10年前の事

一の八

10年前の事

10年も前の事

僕は、バイトをしていた。

そこのバイト先に決めた理由は、高校の近くという事もあり、通いやすいという単純な理由からだ。


それまでバイトという経験がない中で飲食店というものを選んだのは、少し失敗だったなと思うところがあった。


なぜなら、僕自身がかなりの人見知りで上手くコミュニケーションを取ることを苦手としているから。

それなのにバイト先の人達とは、ともかく


『お客さん』というまた多くの人と接する場所という、人見知りの僕にとってとても辛い場所を選択してしまったような気がする。


そこで仕事は、基本的にお客様からの注文を受け、品を出したりする事。

あとは、掃除や準備など飲食店ではよくあるような基本的なものだ。


「いらっしゃいませ!」部活で声を出す事に一生懸命だったのが災いして、高級店の雰囲気とは、かけ離れたまるで居酒屋の様な挨拶をしてしまったりしていた。


接客の際には、お客様から色んな指摘をされたり、かなり凹む事もあった。

バイト先の人から叱責される事も少なくなかった。


それでも何とか半年間が続ける事ができた。


そこでは、人見知りの僕でも何とかまともに人と接するくらい喋れる様になった。

それだけの数の人と接しったからかもしれない。


自分にとってここでの経験が何に繋がるかといえばその時は、分からず大変な所だったなと卒業と共に辞めた。


それから10年後

友人を連れて、お客さんとしてその店に訪れる事になるとは、思っていなかった。


店に入ると油が染み込んだ独特の匂いが店の中で広がって、バイトしていた時の事を少し思い出した。

「いらっしゃいませ!」

対応してくれたのは、バイトの子で少しホッとする自分がいた。


メニューは、コースになっているので始めに決めると後は、流作業の様に淡々と運ばれてくる仕組みになっている。


席を通されて待っていると前菜が運ばれてきた。


何と!その時に入ってきたのは、

バイトしていた頃によく怒られたり、色んな事を教えてくれた店の店長だった。


店長は、前菜のサラダを運ぶと、

何事もなく帰ろうとするので、

僕は緊張を和らげようとビールを頼んだ。


ビールが運ばれてきて、

昔の事を聞こうと思ったがやめる事にした。

相手が覚えていないと気まずいなと思ったから。


それにコースなので、

その気まずさの中淡々と食事をする羽目になってしまう。

まさにそれは地獄絵図に近い。


食事も済まして、

店を出ようとレジまで行った。

お会計を済ませてる時に対応してくれたのが店長だった。

覚えていないかもしれない。

でも、「あの時に事を感謝してます」くらいに伝えればと思い、勇気を出して伺った。


「あの、僕ここで10年くらい前にバイトしていたものなんですけど…」


「あっ〜やっぱり!目元がそうなんじゃないかなって思ってたから!

なんだ、早く言ってよ!今も魚の仕事続いてるの?」

「はいっ!」

「そうなんだ!あっ!ちょっと待ってね!」

そこで渡されたのは、とても霜降りの入った肉をレジに持ってきて、「はいっ!」


「えっ!こんないい肉いいんですか?」

断りつつも有り難くそのお肉を頂く事にした。


「あの頃は、とてもお世話になりました。ご馳走様でした。」


勇気を出して良かった。


自分が出会った人にまた会いたい。


そんな風に思えた。

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10年前の事 一の八 @hanbag

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