第四話

 それから放課後は公園で待ち合わせをして、消毒をしてもらってから、彼に色んなアクセサリーのカタログを見せてもらったりしつつ、希望を伝えるのが私たちの日課になった。


【古屋匠海】

『駅前のマック』

『でもいい?』

『今日』

『雨、降ってきた』


 お昼休みにそうメッセージが来て、教室の彼を探すと、窓から空を見あげていた。私は「OK」のネコスタンプを返す。


【古屋匠海】

『あ』

『忘れた』


 疑問な顔をしているイヌのスタンプを送ると、すぐに返事が返ってきた。


【古屋匠海】

『傘』


 私は少しだけ考えてから「折りたたみで良ければ」と返事を打つ。古屋くんから変な白い毛玉のようなキャラクターがフルフル震えて「ありがとう」と言っているスタンプが届く。


 一緒に帰るのは、日直のあとで駅ビルに寄って以来だった。なんだか、急に胸がムズムズしてきた。って、傘一本しかないって、古屋くん理解してるのかな……。



 昇降口で待ち合わせをする。課題ノートをクラス分集めて教師に出しに行っていたので、少し古屋くんを待たせてしまっていたが、おかげで下駄箱の周りに学生はほとんどいなかった。


「ごめん。待たせちゃったよね」

「ううん。ノート集めてるの見てたし」


 上履きから靴を履き替える。カバンから折りたたみ傘を取り出すと、古屋くんが手を出してきた。私が首を傾げると、

「オレのが身長高いんで」

 と、きまり悪そうに返される。昼休みの胸のムズムズがぶり返してきた。


 一緒の一つの傘に入って歩く。肩が触れそうな距離で並ぶと、古屋くんは私の頭一つ分くらい大きかった。「オレのが身長高いんで」というなんでもないセリフを思い出して、またムズムズする。さっきからずっと気分が落ち着かない。


 車道側にいる彼は私が濡れないように傘を傾けてくれていたけど、古屋くんの右肩の方が濡れてて気になる。


「三崎さんって、ネコとかウサギとかイヌとか、動物の可愛いイラスト好きだよね」


 急に話を振られて、思わず「え?」と聞き返してしまった。古屋くんは傘を指さす。私の折りたたみ傘は、イヌの絵柄がワンポイントでプリントされている。


「この傘もそうだし、メッセで送ってくれるスタンプもどれも可愛いし」


 好きなものを当てられると嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。私は頭をかく。


「あはは。バレちゃった? 私、こういうのに目がなくて。メッセのスタンプとか軽率に買っちゃう」


 ふと、指摘を受けて、なにかキッカケあったっけ? と思い返してみた。


 雨の日。まだ小さかった頃、公園に遊びにいく約束を母に反故にされた私は、リビングで大人しくお絵かきをしていた姉にウザがらみをしていた。たぶん、髪をひっぱったり、クレヨン折ったりしてたと思う。


 困り果てた姉は「ほら、しーちゃんの好きなもの描いてあげるよ。ネコさんにする? ウサギさんにする?」と聞いてくれた。二歳しか違わないのに、姉は昔から驚くほど「お姉ちゃん」だった。


 その時、姉が描いてくれた大きな葉っぱの傘をさしたウサギさんに私は虜になって、しばらく事あるごとに姉に「描いて」と、せがんでいたと思う。何度思い返してもウザい妹だった。反省。


 でも、あのウサギ、ほんと可愛かったなぁ。イラスト残ってるかな。帰ったら探してみよう。


「ねぇ、古屋くん。イラストからピアスにすることってできる?」


「細かい表情とかまでイラストを完全に表現するのはオレにはまだできないけど、ネコとかシルエットならできるよ。なにか、リクエスト思いついた?」


 作ってくれるピアスのモチーフについて、私は決めかねていたのだ。そういえば、やたら古屋くんが動物モチーフ推しだったのって、私がそういうグッズで身の回りの小物を揃えていたからか。観察されていたことに知って、こそばゆくなった。


「うん。今度、見せるね」


 なるべく肩のあたりそうな距離にいる右隣の彼を見ないようにして、私はそう返す。しとしとと降る雨が傘に当たって、私と古屋くんの会話の間をつないでくれた。



◇◇◇



 帰宅すると、母から早く風呂に入れと急かされた。湯船につかりながら、さっきのマックでの出来事を思い出して悶える。


 お店のテーブルに並んで座って耳を消毒されるのは、短時間ながらかなり恥ずかしかった。


(ああああああ! どう見てもイチャついてるカップルじゃん!)


 ぶくぶくと、お湯に顔を半分沈めていく。最近、毎日のように放課後、古屋くんと一緒にいる。なんとなく彼女とかはいなさそうだけど(気配的に)、正直なにを考えているのか、よくわからない男の子だ。


 お風呂をあがってから、自室の思い出箱をひっくり返す。でも、姉に書いてもらったイラストは見つからなかった。


 私はため息をひとつ吐いてから、仕方なく姉の部屋の扉をノックする。中から返事が返ってきて、私は扉を開けた。姉は勉強していたようだ。


「どうしたの? また、文房具?」


 姉にはカッターやコンパスなど文房具が必要な時によく借りるので、今回もそう思われたらしい。


「ううん。違う。お姉ちゃん、勉強してたの? 邪魔して、ごめんね」


「いいよ。大丈夫。パパは美大受験してもいいよって言ってくれたけど、ママからいずれにせよ、浪人するのは厳しいって言われてるから。一応ね」


 私の言葉に暗に「美大受験するのに、なんで普通の勉強してるの?」って意味を感じ取ってしまったらしい姉に申し訳ない気持ちになる。なんだか、気まずい間。


「で、詩音しおん、どうしたの?」


 気まずい間を姉は苦笑して、そうつないでくれた。いつの頃からか姉は私のことを「しーちゃん」とは呼んでくれなくなったが、優しいところは変わらない。


「昔さ、お姉ちゃんが描いてくれたウサギの絵、覚えてる? 葉っぱの傘持ってるの」


 姉は首を傾げる。そして、しばらくしてから「ああ、あのウサギね」と笑った。


「あれ、もう一度、描いてほしいんだけど……」


 また、姉は首を傾げた。その後で「ふふ。変な子」と言って、スケッチブックにサラサラと描いてくれた。明らかに昔よりも数十倍はクオリティの高い『葉っぱの傘を持ったウサギさん』のイラストを手に入れた私は、それをマジマジと見る。


「お姉ちゃんがメッセのスタンプ作ってくれたら、私、買うのにな」


「あはは。なにそれ。でも、それもいいかもね~」


 少し勉強疲れしていたのか、姉はそう言ってまた苦笑した。お礼を言って、姉の部屋を後にする。久しぶりに、姉とちゃんと会話をした気がした。古屋くんのお陰かも。


 イラストをさっそく写真に撮って、古屋くんにメッセで送る。


【古屋匠海】

『おー』

『かわいい』

『実際に見せて』

『できたら』

『イラスト』


 なんとなくだけど、古屋くんはメッセージを送ったあとで、「これじゃ伝わらないかも」と思って単語をつけ足してるっぽい。彼から送られてくる独特な文章が、だんだんクセになってきた。かわいい。


 私はOKというネコのスタンプとともに、「明日、持っていくね」と添えて返信した。

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