化かし愛

癒月連理

第1話

 その人は優しく温かな美男。

 あの日から遠くから見ているしかなくて、近付くことなんて到底出来なくて、ただ見つめる、それだけの日々を繰り返した。

 彼には奥さんがいた、とても綺麗で笑顔が素敵な明るい人。

 二人はとても幸せそうで私の付け入る隙なんてありはしない。だから、好きな人をただ見つめるだけで心を満たした。

 でも二人の幸せに影が差した。奥さんが病に罹り数ヶ月後には息を引き取った。

 その人は肩を落として元気を失くしていった、なにか私に出来る事はないのか、考えた末に私は勇気を出して彼に会いに行くことにした、亡き奥さん瓜二つの姿で。なぜなら私は化け狐、これくらいしか元気づける方法がないから。

 その年の冬、雪降る夜に彼の家を訪ねる。

「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」

 そう戸を叩くと彼が出てきて、目を丸くしていた。

「……あの、こんな夜更けにうちに何かご用ですか?」

「突然申し訳ありません、この先の町に行こうとしていたのですが、この雪で峠を越えるのが難しくて一晩泊めて頂ける家を探しておりまして……もしよろしければ泊めて頂けませんか?」

「この村には宿がありませんし……うちでよければ……どうぞ、狭いですが」

「ありがとうございます」

 こうして私は泊まることが出来た。幸いその翌日も雪は降り続け予定より長く泊まることになり、次第に彼と打ち解けていった。長い冬が私には春の様な気分にさせる、時が経てばこの暮らしは終わるのに。いっそこのまま夫婦になれたら、なんて欲も……駄目ね。

 冬が終わろうとする雪解けの季節、今度は彼が病に倒れた。どうしよう、まずお医者さんを呼んで診てもらわないと、と私は焦る、人間の病なんて……ただの風邪ぐらいならいいけれど。

「い、今お医者さんを呼びに行きますから、寝ていて下さいね!」

 すると彼は私の腕を掴んで首を横に振る、手遅れだとでも思っているのか。

「もう俺は充分生きた、妻を亡くしたのは辛かったが……君が来て一緒に暮らして傷が和らいだよ、だからもういいんだ。君も、もう里にお帰り、後ろ足の手当てのお礼には充分過ぎる程だったよ。狐のお嬢ちゃん」

 ばれていた、いつから?確かに後ろ足をかばって歩いていたけれど、それだけで?

「いつから私が狐だって気づいていたんですか?」

「君、痛めた足をかばっていただろう?それでね、もしかしてあの時の狐が俺のために妻に化けて来たのかなと思ったんだ。でもまぁ半信半疑だったけどね」

 それからこの人は続けて言った。

「短い間でも君の想いは伝わってきたよ、でもね、俺はその気持ちに応えることは出来ない。だからこれ以上君を傍に置いておくのは不誠実だと思うんだ、ごめんね」

 ぽろぽろと涙が溢れてきた。優しい、温かな人だ、はっきりと振ってくれたからこれできっぱりと諦められる。

「……今までありがとうございました!」

「涙を拭いて、もうお行き……さようなら」

 後ろを見ずにそのまま家を出た。



「嘘をつくのはなかなかしんどい」

 俺はあの子に嘘をついた。本当は最初から狐だとわかっていた、何故なら俺も狐だから。俺もかつて同じ事をして死んだ妻と夫婦になったのだ、この姿は妻の死んだ幼馴染みのもの、これであの子と同じ方法で近付いて結ばれた。

「さて、旅支度をするかな」

 これ以上ここにいる理由が無い、妻の遺髪を形見に持って海の見える所にでも行こうか……彼女は海を見てみたいと言っていたからな……。

「あの子には悪いことをしたかな」

 本当は病に罹っていない、仮病だ。あの子の未来を考えれば、一思いに振ってしまうのが最善だろうとそれで諦めてもらうしかないと、そういう策だった。


「二人の狐の化かしあいか……」

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化かし愛 癒月連理 @egakukotonoha

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