じ様に目を輝かせて見ている。

「アンタらは初めて見るもんねぇ」

 篠芽は少し笑いながら2人を見ている。

「姐さんは来たことあるの?」

 未知瑠は篠芽に聞いた。

「あぁ。数えきれないほどにね」

 その瞳は懐かしさと、ほんの少しの寂しさを秘めていた。

「私にとっても懐かしいよ」

 そう言ったのは意外にも一条だった。未知瑠と真の2人はさらに増えた一条の謎について首を傾げるだけだ。

「長く話している時間はないよ。もう時期日が沈む。この街が目を覚ます時間だ」

 薫はそう言っていつもの笑顔を浮かべている。


 遊楽街。夜になると本当の顔を見せる街。

 キラキラ輝く街に絡み合う想いはどんなものを見せるのだろうか。

 薫もまたやっと尻尾を出した“阿弥陀如来の 鬼”に会うのが楽しみなのだ。

 生きる伝説の鬼。


「楽しそうねアンタ」

 嫌味を溢した篠芽はジト目で薫を睨んだ。

「あぁ、楽しみで仕方ないよ。どんな鬼かな」

 篠芽の嫌味をもろともせず、薫は子供が遊ぶ約束を楽しみにするかの様に呟いた。

「お前の悪趣味に付き合うために来た訳じゃないからな」

 釘を刺す様に一条はそう言った。


 神道薫という男は100人中99人が、人の心がないイカれた野郎だと言うだろう。残りの1人くらいは薫の心の病気を心配して、精神疾患者と言ってくれると、前者の99人は信じるしかない。だがこの内の99人にも、残りの1人にも篠芽達は入っていないだろう。


 鬼と人は分かり合えなくても、どちらかが優位になって片方をコントロール下に置くのが薫の考えるコレからの世界だ。

 道徳的に考えれば間違っているが、どちらの種族もより長い時間存続させたいのなら、これが一番簡単な生戦略ではあるだろう。

 そして薫は自分達がいる限り近い未来、鬼をコントロール下に置けると自負している。

 ただ、阿弥陀如来の鬼だけが気がかりだった。大戦というデカい戦を、この鬼はたった一人で人間も鬼をも圧倒して終結にまで持っていった実績がある。

 人々は最悪の悪鬼だと言い、鬼達は血も涙もない悪魔だと言う。

 薫はやはり楽しみそうに歩き出して、その鬼の事を考えたのだ。











 どうして考えなかったのか。


 なぜ阿弥陀如来の鬼と呼ばれているのか。

 どうして同胞すらも敵に回すのか。

 どちらにも付かず、どちらにも深く関わらない理由は何か。

 どうして、考えなかったのだろう。と、薫達が後悔をするのは目前だ。











「薫、アンタは平和を望んでこの組織に入ったんじゃないの?」

 悪鬼討伐を目的とする組織。その実態は鬼に家族や親しい人を殺されて恨み続ける者。刀の才を認められてスカウトされた者。前者が圧倒的な数を占めている。それしかもう生きる術がないと言うように。

「平和? 本当にそれを望んでいる者がこの組織に入るとは考え難いな」

 薫は少し首を傾げた。それに篠芽も一条も首を傾げる。羽堂兄弟だけが興味を示していなかった。先の説明で言うなら羽堂兄弟は後者だからだ。

「どう言う事よ?」

「本当の平和って言うのは、生きている者全てにとっての平和だ。それは鬼にとってもね」

 その言葉に篠芽は少しだけ眉間に皺を寄せた。

「どう言う意味だ? まさか薫お前、鬼に肩入れするのか?」

 篠芽に続き一条も不満を隠しもしなかった。


 鬼に奪われたモノの多さを知っている。

 憎しみの炎に焼かれ、命を燃やしていった者達を知っている。

 鬼の惨さに嘆きながら殺されていった者達を知っている。

 その数多の散っていった命によって、己達に託されたモノの大きさと重さを知っている。

 要するに、鬼が憎いのだ。


「いや違うさ。正しさを追求した平和って言うのはそうなんだよ。でも鬼にも感情と知性がある。それなら鬼だって平和を望む。鬼にとってだけの平和をね。だが、どちらにとっても平和と言えるものなら簡単に作れるよ」


 涼しい顔で薫は言った。

 人間にとっての平和とは鬼の居ない世界。鬼にとっての平和とは人間の居ない世界。それは実現が難しい平和だ。どちらもタダでは妥協出来ないから。

 だけれどどちらにとっても平和な世界、というよりは平和と言える世界なら作れる。


「…どうやって?」

 篠芽は未だに眉間の皺を濃ゆくさせながら凄むように言った。


「共通の敵を作れば良い。例えば俺らが人間も鬼も見境なしに襲えば、きっとそのうち鬼と人間は手を組むさ」

 まぁそんな事、さらさらする気もないけど。と薫は非人道的な事を言った。


 それに篠芽と一条は押し黙った。

 薫の言っていることに納得はできないが、一理あるからだ。共通の敵を作ってしまえば残された2種族は手を組むだろう。そして和解していき、否。和解というよりは妥協していきながら、共にお互いの同胞を繁栄させていく。そんな平和な世の中が訪れるだろう。

「態々鬼如きの為に自分の命もみすみす差し出して、更には同胞をも敵に回すなど言語両断だ」

 一条が言った言葉に篠芽はやっと自分が薫の語る話に吸い込まれそうだったのだと気がついた。

「そうよ。人を…傷付けるなんて」

 篠芽もそう拍車をかけた。

「うんうん。そうだよね」

 そんな事を言いながら薫は2人のそれが優しさではなく甘さだと考えていた。


 本気で後世を思い、平和を作りたいならそうするのが一番手っ取り早い。そしてそれには犠牲も必要。大義を成し遂げる時、多くの犠牲が必要なのは必然の事。それを分かってはいながら、出来ないのは、それだけの覚悟と優しさと、愚かさを持っていなくてはいけないから。

 全てを捨ててでも平和と平穏を得るという決して折れない信念が必要だから。

 分かっていてしないのは単にそこに、優しさすらも覆い隠してしまうほどの憎しみと恨みがあるから。鬼が憎いという思いが人の中で強い限り、鬼のいない世を作ることこそが平和だと思い、終わりの見えないこの戦いに身を投げるしかない。沢山の犠牲の上に成り立っている絵空事の平穏を守る為に。

 互いの種族がどちらもそう思うなら、そりゃあ平和なんて訪れない。あるのは永遠に続く殺戮のみ。

 薫はそこまで理解していても尚、この組織に身を置くのだ。それも組織の中枢と言って良い遊撃隊に。











 会って、話して、訳を、歴史を、真実を、真意を、想いを、その全てを知っても尚、阿弥陀如来の鬼と関わってしまっても尚、彼等は鬼を狩り続けられるだろうか。

 彼らに阿弥陀如来の鬼の首は獲れるだろうか。




そう噂が囁かれる。











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奇跡の子。


 鬼と鬼以外の他種族との間に生まれる子供。

 本来鬼は鬼以外との間に子供は産めない。奇跡的に授かれたとしても生態が違いすぎるので母胎から栄養を補給できずに死産になる。

 だからそれでも生まれたその子供を『奇跡の子』と呼ぶ。

 鬼と、鬼以外の者の間に生まれた『奇跡の子』。


 そして、鬼と人の間にもし『奇跡の子』が生まれたなら、その子はサラブレッド《最高傑作》となる。


 鬼よりも強く、人よりも聡明な、青い瞳の子が生まれるのだと言われている。

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