あなたに触れたい

kao

第1話

 ︎︎女の子同士のスキンシップは普通のこと。

 仲がよければ近くにいることが、触れることが自然となる。同性なら尚更パーソナルスペースは狭くなるものだ。

 私――たちばな柚音ゆずねも例に漏れず、仲の良い同性とのスキンシップは多い。

「ゆず〜、あのさ今日の課題見せて〜」

 友達の海夏みかがぎゅっーと抱きついてくる。

「かわいく言っても駄目。あと私も忘れた」

「おい」

 抱きついたり、手を握ったりなんて日常茶飯事。でもそれは人それぞれで、中にはスキンシップが苦手な子もいる。

 私は窓際の一番後ろの席に目を向けた。休み時間でみんなが騒がしくしている中、彼女は一人、本を読んでいる。長い髪を耳にかけ、読書に勤しむ姿は同い年とは思えないほど大人びて見える。

 そこだけがまるで別世界のようだ。

 しかし別世界だからといって、踏み込むことを躊躇ためらうような私ではない!

「しろ〜ちゃん!」

 しろちゃんこと、白夜びゃくやちゃんは読んでいた小説をパタリと閉じると、私の方へ目を向けた。

「その呼び方やめて」

 言い方がキツいため不機嫌そうに見えるけど、怒ってないことは今までの経験上分かっている。本当に怒ってる時は返事をしてくれないからね。

「えー、なんで? 白夜びゃくやって名前呼びは嫌だって言ってたから、白夜の『白』からとって『しろちゃん』。かわいいでしょ?」

「はぁ……前は名字で呼んでたでしょう?」

「もう半年の付き合いだよ? 『篠原しのはらさん』じゃ、他人行儀だよ。そろそろ名前を呼び合う仲になりたい!!」

 そう言って思わずしろちゃんに抱きそうになる。しかし寸前でピタリと止めた。

「って……おっとごめん」

 他の友達ならここで抱きついたりするところだけど、しろちゃんに対してはスキンシップを控えている。

「…………大丈夫」

 彼女は少しの間のあと、表情を変えずにそう言った。

 しろちゃんはパーソナルスペースが広く、他人に触れられると同性でも不快な気分になるらしい。だから彼女が嫌だと思うことはやらないようにしている。私はしろちゃんと仲良くしたいから、嫌なことを無理やりしようとは思わない。

 しろちゃんはなにを思ったのか、じっと私を顔を見つめる。

「あなたはどうして私に話かけてくるの?」

「えー、今更そんなこと聞く? 仲良くなりたいからに決まってるじゃん」

「そうじゃなくて……どうして仲良くなろうと思ったの?」

「んー考えたことなかったなぁ。しろちゃんを初めて見たとき、すごく綺麗な人だなぁーって思って……まるで物語の中のお姫様みたいだなぁって憧れて。でも憧れだけにしたくなかったから近づいたの」

 そう、本当に理由なんて些細な理由だ。それでも私はしろちゃんに惹かれたから、ただ見ているだけは嫌だったから話しかけたんだ。

「……よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」

「え、思ったこと言っただけなのに! それに話しかけてみたら、この人はとても優しい人なんだなぁ〜って思って。さらに仲良くなりたい理由増えたんだ。それでね、仲良くなったらもっと好きになったよ」

「そう」

 しろちゃんは短く一言だけ返事をする。しろちゃんの口元が少しだけ緩んでいるのを私は見逃さなかった。

 最初に話しかけたときよりも表情の機微が分かるようになってきた。ううん、きっと違う。しろちゃんが色んな表情を見せてくれるようになったんだ。

 不意にしろちゃんが私の手に触れる。

「えっ………?」

 びっくりしてまじまじとしろちゃんの顔を見てしまう。間違って手が当たってしまったというわけではない。だってその証拠に私の手はぎゅっと握られている。彼女が自分から私に触れたのだ。

「しろちゃん……?」

 しろちゃんはハッと驚いたような表情をすると、すぐに手を離した。

「あ……えっとこれは……」

 しろちゃんは目を白黒させると、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。

 いつも凛としてて、澄ました顔をしているしろちゃん。そんな彼女の動揺した姿を見たのはこれが初めてだった。

 しろちゃんのそんな顔を見たらドクンと胸が高鳴って、私まで顔の熱が上がりそうだった。

 友達とのスキンシップなんていつもしてるのに、他の友達に触れてもなんとも思わなかったのに。どうしてしろちゃんに触れるとこんなに落ち着かない気持ちになるのだろう?

「ごめんなさい!」

 しろちゃんのその声で我に返る。

「え、どうして謝るの!?」

「あなたなら大丈夫な気がして、つい触れてしまったの。感情に任せるなんてらしくないって分かってるけど確かめずにはいられなかった」

 その言葉を聞いてどくどくと波打ってた心臓が落ち着いていく。彼女が謝った意味がようやく分かった。

「……そっか。やっぱり嫌だったんだよね」

 先程上がっていた熱は急速に冷えていく。しかし――

「嫌じゃなかった」

「え?」

 私の言葉はすぐに否定され、思わずしろちゃんの顔をまじまじと見た。彼女の表情は真剣そのもので、私をからかっている様子はない。そもそもしろちゃんはからかうようなタイプではないけど。

「だから嫌じゃなかった」

 しろちゃんは大事なことだというように、念押ししてそう言った。彼女の真っ直ぐな瞳にたじろぐ。

「そ、それならどうしてさっき謝ったの?」

「それはあなたに断りもせずに、触れてしまったから」

 冷えたはずの熱が再び熱を帯びていく。

 私の頭の中を占めているのは『嫌じゃなかった』という彼女の言葉。


 そっか、嫌じゃないんだ。

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