第7話

 ︎︎……嫌われたかもしれない。

 昨日のことがあって、私はしろちゃんに話しかけられないでいた。

 しろちゃんはいつもと同じく、読書をしている。そこに立ち入ろうとする者はいない。

 彼女は遠い存在で、最初から手が届かない存在だったのだろう。近づけるなんて思ったことが、そもそもの間違いだった。

 だけどそれを認めてこのまま離れてしまったらきっと、もうしろちゃんには二度と近づけなくなってしまう。それだけは嫌だった。

 恋人にはなれなくてもいい。私はしろちゃんの傍にいたいんだ。

 私はようやく話しかける覚悟を決めた。覚悟を決めるのに放課後まで時間がかかってしまったけど。

「しろちゃん、その」

「なに?」

 ︎︎怒ってると思っていたから、返事が返ってきたことに安堵あんどする。

「怒ってる?」

「はぁ……まぁそうね」

 しろちゃんは溜息をつくと私から視線を逸らし、窓の外を見た。

 ︎︎やっぱり怒ってたぁぁぁー!! 

「ごめん! ︎︎その昨日のは違くて!!」

「ごめんなさい、違うの。言い方が悪かったわ。あなたじゃなくて自分に怒ってるのよ」

「え?」

 どうしてしろちゃんが自分に怒ってるのだろう? 悪いのは私の方なのに。

 拒絶する気なんてなかったけど、結果的そう見える行動をしてしまった。

 疑問に思っているとしろちゃんは周りを気にし始める。

「場所を変えましょう。ここは人がいるから、理由は帰り道で話すわ」

 人に聞かれたくない話なのだろうか。

 私は彼女の言葉にこくりと頷いた。





 しばらくはお互いに無言のままだった。

 しろちゃんが怒っている理由はすごく気になってるものの、私からはなにも話せない。

 もう少しで、別れ道だ。いつもここで私達はさよならをする。今日はもう話してくれないのかな? ……と不安に思ったところでしろちゃんが足を止める。

 彼女は息を吐くと、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。

「私は今までは誰かに触れたいなんて思ったことなくて……むしろベタベタされることは嫌いだった」

 それは知ってる。

『私、触られるの嫌いなの。だから近づかないで』最初にしろちゃんにそう言われてたから、私は自分から触れることはしなかった。

「だけどあんなこと言っておいて、あなたに触れたいなんて恥ずかしくて言えないじゃない。でもあなたが誰かと触れている姿を見ると羨ましいって思ってしまったの」

 羨ましい? スキンシップが苦手なしろちゃんが? 

「だからつい、触れてしまったの。私は自分がこんなに理性が効かない人間だとは思ってなかったのよ。こんなこと初めてよ……本当に恥ずかしい……」

 しろちゃんは恥ずかしそうに俯く。

 彼女の照れてる顔に目が離せなくて。彼女のすべてが愛おしくて。今すぐしろちゃんを抱きしめたい。

 ――好き。

 どうしようもなく、好きが溢れてしまう。

 この想いを秘めていればしろちゃんを傷つけない……今のままでいられる。だから隠そうと必死だった。

 でも本当に? 隠そうとするほど感情が暴走して、止められなくなっている。ならいっそ――

 私のそんな迷いは、しろちゃんの言葉によって無くなる。

「私は恥ずかしくて、あなたみたいに真っ直ぐ気持ちが伝えられないから。誤解させてごめんなさい」

 そう言われてハッと気づく。

 私が真っ直ぐに気持ちを伝えている? ……いや、全然伝えられてないじゃないか。

 私はしろちゃんを見ているだけじゃ嫌だった。近づきたいって思ったから、しろちゃんに話しかけたんだ。

 伝えることを怖がってるなんて、私らしくない。

 私はぎゅっと拳を握りしめ、真っ直ぐしろちゃんを見た。

「私はしろちゃんのことが好き。友達としてじゃなくて、恋愛感情の『好き』なんだ」

 しろちゃんは驚いたように目を見開く。私は言葉を続けた。

「困らせちゃうって分かってる。友達でもいいからって思ってた。だけどもう隠しておけないくらい! 好きなの!!」

「そう……」

 彼女は俯く。ああ、困らせてしまってる。伝えたことを後悔しそうになった。この場から逃げ出したい気持ちを必死に抑えて、この場に留まった。まだ伝えきれてないから。

「しろちゃんは恋人作る気ないことは知ってる。だからフラれる覚悟は出来てるんだ。でもしろちゃんが嫌じゃなければ、友達としてでいいから傍にいさせてほしい」

 これが私の気持ち全部だった。

 聞き終えたしろちゃんは分かりやすく動揺している。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ私は返事してない」

「そうだね、今じゃなくてもいいから返事聞かせてほしいな」

 ちゃんとフラれないと、友達には戻れない。

「今でいいわ。返事をさせて」

「分かった」

 しろちゃんは頭の中で言葉を考えているようで、黙り込む。やがて言葉が決まったのか、彼女は真剣な顔で私の目を見た。

 フラれるって分かっていても緊張する。

「ありがとう、あなたの気持ち嬉しいわ」

「うん」

「私も柚音のことが好き」

「うん……うん?」

「私とお付き合いしてください」

「え??」

 想定外の言葉が返ってきて混乱する。

 私はフラれる覚悟をしていたのだ。それが付き合う? どういうこと!?

「えっと、しろちゃんは私のことを友達として好きで、どこかへ付き合って欲しいってこと……?」

「違うわよ!? なにとぼけたこと言ってるの?」

「でもしろちゃん恋人作る気はないって言ってたよね?」

「柚音以外と恋人になる気はなかったの。まさかあなたも私のことが好きで、先に告白されるなんて思ってなかったけど」

 しれっとそんなことを言う。

「つまり私達、両想いってこと?」

「そういうことね」

 しろちゃんはあっさりと頷く。

「はぁぁぁぁ……」

 気が抜けてその場にしゃがみこむ。

 告白することを怖がってた自分が馬鹿らしい。

 だけどあのしろちゃんだよ? 私のことが好きなん思わないじゃん。そりゃ臆病になるよ。

「触れたいと思うのも、触れてほしいと思うのもあなただからよ」

 そんなことを言われたら、もう感情が溢れて止まらない。言葉だけでは伝えきれないこの想いを形にしたかった。

 だからつい言葉が漏れてしまう。

「キス……してもいいかな?」

 断られるかもしれない。そう思っても感情は抑えられなかった。

「ええ」

 私の心配は杞憂で、彼女は顔を真っ赤にしながら頷く。

「嫌じゃない?」

「嫌じゃない」

「本当にするよ? いいの?」

 不安になってしまう。私からしろちゃんに触れるのは初めてなんだ。

「そんなに不安にならなくても大丈夫よ」

 しろちゃんはくすりと笑うと、私の手をぎゅっと握りしめる。手から伝わる温もりが不安を吹き飛ばしてくれた。

 私はそっと右でしろちゃんの頬に触れた。

 ゆっくりと唇を重ねる。

 柔らかい。触れている部分が熱くて、でも離せなない。

「んっ……」

 しろちゃんから吐息が漏れる。

 彼女の顔がいつも以上に近くにあってドキドキと心臓がうるさい。だけどそのドキドキは心地よく、私の心を満たしてくれる。

 しばらく経って、名残惜しく思いながらも彼女から離れた。

 私達はぽ〜っとお互いを見つめ、キスの余韻に浸る。

 こうして触れると、両想いだって信じられた。しろちゃんの言葉を疑ってたわけじゃないけど、友達として好きじゃないか? という不安は拭えないままで。だけどようやく私としろちゃんの『好き』は同じなんだって確信できた。

 嬉しい。ほわほわと夢心地になる。これ、夢じゃないよね?

「ずっとあなたに触れたかった」

 今度はしろちゃんから私の頬に触れてくる。

「私もしろちゃんに触れたかった」

 私達はそう言って見つめ合うと、もう一度キスをした。

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